ハンバーガー1個4000円、バーで飲めば3万円……アメリカで一番物価が高く治安も悪化している地区はどこか?

2024.02.23 Wedge ONLINE

 こういう通りには、何かわめいたり、あるいは工事用の鉄パイプを投げつけたりする錯乱状態に人もいる。冬なのに裸に近い姿や、バスローブ一枚でわめきながら歩いている人もいる。映画で見るゾンビのように立ったまま手をだらりと下げてふらふらしている人もいる。

路上に寝る人たち(森口司氏撮影)

 同行した看護大学の教授によると、麻薬の作用で脳は睡眠状態に近い中で身体は起きている状態だという。駅のコンコースにも立ったまま壁に寄りかかって寝込んでいる金髪の若い女性がいたりする。

 カリフォルニア州では2016年に大麻が合法化された。連邦政府は大麻も違法としているが、カリフォルニア州では大麻の所持、売買、吸引を取り締まることはしない。ちなみに「大麻は身体への悪影響がない」「依存性がない」という人もいるが、日本政府は「それは間違った情報」であるとしている。

 大麻が合法だと、そのほかの麻薬の路上売買等も取り締まりにくくなる。警察にとっては、その麻薬が大麻以外だと確信できなければ逮捕できないからである。結果として、大麻以外の違法麻薬、粗悪な麻薬がはびこることになった。

路上で生活する人たち(筆者撮影)

 20世紀の末にニューヨーク・マンハッタンの120丁目あたりから北側のハーレム地域が荒れ果てた時期があった。家主が放棄したマンションにホームレスが住みついて焚き火をするなど危険な状態が続いた。

 改善されたのは、ニューヨークの景気がとてもよくなったからである。雇用が回復するとハーレムの目抜き通りである125丁目通りのレストランや小売商店が開店し始め、これらの店も雇用を増やすなどしてまち全体がよくなった。

 このときのハーレムのホームレスは、アフリカンが中心で、次いで中南米からの移民が多かった。しかし今回、サンフランシスコのホームレスは、麻薬中毒患者を含めて、人種を問わない。

カストロ地区が安心して歩ける理由

 ダウンタウンに荒れている地域がある一方で、市内のカストロ地区(このカストロは、メキシコ統治時代の州知事の名)では、小さいが3階建てのビクトリア調の良好な木造建築が立ち並び道路にもごみが散乱せず住みよいまちづくりが行われている。カフェやレストラン、そして本屋や小物を売る店も、高級な店はあまりないものの庶民的で落ち着いた雰囲気で、一人でもゆっくりできる店が多い。

カストロ地区のまちなみ(筆者撮影)

 この地区のリーダーだったハーヴェイ・バーナード・ミルクは、海軍勤めを経て、ゲイであることをカミングアウトしてから、サンフランシスコ市会議員に選ばれた。LGBTQ(性的少数者)の権利を守ることに努め、40歳代で暗殺されたが、人権を守ることを主張し、差別のないまちをつくった。

 サンフランシスコ公共図書館専門員トレーシー・エアーズ氏によると、現在、カストロ地区にはLGBTQの人が3分の1くらい住んでいる。互いに人権を尊重するまちという雰囲気が横溢しているので治安も悪くない。

 暗殺されたあと、当時のオバマ大統領は、ミルク氏の功績を称え、海軍の給油艦をハーヴェイ・ミルクと命名した。またサンフランシスコ国際空港の第1ターミナルは「ハーヴェイ・ミルク・ターミナル」と名付けられている。

 またサンフランシスコから近いサンノゼ市でも荒廃している地域があるが、市内の旧日本人街は落ち着いた雰囲気で、レストランや小売商店も盛業中である。サンノゼ市の日系アメリカ人博物館でボランティア活動を続けているIBIDENアメリカ法人社長のアンディ・ウチダ氏によると、ここでは第二次世界大戦中から戦後を通じて、人権を抑圧された歴史をもつ日系移民の後継者たちが協力してまちを維持してきた。

 このように、決して高級住宅地でない地域でも、人権に対する強い意志をもつ人たちがつくってきた地域は荒廃しない傾向が共通にある。マイノリティを認める気持ちを持った人々が住む地域は、日本人にとっても誰にとっても居心地がよい。サンフランシスコの状況は、コミュニティの大切さを改めて私たちに感じさせる。