ドイツではオランダなどに比べると企業年金が広く普及していない。企業年金制度があるのは大企業が中心で、中小企業で働く市民の多くがカバーされていない。そこでメルツ政権は、新しい法律を施行させて、就業者の大半が企業年金を持てるようにすることを目指している。
改革の目的は、公的年金保険の収支の改善だ。日本と同じく高齢化と少子化が進むドイツでは、公的年金保険制度が恒常的に赤字を抱えている。24年の年金保険の支出額は4030億ユーロ(74兆5550億円)で、約20億ユーロ(3700億円)の赤字だった。
25年の赤字は55億~70億ユーロ(1兆175億~1兆2950億円)に膨らむ見通し。25年の年金支出は前年比で5.7%増加したのに対し、年金保険料収入は4.5%しか増えなかった。
政府は年金保険料率が急増するのを防ぐために、連邦予算によって収支のギャップを補填している。このため年金の赤字補填を担当する連邦労働・社会保障省の予算は1970億ユーロ(36兆4450億円)にのぼり、25年のドイツの連邦予算の37.9%を占めている。
メルツ首相は昨年8月30日に行った演説の中で「社会保障制度を現在のまま放置した場合、将来は制度を維持できなくなる。社会保障制度を維持するために、改革を断行する」と述べていた。同氏は「この改革は痛みを伴い、険しい道になるが、この道を行く」と固い決意を強調した。
メルツ首相は「我々は長年にわたって、(社会保障制度について)身の丈を超えた生活を続けてきた。その責任は、社会保障の受給者ではなく、政府にある。我々はこの状態を変革して、将来の世代のために高い生活水準と、雇用を維持する」と語った。メルツ政権は連立協定書の中にも、社会保障制度の建て直しを公約の一つとして明記していた。
今後メルツ政権は改革案の法制化を急ぐが、首相の思惑通り年金委員会の提案がそのまま実行されるかどうかは未知数だ。ドイツ労働組合同盟(DGB)や全金属労組(IGメタル)は、今年4月に63歳引退制度の廃止に反対する姿勢を打ち出していた。企業経営者からは、積立型年金基金の設置により、企業に新たな負担が生じることを懸念する声が出ている。
メルツ政権は公的健康保険制度の改革案も、今年4月29日に閣議決定した。出費削減や保険のカバー範囲の縮小、負担増加などにより、健保運営機関、医療機関、製薬会社、市民が大きな影響を受ける。
例えば、政府は病院が受け取る医療報酬の伸び率の上限を、実際にかかった費用の伸び率もしくは基本賃金の上昇率とする。公的健康保険運営機関の管理職社員の報酬を制限する。医薬品を購入する際の市民の自己負担額を増やす。
特定の手術の必要性については、別の専門医の意見を聞くことを義務付ける。現在低所得世帯では、配偶者は保険料の支払い義務を免除されているが、免除の対象をこれまでに比べて狭くする。ホメオパシー(代替医療)の医薬品への支出は、公的健康保険ではカバーされなくなる。
ドイツは、35歳以上の公的健康保険加入者に対し、皮膚がんの疑いがなくても、無料で予防検診を行う世界で唯一の国だ。政府は、疑いがない場合の無料検診を廃止するべきかどうかについて調査し、27年末までに結論を出す。
メルツ政権によると、これらの措置を実行することで27年に節約できる金額は163億ユーロ(3兆155億円)にのぼる。
メルツ政権が社会保障改革を重視する理由は、公的健保や年金の保険料率が上昇することで人件費がかさみ、ドイツ企業の国際競争力が劣化しているからだ。