〈徹底検証〉「就職氷河期世代」はなぜ生まれたのか?小泉・竹中構造改革以外に見過ごされていること

2026.09.30 Wedge ONLINE

 小泉・竹中構造改革から四半世紀が経過した。非正規雇用の拡大と格差社会の形成について、小泉・竹中構造改革は主因として批判されてきた。しかし、派遣労働の原則自由化は小泉政権発足前の1999年に行われ、その前段には、95年に日本経営者連盟(日経連)が公表した『新時代の「日本的経営」』があった。

(metamorworks/gettyimages)

 小泉純一郎政権下の03年改正は、この流れを製造現場へ広げた重要な転換点である。就職氷河期世代を生み出した責任を小泉・竹中構造改革だけに帰せば、経済界、政府、企業、労働組合が進めた雇用再編の全体像を見失う。

正社員を守り、若者の採用を減らした

 就職氷河期の直接的な背景には、バブル崩壊と不良債権問題による長期不況があり、円高と金融危機がそれを深刻化させた。債務、設備、雇用の調整を迫られた企業が選んだのは、既存正社員の大規模な解雇より、新卒採用の抑制であった。企業は正社員の雇用を維持しながら若者の採用を絞り、退職者を正社員で補充せず、必要な労働力をパート、有期契約、派遣などで確保したのである。

 企業が新卒採用による調整を選んだ背景には、長期雇用、新卒一括採用、年功序列、企業別労働組合、既存正社員の解雇に厳格な要件を課す解雇法理があった。既存社員の解雇には、法的な争い、労働組合との対立、職場秩序の動揺が伴う。新卒採用の抑制なら、現在の雇用関係を維持したまま、将来の人員と人件費を減らせる。

 日本では、新卒一括採用が正社員になる主要な入口であった。そこで採用された者は企業内教育を受け、職務経験を蓄積し、賃金を上昇させ、社会保険や福利厚生へ接続する。卒業時に正社員になれなかった者が、後から同じ経路へ入る機会は限られていた。

 新卒採用の抑制は一時的な就職難で終わらない。学校卒業時の景気が、その後の職務経験、所得、社会保障、家族形成まで左右したのである。

親の雇用を守り、子の就職を犠牲にした

 この世代間調整には、団塊世代と団塊ジュニアという二つの人口の山も関係した。企業内部には、団塊世代を含む人口規模の大きい中高年正社員層がいた。その一方、労働市場には、同じく人口規模の大きい団塊ジュニアと、それに続く若者が参入しようとしていた。

 企業は中高年正社員層の雇用を維持し、新卒採用を抑制することで人員と人件費を調整した。その結果、親世代を含む既存正社員の席が守られる一方、その子ども世代に用意される席が減らされた。日本に存在した二つの人口の山は、上の世代の雇用を守るため、下の世代の採用枠を削る形で衝突したのである。

 企業と労働組合は、中高年正社員の雇用を守るために若者の席を減らし、就職氷河期世代をわずかな正社員枠をめぐる苛烈な競争へ追い込んだ。

正社員だけを守った「雇用の柔軟化」

 この雇用再編を明確に示したのが、日経連の『新時代の「日本的経営」』である。同報告は労働者を、長期雇用する中核層、専門能力を契約で活用する層、経営環境に応じて柔軟に活用する層へ区分した。

 そこで描かれたのは、労働者が別の企業へ円滑に移り、仕事と能力に応じた処遇を受ける労働市場ではない。中核となる正社員を長期雇用の内側に残し、その外側に人件費と雇用量を調整しやすい労働者を置く構想であった。

 96年の派遣対象業務拡大、99年の原則自由化、03年の製造業派遣解禁を経て、この構想は現実の労働市場へ広がった。小泉・竹中構造改革は、すでに始まっていた雇用再編を製造現場へ拡張し、非正規雇用を一般的な人員調整方法として定着させた。

小泉・竹中構造改革は一要素にすぎない(ロイター/アフロ)