今年7月8日、日本経済新聞に「就職氷河期世代の本音、SNSで収集」と題する記事が掲載された。
先立つ4月、政府は「就職氷河期世代」向けに、2028年度までの3年計画として新たな支援プログラムを取りまとめた。そのプログラムの3本柱─①就労・処遇改善に向けた支援、②社会参加に向けた段階的支援、③高齢期を見据えた支援─を支える実態調査の手段の一つとして明記されたのが「ソーシャルリスニング」である。
ソーシャルリスニングとは、SNSなどに投稿された声を分析する手法だ。例えばあるメーカーが新商品に対する顧客の反応を見たい時など、マーケティングの世界でも広く活用されている。
以前より、広く一般から意見や情報を募集する手続きとして「パブリックコメント」が運用されているが、ソーシャルリスニングは社会に転がる「声」に網をかけて拾い上げていく点で差異がある。この手法によって、就職氷河期世代が抱える要望や不満を把握し、政策に生かしていくということだ。
ただ記者自身、SNS上で身辺に関わる具体的な悩みを吐露したことはなく、報道内容に対し「本当にそのような手法で課題解決に近づけるのか」という率直な違和感を覚えた。
そもそもなぜ今、ソーシャルリスニングという手法が注目されているのか。その背景にある構造的な課題を、立命館大学産業社会学部准教授の谷原吏氏はこう解説する。
「一般的な世論調査では、特定の当事者の声を網羅的に吸い上げることは難しい。さらには意見提出がわずか、あるいはSNSで多数派工作がなされるというパブリックコメントの事例もあり、制度が十分に機能しているとは言い難い実態もある。
また、行政が政策を検討する会議体や審議会においても、識者が表明するのは組織や業界内で『事前に調整された意見』が多く、困窮者自身が上げていた『切実な声』は埋もれていってしまう構造がある」
こうした課題も踏まえ、国民に対する新たなアプローチとしてソーシャルリスニングへの期待が高まっている。
その利点はどこにあるのか。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター教授の山口真一氏は「従来の調査は設計から報告まで数カ月以上要することもあるが、SNSであれば制度改正などへの反応を数日の間に振り返ることができる。また、行政が想定していなかった論点を拾えることも大きい。探索的に課題の仮説を見つけ、それを統計調査で検証するという順序であれば、有効な手法になり得る」と評価する。
だが同時に、課題もある。大前提として、SNSの利用者層には偏りがあり、中でも発信者はごく一部に限られるのが現実だ。これにより、どのような現象が生じるか。山口氏はこう続ける。
「調査会社によれば、昨年の参院選において、選挙期間中のSNSの投稿約29万件のうち最も関心を集めた話題は『外国人政策・移民』であった。だが、読売新聞の出口調査では物価高対策・経済政策が最重視政策として語られ、外国人政策は4位の7%だった。ネット上で最も語られることと社会全体で最も重視されていることは、しばしば一致しないことに留意すべきだ」
SNSによって人々の「本音」をどこまで探れるだろうか。
福祉政策や貧困問題に詳しい明治大学専門職大学院ガバナンス研究科専任教授の大山典宏氏は「例えば『上司に耐えられない』という投稿を見つけた時に、それがハラスメントに追い詰められて発せられた『SOS』なのか、単なる一時的な『愚痴』なのかを、文字(記号)だけで見定めることは極めて難しいだろう」と指摘する。