湯の花が咲くラジウム温泉、出汁を生かしながら日本や台湾の食材を活かした本格的な和食──。日本の上質なおもてなしの空間が広がっていた。
台北駅からMRTで北に約30分。台湾の温泉地・北投温泉に日勝生加賀屋はある。日本の老舗旅館・和倉温泉加賀屋(石川県七尾市)の伝統を受け継ぎ、2010年に開業した。
董事兼顧問の德光重人氏は話す。
「不動産開発を行う日勝生グループとのご縁で、日本統治時代に初の民営温泉施設ができた場所に日勝生加賀屋を創業しました」
ロビーでは、輪島塗で描かれた天女の絵や琴を弾く浮き舞台が、人々の訪れを待っている。地上16階、エレベーターから見る吹き抜けの景色は、まるで和倉温泉加賀屋のようだ。
小誌は、16年前の10年3月号で「加賀屋流おもてなしを台湾に丸ごと持ち込む」と題し、創業前に取材を行った。ただ、日本で当たり前の〝おもてなし〟を台湾に持ち込むことは想定外も多かったと德光氏は話す。
「日本の加賀屋では部屋食が売りですが、台湾では『プライベート空間に入られたくない』という意見から、お客様のほとんどがレストランを希望するなど、文化の違いを感じることが多々ありました。お客様の声を聞いて工夫を重ね、台湾文化の中で日本を表現できるようにしました。また、台湾では個人の考えが強く、社員教育も大変でした。そこで、日本の〝おもてなし〟を言語化し、定義をつくりました」
日本で日本人向けの海外旅行業務を22年間従事した経験を持ち、総経理としてヘッドハンティングされた沈維真氏は〝おもてなし〟を磨くために様々な改革を進めてきた。
「毎朝のミーティング時に、お客様が何に喜んだのかを情報共有したり、部署間の縦割りをなくしたり、日本流の水平展開を意識しました。また、社員の誕生日を全員で祝うなど、環境改善にも努めました。こうした社員同士の気遣いや風通しの良い関係性の積み重ねが、結果として〝おもてなし〟につながると考えます」
沈氏らが目指すのは、地元の人々に愛される旅館づくりだ。事実、宴会場で結婚披露宴など、ハレの日に日勝生加賀屋を利用する人は多い。さらに婚約者へのプロポーズするため、スタッフと入念な打ち合わせを行う男性も少なくないという。
沈氏は今後の目標をこう語る。
「私たちが台湾で積み重ねてきた加賀屋の文化と経験を日本にもお返ししたい。日本の加賀屋の新館が開業する28年に、一緒に盛り上げられるように、日勝生加賀屋の再整備もしていきたいですね」
その思いは德光氏も同じだ。
「震災後、加賀屋の女将が日勝生加賀屋を訪れた際、『ここに加賀屋が残っていた』と涙ぐまれていました。今後は、日本の文化を台湾の人たちに伝え、手を取りあって新たなものを生み出す場所になるような、日台交流の舞台になることが目標です」
温泉が心身を温めるように、日勝生加賀屋が、日台交流を温める場になることを願ってやまない。
台湾の街を歩くと、日本で見慣れた看板に何度も出会う。その中でもひときわ目を引いたのが、モスバーガーだ。日本では緑色の看板が主流だが、台湾では縁起が良いとされる赤色が変わらず使われている。1991年の進出以来、約300店舗にまで拡大しており、台湾滞在中、モスバーガーを見ない日はなかった。
台湾での運営を担うのは、モスフードサービスと台湾の大手電機メーカー・東元電機による合弁会社「安心食品服務」。モスの創業者・櫻田慧氏は当初、ハンバーガーの本場・米国進出を夢見ていたが、85年に東元電機の黄茂雄氏と出会ったことが転機となり、台湾進出を決めた。その背景について、モスフードサービス取締役で国際本部長の平林篤氏はこう振り返る。