五木寛之「最高のマイナス思考から出発しよう」

マイナス思考からの出発

――『大河の一滴』でも「なにも期待しないという覚悟で生きる」ことを説いていますね。

ポジティブ思考の人は、頂上まで岩を担ぎ上げていけば、目標は達成されて新しい世界が開けると思ってしまう。でも、そんなことはありません。どれだけ頑張って持ち上げても、岩が落ちてくるようなことが人生は必ず起こります。

例えば健康に留意してジムに通ったり、食生活に気を遣ったりしても、老化や加齢による体の衰えには抵抗できません。そういうことをしっかりと見定めて、マイナス思考から出発したほうがいいというのが僕の説なんです。

努力は報われないと覚悟し、それでも努力する。努力が報われたなら、それは踊り上がって喜ぶくらいの感激を持っていないといけない。明日は来ないと思って明日が来たら、心から喜べばいい。明けない夜はないという言い方があるけれど、明けない夜だってあります。今はどこか、過剰に希望を持ちすぎている。でも希望を持ちすぎてそれがかなえられないと、かえって苦しむことになってしまうんです。

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「病気を克服する」というけど、人間は死という病を宿して、その感染者として生まれてくるわけです。どんなに努力しても必ず死ぬ。無限の未来なんてものはありません。

そのことを冷静に考えてみる。暗く絶望的に考えるのではなくて、冷静にそれを受け入れて、そのなかで少しでもいいことがあったら、大いに喜ばないといけません。正直者は損をする。でも正直にやって、それが報われたらこんな幸せなことはないと思えばいいんです。

『大河の一滴』では、中国の文学者、魯迅の「絶望の虚妄なることは希望に同じ」という言葉を引いています。絶望というものは、希望と同じくらい虚しいものである。希望もないし絶望もない。余計な期待を持たなければ、がっかりすることもありません。こんな時期だからこそ、最高のマイナス思考から出発したほうがいいと思うんですよ。