「思い出したくない事」こそ笑いに変えるべき訳

しかし、肝心のリコーダーが、もしかしたら意図的なのかもしれませんが、破壊的にヘタクソなのです。ドラマティックでエネルギッシュなポージングとは裏腹なヒョロヒョロとした頼りない旋律。

クライマックスにいくほどそのギャップはエスカレートしてすごいことになっていきます。タイタニックのテーマはそもそもドラマチックで切ない感情を誘発するような性質を持った音楽ですが、そんな固定観念を斜めから捉えているシニカルさが私にはツボなのかもしれません。

「リコーダー タイタニック」と検索すればすぐ出てきますので、未見の方はぜひご覧ください。とにかくそこにあるのは、みっともなさのオンパレード。素晴らしいセンスです。

私自身も、自分や家族の恥ずかしいことをギャグ漫画に昇華し、義父母や夫から「なんでこんなこと公表してくれたんだよ。もう日本に行けないじゃないか!」とひんしゅくを買うこともあるわけですが、思い出したくもないみっともないことやつらいことは、実は時間の経過とともに熟成されると、他者を元気にできる最高の笑いのネタになるものなのです。

と同時に、自分を俯瞰できる補強のエネルギーにもなる。あのリコーダーの彼はきっとそこまで考えていないと思いますが(笑)。どんなに恥ずかしい過去だって、顧みたときに"笑い"という表現に変えていけばいい。

自分の恥辱もカッコつけて隠したり、無理に蓋をしたりするより、笑い飛ばしてしまったほうがかえって楽だと思うんですよね。私は少なくともそうやって、自分のなかに毒素を溜め込んだり、発酵させたりしないようにしています。

テルマエのヒット後、エッセイをたくさん執筆するようになったり、テレビの仕事が増えたりしてから、全国各地に講演会で呼んでいただくことも増えたのですが、お笑いの聖地、大阪に行くと、会場に集まる方々のリアクションが明らかにほかの地域とは違います。

まずステージの前のほうに座っている方々の多くが、私の言葉にいちいち反応している様子がよくわかる。ふむふむと相づちを打ちながらも、"オチ"を期待して身構えて聞いている姿を見ていると、落語家でもない私もつい「よし、ここで話を一回落としてみるかな」というチャレンジ精神が出てきます。

笑いが満たしてくれるもの

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それがすごく楽しい。私の過去の恥ずかしいこともこれだけウケる話になるのかと思えば、楽しい気持ちになるというものです。恥辱に感謝です。

講演会が終わって会場の裏口から出ようとすると、出待ちをしていたおばちゃんが「良かったよお、あんたっ!」と背中をバーンと叩き、「ま、今日は80点くらいやな! ガハハ」と感想を言っていただけるのもありがたい。もっとみなさんに楽しんでもらうために精進しようと思うわけですよ。

とにかく生きていくうえでの自らの無骨さを受け入れていくほうが、非がないようスマートに、スタイリッシュに、失敗も恥辱も避けてかっこよさばかりを意識した生き方よりも、よほど自分が頼もしくなりますし、等身大以上の理想を自分に課して達成に向けてがんばるより、よほど気楽で毎日が楽しくなると思います。

講演の内容がなんであれ、皆さんに笑ってもらえるのがわかると、とても勇気づけられます。自分の職業ってなんだったっけ、と思うくらいの達成感に満たされます(笑)。