「ハーバードの心理学者」が教える幸福の時間戦略

「5年たった今でも、あの旅行を話題にするんですから」とニコールは私にこぼした。「そのうえ、いつもトマスは私に聞くんです。『ニコール、あれはなんの会議だったんだっけ?』って。『正直に言うと、思い出せないの』と私が答えると、決まってやり返されます。『重要って、そんなものだったのか?』と」

後にニコールは、とろうと思えば休暇がとれたこと、そして、その会議は必ずしも出席しなくてよかったことを認めた。彼女のチームは、彼女抜きでも大丈夫だった。

ところが当時、その会議は重要に思えて、どうしても出席しなければいけない気がしたのだ。その結果、どうなったか? トマスとリーアは一生の思い出をつくることができた。一方、ニコールの「重要な」職務は、忘却の彼方へと消え去った。

お金を追い求めるのも、ある程度までは大事だけれど、それは果てしない任務となる。もっとお金を得ようとする試みには、切りがない。そして、調査結果が示しているとおり、人はすでにどれほどお金をもっていても、もっと手に入れようとする。けれど、時間がどれほど貴重かを考えれば、時間を最優先させるべきだ。それなのに、多くの人がキャリアに的を絞り、多くの時間を犠牲にし、それと引き換えに、もっとお金を手に入れたり、生産性を上げたりしようとする。私たちはそうするように条件づけされている。

時間的に貧乏なタイム・プアの末路

産業革命以来、私たちは時間に金銭的な価値を与えることを学んだ。文字どおりタイム・イズ・マネー(時は金なり)という言葉によって、お金が最も価値のある資源であると教え込まれた。そして、金銭的成功を収めるために、幸せをもたらしてくれるものを差し出すという、大変な犠牲を払ってきた。

大勢の20~30歳の若者が、将来、時間をつくって楽しめるという前提に基づいて、人生で最高の年月を犠牲にする。

さて、30代や40代の人はといえば、彼らは申し分のない子どもと完璧なキャリアという理想を追い求め、個人として、夫婦としての至福を退職後に延期する。歳を重ねて落ち着いたら、アルプスに出かけて生まれ変わるような休暇を楽しむことができる、と。

ところが、50歳の人、60歳の人、70歳の人は働き続け、人生の目標を先送りし、死ぬまでにしたいことのリストの項目を毎年「来年」に回し、その挙句、時間を使い果たし、私の友人の父親のように亡くなり、棺の内側を未使用の航空券で覆い尽くす羽目になる。

悲惨な話に聞こえるし、実際、悲惨だ。私は調べてみて思い知らされた。事は本当に重大なのだ。人はどうしても、働いてお金を稼ぐことを重視し、より質の高い時間をより多く手に入れることをおろそかにしてしまう。私も含め、ほとんどの人が、時間をお金ほど大切にしそこなう。こうしてお金にばかり目を向けているから、ストレスと不幸と孤独感が蔓延し、多くの社会がそれに手を焼いているのだ。これは、金銭的にも、それ以外のかたちでも高くつく。研究者はこの現象をひとまとめにして、「タイム・プア(時間的に貧乏)」と呼ぶ。これは慢性的な現象だ。

私は時間とお金の間のトレードオフを計算しているので、自分自身が下す決定の多くが最適ではないことを知っている。時間に関しては、誰もがお粗末な選択をしやすい。つまり、お金を優先し時間を犠牲にすることによって被る長期的な代償を過小評価しているのだ。

ただ、選択はいつも簡単で明白だとはかぎらない。時間とお金についての決定には、正しい取り組み方が1つしかないわけではないことが、研究しているうちにわかった。たとえば、先のニコールが正しい決定を下したかどうか、私には断定できない。ただ、一般論としては、別の決定を下していたほうが幸せだっただろうことをデータが示している、というだけの話だ。人生で望むものは人それぞれだし、同じ人生でもその時々で望むものは変わってくる。最善の選択は不変ではないのだ。