日本から世界を驚かす会社が出ない根本的な事情

テスラのイーロン・マスクは、複数の大企業を同時に経営することで天才起業家の名をほしいままにしています。ペイパルの母体となる企業を創業し、テスラと同時並行で立ち上げた民間宇宙会社スペースXはNASAに代わって宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに運んでいます。

イーロン・マスクの構想の中でも発想がイカれているのが、真空列車と呼ばれるハイパーループです。リニアモーターカーよりも理論的に速く走行できるこのハイパーループが実用化されれば、東京-大阪間とほぼ同じくらいの距離に相当するサンフランシスコ-ロサンゼルス間は35分でつながることになります。

「同時多発的イネーブラー」がリーダーの条件を変えた

さて、1980年代から90年代にかけては主流ではなく傍流だったこのように頭のイカれたリーダーたちが、21世紀に入って世界の歴史を変える力を手に入れたのはなぜでしょうか。

その理由は「イネーブラー」と呼ばれるイノベーションを引き起こす新技術が、同時多発的に実用化レベルに達したことです。

これまでの歴史でもイネーブラーが出現することで世界の産業のルールが大きく変わることが何度もありました。蒸気機関が実用化されて巨大工場、陸運、海運が一斉に近代化した19世紀の産業革命は現在の状況に近いかもしれません。

20世紀初頭の電力の普及、20世紀前半の自動車の出現、20世紀中盤のプラスチックの出現、20世紀後半の半導体の発展なども、それぞれのタイミングで歴史を変えるイネーブラーでした。

21世紀の状況は20世紀のような単発のイネーブラー出現ではなく、19世紀型の同時多発的イネーブラー出現が引き起こした現象です。インターネット、集積回路、人工知能、レーザー、人工衛星、5G、ドローン、3Dプリンタなどの技術が同時かつ急速に進化することで、それまで不可能だったイノベーションが日常的に起きるようになる。そのような時代だからこそ、ぶっ飛んだ頭のリーダーの発想がビジネスとして実現してしまう。

結果として、「他のリーダーが思いつかないようなイノベーション戦略を手がけた企業が、世界の時価総額のかなりの分け前を手に入れる」時代、言い換えれば100兆円企業時代が到来したわけです。

ベンチャーに期待をかける日本復活戦略は間違っている

日本の経済界にはGAFAMのトップのようなリーダーはいないのでしょうか。

実はこのような新しいタイプの経営者は、ベンチャー企業のトップにはよくいらっしゃいます。そして、私はここが良くも悪くも、日本経済の課題を示していると考えています。

政府や財界が思い描く日本経済復活戦略は、ベンチャー企業の育成に主眼を置く考えが主流です。メルカリやZOZO、DeNAや楽天といったベンチャー出身の大企業が100社できるようになれば、合計して時価総額が100兆円とGAFAMに比肩しうる一大勢力が誕生するという考え方です。

キーエンス、日本電産、ファーストリテイリング、ソフトバンク、Zホールディングス(ヤフー、LINE、ZOZO)、ニトリなどオーナー系企業で日本のトップ100に入る企業群も、もともとは起業家だった創業者が成功し、ここまでの規模に育った企業群です。ですから、ベンチャーを育成しその裾野を広げることで日本経済の成長を狙うというのが正攻法だと考えるのは、間違ってはいないかもしれません。

しかし私はこの考え方にあえて異を唱えたいと思います。

確かに若手ベンチャー経営者は日本の未来を変えられるほどの発想を持っています。しかし、ベンチャーの現場では常に資金が枯渇しています。

そもそも日本はベンチャー資金が集まりにくい国です。2021年に日本で集まったスタートアップ企業の資金調達額は7800億円ほどだったのに対して、アメリカは約40兆円。資金力で50倍の格差があります。