「自分は悪くない」と正当化する人の怖すぎる心理

他人に迷惑をかけても「自分は悪くない」と責任転嫁する人もいるようです(写真:mits/PIXTA)
他人を傷つけても迷惑をかけても、「私は悪くない」と主張し、自分の落ち度を一切認めない人がいます。それどころか、責任転嫁して、あたかも自分が被害者であるかのようにふるまう人もいるようです。
「このような人は自己正当化という病に侵されている。しかも、この病は現在の日本社会に蔓延している」と精神科医の片田珠美さんは警鐘を鳴らします。片田さんの新刊『自己正当化という病』をもとにした特別寄稿をお届けします。

被害者意識が強い〈例外者〉

遅刻やミス、対応の拙さや不倫などの自分の?非?は棚に上げて、相手の落ち度を責める人は、自分が悪いとは思わない。それどころか、むしろ自分は被害者という認識を持っていることも少なくない。このように被害者意識が強い人のなかには、〈例外者〉と呼ばれるタイプもいる。

〈例外者〉とは、フロイトによれば、自分には「例外」を要求する権利があるという思いが確信にまで強まっているタイプである(ジークムント・フロイト「精神分析の作業で確認された二、三の性格類型」)。その根底には、「不公正に不利益をこうむったのだから、自分には特権が与えられてしかるべきだ」という思い込みが潜んでいることが多い。

もちろん、フロイトの炯眼(けいがん)が見抜いたように、「人間が誰でも、自分はそのような『例外』だと思い込みたがること、そして他人と違う特権を認められたがるものであることには疑問の余地がない」(同論文)。

誰だって、レストランやホテルで「例外」として扱われ、特別いい席や部屋に案内されたら、悪い気はしないだろう。また、たとえ法に触れるようなことをしても、自分だけは「例外」として見逃してほしいという願望を抱いている方も少なくないはずだ。

こうした願望が誰の心の奥底にも程度の差はあれ、潜んでいることは否定しがたい。ただ、自分だけに例外的な特権を認めてほしいという願望が人一倍強く、認められて当然とさえ思い込んでいるタイプがいる。それが〈例外者〉である。

もっとも、そういう願望を抱いても、名家の御曹司か大金持ち、よほどの美貌か図抜けた才能の持ち主でもない限り、許されるわけがない。そこで、自分自身の願望を正当化するための理由が必要になる。

それを何に求めるかというと、ほとんどの場合自分が味わった体験や苦悩である。〈例外者〉は、自分には責任のないことで「もう十分に苦しんできたし、不自由な思いをしてきた」と感じ、「不公正に不利益をこうむったのだから、自分には特権が与えられてしかるべきだ」と考える。

何を「不公正」と感じるかは人それぞれである。容姿に恵まれなかった、貧困家庭に生まれた、病気になった、理不尽な仕打ちを受けた……など、さまざまだ。本人が不利益をこうむったと感じ、運命を恨む権利があると考えれば、それが自分は〈例外者〉だと思う口実になる。ときには、「あらゆる損害賠償を求める権利」を自分は持っているのだから、普通の人が遠慮するようなことでも実行してもいいと自己正当化する。

暴言を吐いても悪いとは思わない社長

たとえば、動悸と寝汗で眠れず、不安で気分も落ち込むため、仕事に集中できなくなったと訴え、私の外来を受診した40代の男性会社員Iさんは、心身に不調をきたした最大の原因として勤務先の中小企業の社長を挙げた。

この社長は70代で、創業者である自分が会社を大きくしたという自負があるのか、かなりワンマンらしい。毎週月曜日には?ミーティング?と称する集会があり、全社員に出席が義務づけられているのだが、社長が自分の言いたいことだけ延々と話す。それが2~3時間続き、しかもダメ出しがほとんどなのだという。