出張中のホテルでビールを1杯やりたくなったので、深夜のルームサービスを呼んだ。すると45分くらいかかるという。そんなに待てない。単純な注文なので、「急いでくれない?」と頼んだ。ところが「すみません、できません」という返事。
2日後の晩、また同じことになった。そこで今度は違う戦法を取ってみた。「急いでくれない? もっと早く飲みたいんだけど」。すると今度は、「かしこまりました。すぐに準備して持って上がります」という返事が返ってきた。
なんということのないこぼれ話だが、このような効果は実際に科学的に研究されている。決まりきった頼みごとをするときには、どんなに当たり前でささいなことであっても理由を付け加えれば、聞き入れてくれる可能性が高くなるのだ。
相手はたいてい理由なんてほとんど考えない。そのため、理由の中身でなく、理由を言われたという事実だけで、協力したいと思ってしまうのだ。
このように「何も考えずに」おこなう反応のことを、心理学では「反射的反応」という。これは、刺激から反射への結びつきが次の3つの条件を満たすものを指す。
反射的反応の中でももっとも有名なのが、弛緩状態の膝の腱をたたくことで起こる「膝蓋腱(しつがいけん)反射」である。反応するかどうかは、どのような刺激が与えられるかによる。ハンマーを振りかざす医者の動画を観ても反応しないし、ドアがバタンと閉まる音に驚いても脛は動かない。
一方、どのような反応が起こるかは一定である。膝をたたくと、頭を振ったり椅子から飛び上がったりすることはなく、脛が動くだけだ。
最後に、反応するかどうかは前もって予測できる。ほぼ毎回反応するし、反応しないようにするのはかなり難しい。このような反射がなぜ必要かというと、身体のあらゆる動きをいちいち考えていたら何もできないからだ。
歩くことを考えてみよう。思考せずにおこなわれるさまざまな種類の反射(膝蓋腱反射を含む)が歩行を司っており、脳が脊髄神経に漠然とした指令を伝えるだけで、いくつもの筋肉が協調して動いてくれるのだ。
膝蓋腱反射のような身体的反射が起こるうえで、心は必要ない。脳を完全に切除しても、脊髄が完全な形で残っていれば膝蓋腱反射は起こる。しかし反射的反応の中にはもっと高度なものもある。その1つのタイプが「定型的動作パターン」または「スクリプト(台本)」と呼ばれるものだ。
これは、よくある状況に置かれたときに脳が従う小さなプログラムのことである。車で通勤中に、あるいは、何か考え事をしたり会議に出席したりしながら無心でものを食べている最中に入ることのある「オートパイロットモード」が、このカテゴリーに入る。