宇宙のどこかに人間みたいな生命体がいる必然

奇想天外にも思えますけど、ホイルは、恒星の内側で炭素や酸素などの元素が合成されることを明らかにするなど、数々の功績を遺した天才的天文学者で、この物語もある程度、科学的根拠のある話です。

あるいは、アメリカのダイソンという物理学者が……。

福岡 ああ、フリーマン・ダイソンですね。

佐藤 現在の物理学では、質量をもった物質はやがて崩壊し、電子やニュートリノや光になるといわれますが、ダイソンは、そのように物質が消え去った後でも、新たな生命が生まれてくる可能性はあると述べています。

そして、人類自体が宇宙生命体となり、太陽系を越え、はるか銀河系にまで広がっていくだろうと。

将来的には、そのあたりまで生命への洞察を拡大できれば素晴らしい。さらにその上には、「人間原理」という概念がありますけど。

福岡「この宇宙の物理定数が、ちょうど人間の生存に適した値になっているのはなぜか」という問題ですね。

佐藤 ええ、宇宙はなぜこんなにうまく、人間が生まれるようにデザインされているのか。「デザイン」というと、ちょっと怖いですが(笑)。

福岡 佐藤さんはそれをどう説明されますか。

佐藤 私たち物理学者は、それをマルチバース(多宇宙)という概念で説明できると考えています。これは、私たちがいる宇宙の他にも、宇宙が無限に存在するという考え方ですね。

佐藤勝彦さん
宇宙物理学者の佐藤勝彦さん(撮影:栗原克己)

私が1981年に「インフレーション理論」を発表したときも、1つの宇宙から多くの宇宙が次々に誕生するという論文を書きましたが、最近はその部分の理論が大きく進歩し、それらの宇宙では、物理法則までがそれぞれに異なると考えられています。

この考えのもとにあるのは、物質の基本要素を、粒ではなく、ひも状の存在とする「超ひも理論」です。

私たちがいる空間は、縦、横、高さのある3次元空間ですけれど、この理論に従えば、その周りには10次元の宇宙が広がり、そこには2次元や5次元の宇宙空間も存在していることになります。

さらに、「超ひも理論」をベースに発展した最新の仮説では、3次元空間に閉じ込められた私たちには単にそれらが見えないだけで、物理法則も次元も異なる宇宙は無限に存在するといわれています。

「宇宙は10の500乗存在する」

福岡 「人間原理」では、この宇宙が人間に適して見えるのは、「まさに私たちがそこにいるからだ」といいますよね。

佐藤 そうです。スタンフォード大学の物理学者で、この分野の権威であるレオナルド・サスキンドは「宇宙は10の500乗存在する」といっています。

仮にそれだけ多くの宇宙が多様な物理法則をもつとすれば、そのどこかで知的生命体が生まれているかもしれない。その生命体は、私たちと同じように、自分のいる世界はじつにうまくできていると感じているはずです。

つまり、認識主体がいるからその世界が存在するので、主体がいない宇宙はそもそも認識されない。誰も質問する人がいないので。

福岡 質問する人がいない(笑)。質問が生まれるような宇宙なら、つじつまが合うのは当然だということですね。

佐藤 しかし一方、物理学者としては、「多様な物理法則」という考え方に対してフラストレーションもあります。物理学者は、この世界を総(す)べる物理法則は、必然的にたった1つに定まっていると信じたい。

その信念のもと、究極の法則を探り出すことに、最大の喜びがあるんです。

福岡 そこにイデア(理念/観念)のようなものを見ているわけですね。

佐藤 もちろん、すべての人がこうした考え方に同意してくれるわけではありません。

以前、ある生物学者の方からは、「物理法則なんてそれほど大仰なものじゃない。地球に人間が生まれたのはたまたま環境がそれに適していたからで、物理法則もそういう環境因子の1つに過ぎないよ」といわれました(笑)。