“新型うつ”、医師の間でも判断分かれる…強い他者非難・他責傾向、休職し復帰を極力後回し

 あるIT企業の職場では次のようなことがあった。10名ほどのチームの中では、ベテランに入る30代後半のメンバーX氏が他責の傾向が強く、ネガティブな発言が目立ち、職場の雰囲気が悪くなって困っているということであった。どうやら、2年ほど前に、同じくらいの年次のメンバーが次々に重要な役割を与えられた頃から、この傾向が特に顕著になったということだった。「どうやら被害者意識を抱いているようなのです」と上司も語っていた。

 プロジェクトの中でも貢献度が低く、後輩メンバーたちの足を引っ張っている状況だが、X氏は「やることはやっている」「他のメンバーが見落としている点もしっかり見てやっている」「世話が焼ける」などとよく言っていたという。トラブルが起きれば、「こうなるような気がしていたんだ」とか、「そもそも当初の見込みが甘かったんだ」「自分がリーダーをやっていればこうはならなかった」と、まるで他人事だったという。

 幸い、このチームの他のメンバーたちは自律性が高い人が多く、X氏に影響されることはなかったが、当人はますます面白くなく、よりいっそう孤立感を強め、ネガティブな発言にも拍車が掛かってしまっていた。リーダーも扱いに苦慮していた矢先、X氏は心療内科の診断書を提出し、さんざん捨て台詞を言った挙句、休職に入ったという。現在は、つかの間の平穏な日々が送れているということだが、復職後のことを考えると頭が痛いという。

 この例の場合、誰も影響されることなく、X氏のひとり相撲で終わったから良かったが、そういうケースばかりではない。職場全体に影響を及ぼし、職場風土を崩壊へ向かわせてしまいかねない重大な問題だ。

「エンゲージメント」と相反

 精神科医の片田珠美氏は、他責傾向が強い人の特徴として、「自己愛」の強さをあげている。自己愛が傷つかないようにして心の平安を保つには、誰かのせいにしないではいられないという。うまくいかなかったことに対して、あるいは自らの不遇な境遇に対して、自分の能力や努力のせいにすることはなく、他人や環境など、自分以外の何かに責任を求めるのだ。この他責傾向が、新型うつの発生と相俟って、増加傾向にあるようなのだ。

 では、なぜ自己愛が強まっているのか。これについては諸説あるが、職場について見た場合、個人の成果が重視されるようになり、皆が内向きになったことが挙げられるであろう。また、職場全体に余裕がなくなり、失敗が許容されづらくなったことも大きいと考えられる。こうした状況の中では、個々人はできるだけ失敗しないようにチャレンジを避け、失敗しても自らの責任とはならないように、なんとか自己正当化を試みる。社会全体として見れば、「インスタ映え」などに見られるとおり、SNSによるナルシスト化が自己愛傾向に拍車をかけていると見る向きもある。

 このように、新型うつに典型的に見られるような、職場における他責傾向が強まることは、たいへん危険な兆候である。いま企業内で盛んに言われている「エンゲージメント」、いわば、組織や成果に強くこだわる姿勢と相反する方向であり、直接的に阻害する要因となる。成果や生産性の面からも、また一人ひとりの働きやすさの面からしても、極めて大きな問題である。

 職場としてできることとしては、妥当なチャレンジによる失敗は許容するなど寛容性を高めること、成果は厳しく求めるものの、互いに助け合う、厳しくも温かい濃密な文化を醸成することがまず考えられる。そしてなによりも、一人ひとりの自律性を高め、組織としての自律性を高め、大人による大人の組織を実現することである。

 そのためには、他責思考を排除するような方向、たとえば“自分ゴト化”等の価値観を共有し、それに反する子供じみたネガティブな態度には厳しく対応する必要があるであろう。先に引用した週刊誌の記事にも、新型うつの症状を訴える社員に対し、厳しく対応し退職勧奨をしたところ、途端になおったという事例が紹介されていた。

 近年、ハラスメントとなることを怖れて、上司が毅然とした態度が取れない状況がまま見受けられる。しかし、自律性を高めるうえでも、各人任せにしていればよいというわけではもちろんない。共通の価値観を周知し、指導することは必須であり、時として厳しい態度も必要なのである。

(文=相原孝夫/HRアドバンテージ社長、人事・組織コンサルタント)