“無”通勤の時代、首都圏の郊外衛星都市に脚光…立川、八王子、浦和、大宮、船橋など

 もちろん都心には都心の良さがある。都心にこだわって家選びを行う人がいても不思議ではない。したがって一部で言われているように都会からすべての人々が郊外に脱出していくといったシナリオは考えにくい。だが人々の家選びが「会社ファースト」から「生活ファースト」へと大きくパラダイムシフトするなかで、郊外志向がかなり現れてくるのではないかと想像する。

 また郊外であればどこでもいいかといえば、そういうことではない。都会生活に慣れた現代人にとって畑や田んぼがあるだけの不便な郊外は誰も見向きもしないであろう。また、いわゆる郊外のニュータウンも住み心地が良いのはごく一部、その大半は住民の高齢化が激しく、また地域内には住宅以外になんらの利便施設もなく、かつてあった店舗などもみんな閉鎖されているため、人気が復活するかについては期待薄である。

郊外衛星都市

 そこで注目されるのが郊外衛星都市である。衛星都市は、たとえば首都圏では都心に通うためのベッドタウンとして開発され、週末などの休日にちょっと買い物や飲食ができるような施設が整った街を指すが、その多くは通勤で都心に向かう電車などの発着点やターミナル駅周辺だった。つまり衛星都市の多くは通勤のための接点のような存在で、衛星都市内で「働く」といった機能を持ち合わせたものではなかった。

 だが、これからは衛星都市にコワーキング施設サテライトオフィスのような「働く」拠点が整備されれば、人々はわざわざ都心のオフィスに通うことなく、自分たちの住む郊外の家から近い衛星都市に徒歩や自転車で通勤して、その地域で一日の大半を過ごすようになるだろう。

 人々が郊外に張り付いて都心に出てこないようになれば、これまでは都心に集中していた飲食や物販店も都心から、人のいる郊外へと拡散していくだろう。形態も都心にあってサラリーマンの飲み会や接待用の店などではなく、ファミリーや友達同士が気楽に遊べる形態のものに進化していくだろう。人々の夜の過ごし方も会社中心から家族や地域内での友達、趣味の仲間などにシフトしていくからだ。

 首都圏であれば、たとえば立川、八王子、相模原、本厚木、海老名、藤沢、船橋、柏、松戸、浦和、大宮、所沢、飯能といった街が脚光を浴びるようになるかもしれない。衛星は太陽系にあって、太陽を中心に回っているが、星そのものが光ることはなく、太陽の光によって輝く。地球も金星も自らが輝くことはないのである。いっぽうで恒星は自らが輝く星を指す。太陽はこの恒星にあたる。

 これまでの衛星都市は、東京という大きな太陽のまわりにあってベッドタウンとしての役割を持った衛星であった。だが、働くという場を持ち、その街だけで一日が完結するような機能を持ち合わせるようになれば、働き方が大いに変化した人々が好んでその街ですごすようになる。つまり、これまでの衛星都市は自らが輝く恒星都市に脱皮するのだ。

 コロナ禍はやっかいな事象ではあるが、こんな側面でも日本の社会のあり方を大きく変えようとしている。そして、その世界は新しい日本人のライフスタイルを引き出していくことになりそうだ。ポスト・コロナは人々の住まい方に大革命をもたらすことになりそうだ。

(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)

●牧野知弘(まきの・ともひろ)

オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。