ミャンマー軍クーデター、アジアで高まる地政学リスク…インド・中国、代理戦争の懸念

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「Getty images」より

 2月1日、ミャンマーにおいて同国国軍がクーデターを実行した。この結果、軍出身のミン・スエ第一副大統領が暫定大統領となり、期限を1年間とする非常事態宣言を発出した。軍はNLD(国民民主連盟)党首のアウン・サン・スーチー氏をはじめとする幹部を拘束し、「ミン・アウン・フライン国軍総司令官に全権力が委譲された」と一方的に宣言した。2020年11月8日に行われた総選挙で敗北を喫した国軍が「総選挙に不正があった」として票の再集計を求めたが、選挙管理委員会がこれに応じなかったことから、議会の招集日に当たる2月1日に実力行使に出たとされている。

 ミャンマーは中国南部からインド洋に抜ける位置にあることから、地政学上の要衝である。「中国の台頭」を念頭に日本、米国、豪州、インドなどが進める「自由で開かれたインド太平洋」戦略を実現する上で重要な国であるとの認識が高まっている矢先にミャンマーでクーデターが勃発したことで、国際社会はその対応に苦慮している。「制裁を科すことでミャンマーが孤立すれば、中国のみが利することになる」との懸念があるからである。

 中国は「一帯一路」の下でミャンマーとの物流ルート「中国・ミャンマー経済回廊」の建設を進めており、完成すれば中国は内陸部からインド洋に抜ける大動脈と海洋進出の足がかりを得ることになる。原油・天然ガス輸送におけるマラッカ海峡への依存度を低下させるため、ミャンマーのチャウピュー港から中国雲南省につながる原油・天然ガスパイプラインも整備してきた。

 中国はミャンマー軍に対しても各種軍事協力を提案してきたが、ミャンマー軍は中国と協力しながらもその影響力拡大に対する警戒を怠ることはなかった。中国は海洋輸送路確保に向けた「真珠の首飾り戦略」の一環として、ミャンマーの主要な港湾に海軍の駐留を望んできたが、ミャンマー軍は外国軍の駐留を禁止した憲法を盾にこれを拒否してきた経緯がある。

 その背景には根深い反中感情がある。1990年代の軍事独裁時代に中国資本がミャンマーに流入、これにより凶悪犯罪が多発したという苦い経験がある。国境地域の問題も軍が中国を警戒する大きな理由となっている。135の少数民族が住んでいるとされるミャンマーは、これまで繰り返し紛争を経験しており、特に「東北部の国境地帯であるシャン州とカチン州の中国系少数民族の武装解除がうまくいっていない背景には中国の支援がある」と苛立ちを募らせてきた。

「ワクチン外交」

 ミャンマー軍の後ろ盾は中国だけではない。今回のクーデターで全権を掌握したフライン総司令官は1月12日、中国の王毅外相との会談直後にロシアのショイグ国防相と会い、昨年末にはインドから潜水艦を購入する決断を下した。2019年のミャンマーのインドからの武器購入額は1億ドルとなり、中国からの武器購入額(4700万ドル)をはるかに凌駕している。

 インドにとってもミャンマーは1500キロメートル以上の国境線を接する重要な隣国である。ASEAN諸国のなかで唯一国境を共有する国であり、成長著しい東南アジアへの入り口としてミャンマーとの友好関係は戦略的に重要である。

 1月22日にインドから新型コロナウイルスのワクチン(150万回分)が届き、27日からミャンマーで接種が始まった。ミャンマーに対しては中国も1月11日にワクチン(30万回分)提供を表明していたが、インド側が「ワクチン外交」で一歩リードしたかたちとなっている。

 インドメディアが「今回のクーデターで国際的に孤立したミャンマー軍のインドへの依存が高まり、インド政府は国際社会との間で『綱渡り外交』を余儀なくされる可能性がある」と報じているように、ミャンマー情勢をめぐる国際社会における主要なプレーヤーは、中国や米国ではなく、インドなのかもしれない。