「つまり、現時点では疑惑の域を出ない。むしろ政治的メッセージの意味合いが強いと見るのが自然です」(同)
とはいえ、中国市場での不買通達は、NVIDIAに少なからぬダメージを与える可能性がある。
「NVIDIAの売上のうち、中国が占める割合は約15%程度とされます。仮に本格的に排除されれば、数十億ドルから200億ドル規模の損害を被るとの試算もあります」(津田氏)
実際、NVIDIAは米国政府の輸出規制を受け、中国向けGPU「H20」を一度は出荷不能とし、在庫を損失計上していた。しかし2024年夏に規制が緩和されると、一転して中国に供給を再開。積み上げた在庫を吐き出し、売上を回復させつつあった。
「その矢先の“バックドア疑惑”ですから、企業戦略にとって痛手になることは避けられません」(同)
では、日本企業はどう影響を受けるのか。
「日本の半導体メーカーは、残念ながら最先端プロセスでは存在感が小さい。そのため直接的な打撃は限定的でしょう。ただし製造装置メーカーには影響があります」(津田氏)
東京エレクトロンやSCREENなどの装置メーカーは、ここ数年、中国向け出荷が不安定に揺れてきた。2023年には「今のうちに買っておこう」と中国企業が駆け込み購入を行い、特需で売上が急増。しかし2024年以降は反動で需要が減少している。
一方、アドバンテストなどテスト装置メーカーは、AIチップ需要の急拡大により業績が好調だ。
「つまり、日本企業全体への影響は一律ではなく、装置の種類や需要のタイミングで明暗が分かれるのです」(同)
さらに津田氏は、報道でしばしば誤解されている点を指摘する。
「H20は、アメリカの規制に合わせて機能を削減したとされていますが、それほど大幅な性能低下ではないのです。GPUは並列処理で成り立っており、ミニGPUが多数組み込まれている。H200に比べてH20はその数を減らしただけ。つまり、複数枚を並べれば同等の性能を実現できる。中国企業にとっては十分に実用的な製品なのです」
加えて、中国国内のチップ開発力は依然として限定的だ。ファーウェイ製GPUも性能面で課題が指摘されており、実際のユーザー企業は「結局はNVIDIAを使いたい」というのが本音だという。
「政府は『使うな』と言っても、企業は裏ルートで導入するでしょう。中国ビジネスの常套手段です」(同)
NVIDIAバックドア疑惑は、事実関係が確認されていない以上、科学技術というより政治の領域に属する問題だ。だが、AI・半導体が国家戦略の核心にある以上、今後も類似の“疑惑”が相互に持ち出される可能性は高い。津田氏はこう結ぶ。
「米中双方ともに、半導体を戦略兵器として扱っている。疑惑が事実であるか否かよりも、相手の成長を抑制するカードとして使う。企業は翻弄されますが、我々は“事実”と“政治的思惑”を冷静に区別する視点を持つことが必要です」
・バックドア=裏口からの侵入、キルスイッチ=遠隔停止機能。
・過去のファーウェイ問題同様、今回も政治的駆け引きの色合いが濃い。
・実際にチップにバックドアが仕込まれた事例は確認されていない。
・NVIDIAには数十億~200億ドル規模の影響の可能性。
・日本企業への影響は限定的だが、装置メーカーは需給変動で揺れる。
・H20は性能削減版とされるが、実際には十分な実用性を持つ。
AIと半導体が国際秩序を左右する時代。NVIDIA疑惑は、単なる“噂”に留まらず、米中覇権争いの新たな局面を象徴する出来事といえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=津田建二/国際技術ジャーナリスト)