ハンズ渋谷店、48年の歴史に幕…EC15兆円時代に「大型店舗」が直面する構造的限界

「都心の大型店が担ってきた『品ぞろえの広さ』という価値は、検索一秒で10万点の比較ができるECの前にほぼ無力化されました。リアル店舗が残すべき価値は今や『体験』と『文脈』だけです。しかしそれを5,000平方メートルの売り場で維持するコストは、ほとんどの業態で採算に合わなくなっている」(同)

「タイパ」と「セレンディピティ」の相克

 ハンズ渋谷店が愛された本質的な理由は、「目的なく歩けば面白いものに出会える」というセレンディピティ(偶然の発見)にあった。現在の渋谷店では「ぐるぐる巡ってワクワク広がる」をコンセプトに、各フロアでイチ押しコーナーを設置。効率化やタイパが重視される時代の中で、あえて時間をかけて迷うことや、実際に手に取って自分で決める納得感といったアナログ回帰のニーズに応える取り組みを続けている。

 これは「抵抗」ではなく「問いかけ」として読める。スマートフォンの検索が一瞬で最適解を提示する時代に、「あえて迷う」ことに価値はあるか。

 消費行動研究の視点で言えば、この問いへの答えは二分されつつある。若い世代の多くが「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視し、最短ルートで目的の商品に到達することを当然とする一方、Z世代の一部では「フィジカルな発見体験」への再評価も起きている。ただし、その「体験」に足を運ばせるだけの動機付けは、ますます高度な編集力と発信力を必要とするようになった。

「現代の消費者は、“便利さ”にはすでに慣れています。そのため逆に、“偶然出会う感覚”や“空間を回遊する感覚”が希少価値になりつつある。ただし、その価値を成立させるには、単なる大量陳列では不十分です。“編集された体験”として空間を設計できるかどうかが重要になります」(同)

「新しいハンズ」という回答

 重要なのは、ハンズという企業が消えるわけではないという事実だ。カインズ傘下での経営改革は一定の成果を上げ、在庫効率化やプライベートブランド強化で業績は大幅に回復したと伝えられる。全国69店舗を維持しながら新店出店も続けており、企業としての「ハンズ」は再生軌道にある。

 その象徴が、2019年に渋谷駅直結の複合施設に開業した渋谷スクランブルスクエア店だ。店舗面積は約1,600平方メートル、取り扱いアイテム数は約3万5,000SKUで、ヘルス&ビューティ、ハウスウェア、ステーショナリーなどの品ぞろえを特徴とする。旧渋谷店の5,494平方メートル・10万SKUと比較すれば、規模は3分の1以下に圧縮されている。

 昔の渋谷店が「目的がなくても何時間も回遊できる巨大雑貨迷宮」だったとすれば、スクランブルスクエア店は「駅直結でサッと寄れる都市型ハンズ」だ。「わざわざ行くハンズ」から「通勤・通学動線で使うハンズ」へ——これがハンズの新しい生存戦略だ。

 この転換は、大型小売全体が模索する解の一つを示している。「広く浅く」の品ぞろえをECに委ね、リアル店舗は「来店頻度の高い動線」か「代替不能な体験」のどちらかに特化する。この二択が、生き残る店舗の条件になりつつある。

「今後のリアル店舗は、“目的地型”か“生活動線型”に二極化していきます。前者はテーマパークや旗艦店のように強烈な体験価値を持つ店舗。後者は駅ナカや複合施設に組み込まれた高頻度利用型店舗です。中途半端に広いだけの店は、最も苦しくなる可能性があります」(同)

街の風景が変わる、その意味

 ハンズ渋谷店の閉店が「賃貸借契約の満了」という形を取ったことは示唆深い。劇的な経営破綻でも感情的な撤退宣言でもなく、一つの不動産契約が静かに終わることで、48年の歴史が幕を閉じる。

 それは、大型リアル店舗の縮退が「突然の崩壊」ではなく「緩やかで不可逆な変容」として進んでいる現実を体現している。消費者は百貨店や大型専門店を嫌いになったわけではない。ただ、スマートフォンとECが提供する利便性を一度手にした人間が、それ以前の「探し歩く買い物」をメインに戻すことは、構造的に起こりにくい。

 一方で、コロナ禍以降の消費行動には「体験への回帰」という確かな流れも存在する。インバウンド需要による百貨店旗艦店の好調も、「単なるモノの購入」ではなく「日本という体験への対価」という側面が強い。人がわざわざ足を運ぶ店舗には、「そこでしか得られない何か」が必要になった。

 渋谷の宇田川町に48年間あり続けたあの迷路は、日本の消費の夢を具現化した場所だった。その夢がなくなるわけではない。ただ、夢を描く舞台と方法が変わる。私たちがこれからどんな「出会いの場所」を必要とするか。それを問い直す機会として、この閉店のニュースを受け取りたい。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=高野輝/戦略コンサルタント)