東京都「容積率2倍」政策の構造…アフォーダブル住宅整備が不動産市場と都市に与える多層的影響

「50戸の供給」が都心家賃相場を変えるか…二極化リスクの現実

 では、アフォーダブル住宅の登場は、東京の賃貸市場にどのような影響を与えるのか。

 率直に言えば、「市場全体への影響は限定的」というのが現時点での見方だ。中央区の事例で整備される住宅は約50戸。東京都の官民ファンドによる計画でも供給見込みは350戸規模、JKK東京の公社住宅活用を加えても計1200戸程度であり、23区全体の住宅需要規模から見れば、家賃全体を引き下げる力はほぼない。

 むしろ懸念されるのは「二極化」のシナリオだ。都心一等地に大規模な複合再開発が次々と進めば、そのエリアの希少性・魅力はさらに高まる。富裕層や外資企業の需要を取り込む高付加価値物件が積み上がることで、築地・渋谷周辺の地価や高級賃貸の相場は引き続き上昇圧力にさらされ続けるという見立てだ。

「アフォーダブル住宅の受益者は限定された層で、しかも10〜12年という時限付きの居住となる。一方で、再開発によるエリアの磁力が高まれば、周辺の恵比寿・目黒・湾岸エリアなど、すでに家賃が高騰している地区への『スピルオーバー(波及)』が起きやすくなる。恩恵を受けられない大多数の賃借人にとっては、むしろ住みにくい環境が進む可能性がある」(秋田氏)

 また、今回のアフォーダブル住宅の入居対象は新婚世帯や子育て世帯に限定されており、収入上限も設けられる見通しだ。単身の勤労世帯や収入が一定水準を超える子育て世帯は対象外となる。「2割安」というインパクトが先行しがちだが、実際に恩恵を享受できる層の絞り込みという点でも、注意深く見ておく必要がある。

過密化・防災の視点――「容積率の拡大」が問いかけるもの

 この政策を語るうえで、不動産経済の視点だけでは片手落ちになる。都市の物理的・インフラ的な持続可能性という観点から、容積率の大幅な緩和が東京にとって何を意味するのかを問わなければならない。

 東京都心部は、すでに首都圏の鉄道混雑、電力・水道・通信インフラの集中、ゴミ処理能力など様々な面で「過密の限界」に近いとされてきた。そこにさらに超高層・大容積の開発を積み重ねることで、人口・機能の一極集中がさらに進む。

 防災の観点からの懸念も根強い。首都直下地震の発生確率は今後30年で約70%とされ(政府地震調査研究推進本部)、超高層ビルのエレベーター停止、帰宅困難者の大量発生、ライフライン寸断といったリスクは、容積率緩和による人口密集化によってさらに拡大する可能性がある。

「防災都市・東京」を標榜する都政の立場から見ると、この政策はある種の矛盾を内包している。より良いインフラ整備や防災対応が求められる中で、高密度開発を促進する制度を同時に走らせることについて、行政は丁寧な説明責任を果たす必要がある。

 都市計画の観点からは、「集中か、分散か」という論点が問い直されるべき時期にきているともいえる。超高層に機能を集中させる再開発よりも、職住近接のバランスをより広い都市圏で取り戻す戦略の重要性を指摘する専門家も少なくない。

政策の「設計品質」こそが問われている

 今回の東京都のアフォーダブル住宅×容積率緩和政策は、「住宅困窮世帯への支援」と「民間再開発の活性化」という二つの政策目標を組み合わせた、創意ある都市政策の試みとして評価できる面がある。補助金に頼らず、民間の開発利益を公共目的に活用するという発想は、ニューヨークやロンドンでも類似の仕組みが先行しており、国際標準の政策手法でもある。

 ただし、その効果と副作用を正直に評価すれば、現時点での供給規模は家賃高騰という構造問題を解決するには圧倒的に不足している。制度の本質的な評価は、容積率ボーナスの付与に見合うアフォーダブル住宅の量・質・継続期間を、行政がどこまで確保できるかにかかっている。

 ビジネスパーソンや投資家の視点では、この政策が「都心一等地の開発サイクルを加速させる触媒」となることに注目すべきだろう。都が追認するかたちで超高層・高容積の再開発が展開されれば、その恩恵は開発事業者と高付加価値物件の需要層に集中する一方、賃貸市場の二極化と地価上昇のスピルオーバーは、エリアを越えて波及していく可能性がある。

 アフォーダブル住宅の「2割安」という数字は確かに魅力的だ。しかし、それが生み出す構造変化の全体像を正確に理解することなしに、この政策の真の価値とリスクを見極めることはできない。東京の住宅・都市政策は今、その設計品質が問われる転換点を迎えている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)