そこから2016年に米国で最初の顧客向けにサービスの本格展開を開始。国民保険プランを提供する会社とのパートナーシップなど法人との提携を軸にサービスを拡大していく。2022年時点で法人顧客は1000社を突破し、利用メンバー数は現在累計100万人以上に上る。
Hinge Healthが提供するのは、理学療法を個人のスマホアプリ上で完結させるプラットフォームだ。ユーザーは、整形外科医や理学療法士が監修した個々の症状や目標に合わせた運動療法に取り組むことができる。
対象は予防から急性期・慢性期のケア、手術前後のサポートに至るまで多岐にわたり、首、肩、腰、膝など16の身体部位に対応する。
ユーザーはまず10個の質問への回答を通じて、自分の症状や生活習慣、目標を登録。いくつかのエクササイズを記録することで、自分にあったリハビリ計画・運動内容が生成される。もちろん症状が変化すれば、プログラムも適切に修正される仕組みだ。
Hinge Healthの強みは、AIを活用した独自技術群と独自のチームにある。具体的には、AIによるモーショントラッキング技術「TrueMotion」、FDA認可の疼痛緩和用ウェアラブルデバイス「Enso」、そしてAIによって業務がサポートされる理学療法士、医師、健康コーチからなる専門家チームである。

・AIモーショントラッキング「TrueMotion」: 特別なセンサーは不要。スマホのカメラだけで身体の100以上のポイントを3Dで認識し、運動フォームの正確性をリアルタイムでフィードバックする。これにより利用者は自宅にいながら専門家の指導を受けているかのような体験を得られる。
・FDA認可の疼痛緩和デバイス「Enso」: 痛みが強く運動が困難な利用者には、FDAの認可を受けた独自のウェアラブルデバイス「Enso」を提供。電気刺激を神経に送ることで手術もせず薬物も使わずに痛みを和らげ、運動療法の継続をサポートする。
・AIサポート付きケアチーム:ユーザーのリハビリ行動を理学療法士、医師、ヘルスコーチからなる専門家チームが遠隔でモニタリングする。ケアチームは、利用メンバーの医療情報を要約してメッセージの下書きを自動生成してくれる「Care Team Assistant」という生成AIツールを活用。単純作業を効率化することで、より人間にしかできないコミュニケーションに時間を割くことができる。
同社のプラットフォームでは、100万人以上のユーザーによる累計7400万回以上のアクティビティセッションと3200万件以上の成果ログが記録されている。このデータセットの大きさこそがAIモデルを継続的に強化し、より精度の高いパーソナライゼーションを実現する「正のフィードバックループ」の源である。
また「HingeConnect」という独自のデータ統合エンジンを開発しており、全米75万以上の医療提供者のEHR(電子健康記録)と連携し、メンバーの医療情報をリアルタイムで把握できる。これにより、例えば手術を検討しているような高リスクのメンバーを早期に特定し、より低コストで効果的な自社のプログラムへと誘導することが可能になる。競合の追随を許さない「Moat(堀)」として機能するというわけだ。
Hinge Healthのもう一つの強みは、効率的なGTM(Go-to-Market)戦略にある。同社は優れたプロダクトをつくるだけではなく、「最も買いやすい」状態であることを重要視している。