一方のAWSは、その“閉鎖性”を逆手に取ったもの。Quick Suiteは、他社プラットフォームを前提にしたオープンな設計を打ち出し、『AWSを基盤としながら、グーグルやマイクロソフトのユーザーも巻き込む』構想を描いています。
つまり、AWSの顧客に限定されず、他社クラウド利用者にも“第2の頭脳”を提供するAIエージェントとしての立ち位置を取ったわけです。技術的にも、AWSの強みであるスケーラビリティ、セキュリティ、カスタマイズ性を継承し、企業ごとに独自のAIモデルを展開できる点が、CopilotやGeminiと大きく異なります」(同)
生成AIを「使う」ではなく、「自社仕様に作り変える」──それがQuick Suiteの思想といえる。
2025年に入り、企業向けAIエージェント市場は急速に拡大している。OpenAIの「ChatGPT Enterprise」、グーグルの「Gemini for Workspace」、マイクロソフトの「Copilot」、アンソロピックの「Claude for Business」など、“社内業務に最適化されたAI”の提供が各社の焦点となっている。
この流れを牽引しているのが「RAG(Retrieval Augmented Generation)」技術だ。社内データをAIに安全に検索・参照させる仕組みで、Quick Suiteも当然この構造を採用している。AWSは自社のクラウド上に顧客データを保持するため、RAGのセキュリティとスピード面で優位に立てる可能性がある。
市場調査会社Synergy Researchによれば、企業AI支出のうち“社内AIエージェント構築・運用”分野は2026年に世界で800億ドルに達する見込み。AWSがQuick Suiteでこの領域を制すれば、クラウド競争の次章を主導できる。
AWSのAI遅延の背景には、同社の歴史的な企業文化がある。AWSは「開発者中心のインフラ企業」として発展してきたため、B2B SaaS型のユーザー体験(UI/UX)には長らく注力してこなかった。
AzureやGoogle Cloudが「AIを使う人」を起点に設計しているのに対し、AWSは「AIを作る人」のための基盤提供にとどまっていた。
しかし、ChatGPT登場以降、企業のニーズは「自分たちのAIを構築したい」から「業務をAIに任せたい」へとシフト。AWSはこの変化に応えきれず、生成AI分野で後手に回った。その反省が、Quick Suiteの“ユーザー中心設計”に色濃く反映されている。
日本では大手企業の8割以上がAWSを活用しているが、Azureとの併用が増えている。背景には、Copilotを中心とするマイクロソフトの「AI統合戦略」がある。Quick Suiteの登場で、AWSはこの“防衛戦”に反転攻勢を仕掛けた格好だ。
特に注目されるのが、日本語対応の自然言語処理精度と国産パートナー企業との連携強化だ。AWSジャパンはすでに日立製作所、NTTデータ、サイボウズ、Sansanなどと協業し、Quick Suite上での社内AI展開を検討中とされる。加えて、日本政府が推進する「官民AIガイドライン」への準拠、国内データセンターでの処理完結も売りになる。
Quick Suiteは、日本企業の「クラウドとAIの統合課題」を解く鍵になる可能性が高い。複数クラウド環境(マルチクラウド)にまたがるデータ活用を容易にし、製造、金融、流通といった産業領域での“AI内製化支援ツール”として拡大が期待される。