●この記事のポイント
・ロボット掃除機の代名詞「ルンバ」を生んだ米アイロボットが破産法申請。成長市場で王者が独り負けした背景には、中国勢の台頭と急速なコモディティ化という構造変化があった。
・LiDAR採用や全自動ドックで進化する中国メーカーに対し、カメラ方式と開発スピードで後れを取ったルンバ。技術選択と製品戦略のズレが競争力低下を招いた。
・Amazon買収破断で生じた「空白の2年」と赤字の常態化が致命傷に。ハード偏重から知能・体験重視へ転換できなかった失敗は、全てのトップ企業への警鐘だ。
かつて「ロボット掃除機」といえば、真っ先に思い浮かぶ名前があった。米iRobot(アイロボット)の「ルンバ」である。
しかしそのアイロボットが2025年12月15日、日本の民事再生法に相当する連邦破産法第11条(通称:チャプター11)の適用を申請した。ロボット掃除機市場自体は世界的に拡大を続け、年率10%前後の成長が見込まれているにもかかわらず、なぜ市場を切り拓いたパイオニアだけが退場を余儀なくされたのか。
背景をひもとくと、そこには単なる経営判断の失敗では片づけられない、製造業とテクノロジー産業に共通する構造的な落とし穴が浮かび上がる。
●目次
今回のチャプター11申請と同時に公表されたのが、アイロボットの主要資産が「Picea Robotics」を中心とする事業体に売却されるという事実だ。
Picea Roboticsは、長年にわたりルンバの製造を担ってきたサプライチェーン・パートナーである。言い換えれば、設計・開発・ブランドを担ってきた企業が、製造を請け負っていた“工場側”に吸収される形となった。
製造業では「企画・設計・サービスに付加価値が集中し、製造は低付加価値化する」という“スマイルカーブ”理論が語られてきた。しかし今回の事例は、その前提が崩れつつあることを示している。
家電業界の市場調査を行う証券アナリストはこう指摘する。
「中国やアジアの製造企業は、もはや単なる“下請け”ではありません。設計理解、部材調達、資金力、スピードのすべてを備え、ブランド企業を丸ごと飲み込める存在に進化しています。アイロボットは、その変化を最も象徴的な形で示した例です」
アイロボットの苦境を理解するうえで見逃せないのが、市場の裾野で起きている変化だ。
現在、100円ショップのダイソーでは、税込550円で簡易型の「ロボット掃除機」が販売されている。吸引機能はなく、底面のシートでホコリを拭き取るだけのシンプルな構造だが、「自動で走り回る掃除ロボット」という体験自体は成立している。
かつて10万円近くした「勝手に動いて掃除してくれる円盤」が、今や雑貨レベルの価格で提供されている――この事実は、市場が完全にコモディティ化したことを物語る。
消費者の関心は、「ロボット掃除機を持っていること」から、「どれだけ手間がかからず、生活を自動化してくれるか」へと移った。この変化のなかで、ルンバは高価格帯でも低価格帯でも中途半端な立ち位置に追い込まれていった。
市場全体は伸びている。それでもアイロボットだけが失速した理由は何か。競合との比較からは、大きく3つの「敗北」が見えてくる。
(1)技術の敗北:「カメラ」固執と“全自動化”の遅れ