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第30話 ずるいのは向こうなので、こちらは賢くやります
王都の徴発隊を追い返したその日の夕方、私は裏庭の机で頭を抱えていた。
勝った。
少なくとも今日は勝った。
それはいい。
だが、いいのは今日だけで、明日も同じように門前で押し問答をしていたら、そのうちこちらの喉が先に潰れる。
「珍しく静かですね」
机番の書記役が言った。
「考えています」
「怒っているんじゃなく?」
「両方です」
「でしょうね」
私は机の上に紙を三枚並べた。
一枚は、今日来た追加徴発命令。
一枚は、現在の在庫表。
そしてもう一枚が、旧街道の試し荷で売れた分と預けた分の簡易記録。
ばらばらに見える。
でも、ばらばらのままでは負ける。
「守備隊長殿」
私が呼ぶと、ヴィクトルが壁際から顔を上げた。
「何だ」
「正面から止めるのは、今日みたいに毎回できます?」
「できる」
「頼もしいですね」
「ただし」
「でしょうね」
「毎回やるのは馬鹿だ」
私は頷いた。
「同意です」
ロランが肩をすくめる。
「殴り合いになる前に済むなら、その方がいい」
「ええ」
私は紙を指で弾いた。
「ずるいのは向こうなので、こちらは賢くやります」
その一言で、バベットが鍋の向こうから顔を上げた。
「何を企んでるんだい」
「言い方」
「だってそういう顔してるよ」
「失礼ですね。もっと上品です」
「上品な顔でろくでもないこと考えてる時が一番怖いんだよ」
私は立ち上がった。
「まず、徴発される余地を減らします」
「余地?」
エドモンが青い顔で帳面を抱える。
「ええ」
「どうやって」
「見える形を変えるんです」
私は倉庫の方を指した。
「今の王都は、“まだ持っていけそうに見える”から手を伸ばしてくる」
「実際には空っぽに近いのに」
机番が言う。
「ええ」
「じゃあ」
「“何に使っている最中か”を全部前へ出すんです」
その夜、ベルノーでは妙な作業が始まった。
倉庫の中身を隠すのではない。
逆だ。
炊き出し用、井戸番用、病人向け、子ども靴用、見回り用、と札を立てて、行き先を全部見えるようにしたのである。
「……これ意味あるんですか」
ロランが空の棚に札を立てながら聞く。
「あります」
「空っぽなことまで見せるのか?」
「ええ」
私は頷いた。
「“余っている備蓄”ではなく、“もう行き先が決まっている命綱”に見せるんです」
「見せるって」
「事実です」
バベットが鼻を鳴らす。
「鍋に入る前の芋だって、もう鍋のもんだよ」
「ええ」
私は笑った。
「その通りです」
さらに私は、井戸番と炊き出し責任者と守備隊長、それぞれに簡単な札を持たせた。
――本日在庫確認済
――配給先確定済
――見回り優先物資
「何だいこれ」
マルゴが言う。
「お守りみたいだね」
「防御札です」
「怪しいねえ」
「効きますよ」
私は木札を指で叩いた。
「王都の人間は、誰が見ていて、何が決まっていて、どこへ使われるかが見えると、雑に持っていきにくくなります」
「面倒だからかい」
「ええ」
「なるほど」
「なので、面倒にします」
そこへルネ・ベルナールがやってきた。
いつもの嫌そうな顔だが、最近少しだけ“嫌そう”の質が変わった気がする。
ただの不快ではなく、先を読んで嫌がっている顔だ。
大変よろしい。
「何をしています」
「賢くしています」
「意味が分かりません」
「徴発対策です」
私は札を見せる。
「現物の行き先を全部見えるように」
「……」
「監査官殿」
「何でしょう」
「これ、書面にできます?」
ルネは札を見て、次に私を見る。
「また人使いが荒い」
「光栄です」
「褒めていません」
「知っています」
彼はため息をついた。
「できます」
「素敵です」
「本気ですね」
「かなり」
そのまま、私たちは執務室へ移動した。
机の上には、新しい紙を広げる。
――現地物資用途一覧
――冬支度優先配分表
――病人・子ども・見回りに関する最低保有量
「名前がいちいち仰々しいですね」
机番が言う。
「王都向けですので」
「なるほど」
「中身が地味な時ほど、題が強いと人は読みます」
ルネが横からぼそりと言った。
「嫌な知恵ですね」
「王宮仕込みです」
一覧は、できるだけ簡潔にした。
麦八袋のうち、炊き出し何日分。
豆九袋のうち、病人食と炊き出しの比率。
藁束はどこの世帯を優先するか。
子ども靴の修繕予定。
薪の見回り優先。
そして、旧街道試し荷の売上がどこへ回るか。
「売上まで書くんですか」
エドモンが聞く。
「ええ」
「何で」
「“勝手に溜め込んでる”と言われる前に、“どこへ戻すか決まっている”を見せるためです」
私は干し菜束の売上記録を叩いた。
「今回は子どもの靴と塩の補充に」
バベットが頷く。
「鍋に入る前に凍えられたら困るからね」
「ええ」
「そういうのは先に書いときな」
「素敵です」
「今日は本気っぽいから余計気持ち悪いね」
翌朝、私はその一覧を三か所へ貼った。
一つは倉庫前。
一つは裏庭の机。
そしてもう一つは、表玄関の内側だ。
「そこに?」
ロランが聞く。
「ええ」
「敵に見せるのか」
「敵にも見せます」
私は紙をまっすぐ押さえた。
「“何を奪うか”が、数字じゃなくて顔のある用途になるので」
鼻の赤い子どもの母親が、少し離れたところからその紙を見上げる。
「……うちの子の靴、書いてある」
「ええ」
「これ、皆に見える」
「見せるために貼りました」
「……」
彼女はしばらく何も言わなかった。
それから小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼は靴が直ってからで結構です」
昼過ぎ。
予想通り、セルジュではない別の王都役人が一人、下見のような顔で来た。
たぶん前回の失敗を受けて、“少し様子を見てこい”とでも言われたのだろう。
だが、門をくぐった瞬間に見えるのは、倉庫の在庫ではなく、用途一覧と配分表と、見回り札のついた物資の山だ。
「……何です、これは」
男が言う。
「現地の事情です」
私は笑顔で答えた。
「分かりやすいでしょう」
男は倉庫前の紙を読んだ。
炊き出し。病人。子ども。井戸番。見回り。
顔が少し曇る。
大変よろしい。
「監査官殿の確認済みです」
私はさらにルネの書いた確認印入り控えを見せた。
「つまり今ここで何か持っていくと、持ち出した先が非常に分かりやすくなります」
「……」
「どこの誰の分だったか、全部」
男は紙を見て、それから裏庭の方を見た。
ちょうどその時、鼻の赤い子どもが炊き出し椀を抱えて通り過ぎた。
タイミングがいい。
人生、たまにはこちらに味方する。
男は結局、「確認だけにします」と言って帰った。
私はその背中を見送りながら、小さく息を吐く。
「効きましたね」
ヴィクトルが言う。
「ええ」
「真正面で殴らなかった」
「賢かったでしょう」
「性格は悪いがな」
「光栄です」
夕方、裏庭で札を回収しながら、私は少しだけ笑ってしまった。
向こうは命令と肩書きで押してくる。
なら、こちらは用途と現場で押し返す。
ずるいのは向こうだ。
でも、ずるい相手とまともに殴り合う必要はない。
机番が呆れた顔で聞く。
「今日、ちょっと楽しそうでしたね」
「そうですか?」
「ええ」
「たぶん」
私は配分表を整えた。
「正面から喧嘩するより、こういう方が好きなんです」
「性格悪いですね」
「最近皆さん、そればっかりですね」
だが悪くない。
ベルノーはまだ貧しい。まだ足りない。まだ冬の前だ。
でも今日、少なくとも一つだけは分かった。
正しいだけでは守れない時がある。
そういう時は、ちゃんと賢くならないといけない。
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