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「……ふ、ふふふ。見てなさいセバス。これぞ、悪役令嬢による『地獄の晩餐』ですわ!」
公爵家の厨房。ルルナは怪しく煮え立つ鍋を前に、木べらを振りかざしていた。
今日のルルナは、エプロン姿ではあるものの、その表情はいつになく邪悪(を目指した結果の、ひきつった笑顔)である。
その手元には、隣国から密輸したとされる、触れるだけで指が腫れるという伝説の激辛スパイス『魔竜の吐息』が握られていた。
「お嬢様、それは……。一振りで大の大人が三日三晩のたうち回ると言われる禁断の調味料ではございませんか。まさか、それを殿下のお食事に?」
「その通りですわ! アリス様は以前、『君の作ったものなら毒でも食べるよ』なんて仰っていましたわね。ならば、その言葉が本物か試して差し上げますの。……これだけ辛ければ、いくらあの方でも一口で吐き出して、私を『殺人未遂の狂女』として訴えるはずですわ!」
ルルナは震える手で、スパイスを瓶ごと鍋に投入した。
立ち上る湯気はすでに赤黒く、吸い込むだけで肺が焼けるような刺激臭が厨房に満ちる。
周囲の料理人たちが涙を流しながら退避していく中、ルルナだけは執念で鍋をかき混ぜ続けた。
「……できたわ。これこそ、私の憎しみの結晶ですわ!」
「お嬢様、それは憎しみというより……物理的な破壊兵器に近いかと。殿下の胃袋の無事を祈るばかりですな」
数時間後。王宮の美しい庭園で、二人のためのピクニックが開催されていた。
アリスティアは、ルルナが「手作りの料理を持ってきましたの」と言った瞬間から、今にも踊り出しそうなほど上機嫌だった。
「ルルナ、君の手料理が食べられるなんて。僕は今日という日を建国記念日以上に祝いたい気分だよ。さあ、何を作ってくれたんだい?」
「……ふん。期待して損をなさるがいいわ。こちら、『深紅の情熱シチュー』ですわ。冷めないうちに召し上がれ」
ルルナは、真っ赤……というより、もはやどす黒い色をした液体を皿に盛り、アリスティアの前に差し出した。
スプーンを近づけるだけで、銀器が変色しそうな勢いである。
ルルナは期待に胸を膨らませ、彼が悶絶する瞬間を待ち構えた。
アリスティアは、その異様な色のシチューをじっと見つめ、次にルルナを見た。
「……ルルナ。この色は、もしかして」
「ええ、そうですわ! 私のドロドロとした暗い感情の色ですわ! さあ、召し上がれ!」
アリスティアは、迷うことなくスプーンを口に運んだ。
その瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
顔色が瞬時に真っ赤になり、次に真っ青になり、最後には透き通るような白へと変化していく。
目からは自然と涙が溢れ、額からは滝のような汗が流れ落ちた。
(……きたわ! ついにきたわ! さあ、叫びなさい! 私を罵りなさい!)
しかし、アリスティアは。
震える手でナプキンを手に取ると、溢れる涙を拭い、そして……神々しいまでの微笑みを浮かべた。
「……熱いね、ルルナ。君の、愛が」
「……はい?」
「この……体の芯から燃え上がるような……暴力的なまでの刺激……。君は、言葉では伝えきれないほどの熱烈な情熱を、この一皿に込めてくれたんだね……。僕の心臓が、破裂しそうなほど脈打っているよ」
「アリス様!? これ、喉が焼けるほど辛いはずですわよ!? 味覚は大丈夫なんですの!?」
「ああ……。辛い、というより、これは……『光』だ。君が僕を想い、このスパイスをどれほど一生懸命に調合してくれたか……その手間暇を考えると、この痛みさえも愛おしい……。ごふっ……!」
アリスティアは小さく咽せ込みながらも、シチューを飲み込み続けた。
彼の瞳は、もはや痛みを超越した恍惚の域に達している。
「待ってください、もうお止めになって! 死んでしまいますわ、本当に死んでしまいます!」
ルルナは慌てて皿を取り上げようとしたが、アリスティアはその手を優しく、しかし力強く制した。
「いけないよ、ルルナ。君が作ってくれたものを、残すなんて僕にはできない。……見てごらん、僕の体は今、君の色に染まっている……」
(確かに真っ赤ですけど! それはただの炎症ですわよ!)
「君の愛……確かに完食させてもらうよ。……ああ、幸せだ。こんなに激しい愛を注いでもらえる僕は、世界一の果報者だね」
アリスティアは、文字通り命を削りながらシチューを全て飲み干した。
最後の一滴を啜り終えた時、彼は椅子にぐったりと背を預け、真っ白な灰のようになりながらも満足げに笑った。
「……ごちそう、さま。ルルナ。明日も、期待して、いいかな……?」
「……明日も食べたら、本当に葬儀の準備が必要になりますわ!」
ルルナは、空になった皿を見つめて呆然とした。
「嫌われるための嫌がらせ」が、なぜか「命懸けの愛の試練」へと変換され、アリスティアの忠誠心をさらに強固なものにしてしまったのだ。
「……セバス。あの人、もう人間じゃないわ。私の毒(スパイス)が効かないなんて……」
「お嬢様。殿下の愛は、既に毒に対する抗体……いえ、あらゆる苦痛を快楽に変換する無敵の領域に達しておられるようですな」
その日の夜、アリスティアは激しい胃痛で寝込んだが、見舞いに来たカイルに対し「今日のシチューは、人生で一番甘かったよ」と寝言で語ったという。
ルルナの「悪役令嬢」としての自尊心は、またしても粉々に打ち砕かれた。
そして、過剰な刺激物を使った反動で、今度はルルナ自身が体調を崩し始めることになるのだが、それはまだ少し先のお話。
公爵家の厨房。ルルナは怪しく煮え立つ鍋を前に、木べらを振りかざしていた。
今日のルルナは、エプロン姿ではあるものの、その表情はいつになく邪悪(を目指した結果の、ひきつった笑顔)である。
その手元には、隣国から密輸したとされる、触れるだけで指が腫れるという伝説の激辛スパイス『魔竜の吐息』が握られていた。
「お嬢様、それは……。一振りで大の大人が三日三晩のたうち回ると言われる禁断の調味料ではございませんか。まさか、それを殿下のお食事に?」
「その通りですわ! アリス様は以前、『君の作ったものなら毒でも食べるよ』なんて仰っていましたわね。ならば、その言葉が本物か試して差し上げますの。……これだけ辛ければ、いくらあの方でも一口で吐き出して、私を『殺人未遂の狂女』として訴えるはずですわ!」
ルルナは震える手で、スパイスを瓶ごと鍋に投入した。
立ち上る湯気はすでに赤黒く、吸い込むだけで肺が焼けるような刺激臭が厨房に満ちる。
周囲の料理人たちが涙を流しながら退避していく中、ルルナだけは執念で鍋をかき混ぜ続けた。
「……できたわ。これこそ、私の憎しみの結晶ですわ!」
「お嬢様、それは憎しみというより……物理的な破壊兵器に近いかと。殿下の胃袋の無事を祈るばかりですな」
数時間後。王宮の美しい庭園で、二人のためのピクニックが開催されていた。
アリスティアは、ルルナが「手作りの料理を持ってきましたの」と言った瞬間から、今にも踊り出しそうなほど上機嫌だった。
「ルルナ、君の手料理が食べられるなんて。僕は今日という日を建国記念日以上に祝いたい気分だよ。さあ、何を作ってくれたんだい?」
「……ふん。期待して損をなさるがいいわ。こちら、『深紅の情熱シチュー』ですわ。冷めないうちに召し上がれ」
ルルナは、真っ赤……というより、もはやどす黒い色をした液体を皿に盛り、アリスティアの前に差し出した。
スプーンを近づけるだけで、銀器が変色しそうな勢いである。
ルルナは期待に胸を膨らませ、彼が悶絶する瞬間を待ち構えた。
アリスティアは、その異様な色のシチューをじっと見つめ、次にルルナを見た。
「……ルルナ。この色は、もしかして」
「ええ、そうですわ! 私のドロドロとした暗い感情の色ですわ! さあ、召し上がれ!」
アリスティアは、迷うことなくスプーンを口に運んだ。
その瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
顔色が瞬時に真っ赤になり、次に真っ青になり、最後には透き通るような白へと変化していく。
目からは自然と涙が溢れ、額からは滝のような汗が流れ落ちた。
(……きたわ! ついにきたわ! さあ、叫びなさい! 私を罵りなさい!)
しかし、アリスティアは。
震える手でナプキンを手に取ると、溢れる涙を拭い、そして……神々しいまでの微笑みを浮かべた。
「……熱いね、ルルナ。君の、愛が」
「……はい?」
「この……体の芯から燃え上がるような……暴力的なまでの刺激……。君は、言葉では伝えきれないほどの熱烈な情熱を、この一皿に込めてくれたんだね……。僕の心臓が、破裂しそうなほど脈打っているよ」
「アリス様!? これ、喉が焼けるほど辛いはずですわよ!? 味覚は大丈夫なんですの!?」
「ああ……。辛い、というより、これは……『光』だ。君が僕を想い、このスパイスをどれほど一生懸命に調合してくれたか……その手間暇を考えると、この痛みさえも愛おしい……。ごふっ……!」
アリスティアは小さく咽せ込みながらも、シチューを飲み込み続けた。
彼の瞳は、もはや痛みを超越した恍惚の域に達している。
「待ってください、もうお止めになって! 死んでしまいますわ、本当に死んでしまいます!」
ルルナは慌てて皿を取り上げようとしたが、アリスティアはその手を優しく、しかし力強く制した。
「いけないよ、ルルナ。君が作ってくれたものを、残すなんて僕にはできない。……見てごらん、僕の体は今、君の色に染まっている……」
(確かに真っ赤ですけど! それはただの炎症ですわよ!)
「君の愛……確かに完食させてもらうよ。……ああ、幸せだ。こんなに激しい愛を注いでもらえる僕は、世界一の果報者だね」
アリスティアは、文字通り命を削りながらシチューを全て飲み干した。
最後の一滴を啜り終えた時、彼は椅子にぐったりと背を預け、真っ白な灰のようになりながらも満足げに笑った。
「……ごちそう、さま。ルルナ。明日も、期待して、いいかな……?」
「……明日も食べたら、本当に葬儀の準備が必要になりますわ!」
ルルナは、空になった皿を見つめて呆然とした。
「嫌われるための嫌がらせ」が、なぜか「命懸けの愛の試練」へと変換され、アリスティアの忠誠心をさらに強固なものにしてしまったのだ。
「……セバス。あの人、もう人間じゃないわ。私の毒(スパイス)が効かないなんて……」
「お嬢様。殿下の愛は、既に毒に対する抗体……いえ、あらゆる苦痛を快楽に変換する無敵の領域に達しておられるようですな」
その日の夜、アリスティアは激しい胃痛で寝込んだが、見舞いに来たカイルに対し「今日のシチューは、人生で一番甘かったよ」と寝言で語ったという。
ルルナの「悪役令嬢」としての自尊心は、またしても粉々に打ち砕かれた。
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