無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月

文字の大きさ
12 / 28

12

しおりを挟む
「……はぁ。身体が、重いですわ……」

オーブライト公爵家の広々としたベッドの中で、ルルナは力なく声を漏らした。
視界が熱を帯びて、ゆらゆらと揺れている。
どうやら、昨日の『魔竜の吐息』シチュー作りで、肺と胃を酷使した上に、悪役修行の心労が重なってしまったらしい。

「お嬢様、お粥をお持ちいたしました。無理をしてでも召し上がらないと、体力が戻りませんぞ」

「……いりませんわ、セバス。悪役令嬢たるもの、病に倒れて弱っている姿を見せるなんて……末代までの恥ですわ。あ、うぅ……頭が痛いですわ……」

ルルナは額に載せられた濡れタオルを抑えながら、シーツに顔を埋めた。
心細さと熱のせいで、いつもの強気な口調もどこか頼りない。

その時、部屋の扉が遠慮なく、しかし慌ただしく開け放たれた。

「ルルナ! 大丈夫かい!?」

現れたのは、息を切らしたアリスティアだった。
王宮での公務を全て放り出してきたのだろう、服の裾は乱れ、いつも完璧な金髪も少し跳ねている。

「あ……アリス、様……? どうして、ここに……」

「君が倒れたと聞いて、いても立ってもいられなくてね。……ああ、なんてことだ。顔が真っ赤じゃないか。苦しいのかい? 僕にできることなら何でも言ってくれ」

アリスティアはルルナの枕元に膝をつくと、彼女の熱い手を両手でそっと包み込んだ。
その瞳には、かつてないほどの狼狽と、深い愛しさが混ざり合っている。

「……お逃げになってくださいまし。風邪が、うつりますわ……。私は今、毒を振りまく邪悪な女……いえ、ウイルスそのものですわ……」

「何を言っているんだ。君の風邪なら、喜んで引き受けるよ。むしろ、君と同じ病に侵されるなんて、最高の『お揃い』じゃないか」

「全然、良くありませんわ……っ!」

ルルナは顔を背けようとしたが、身体が思うように動かない。
アリスティアは、セバスからお粥の盆を受け取ると、自らスプーンを手に取った。

「さあ、あーんして。僕が食べさせてあげるよ」

「……っ!? な、何を仰っていますの!? 王族の方に、そんな不敬な真似させられませんわ!」

「いいや、今は君の婚約者として、ただの『アリス』としてここにいるんだ。……ほら、冷ましてあげたから。あーん」

アリスティアは、まるでお宝でも扱うような手つきで、一口分のお粥をルルナの唇に寄せた。
ルルナはあまりの恥ずかしさに、熱がさらに数度上がったような気がした。

(ダメですわ……。ここで甘えてしまったら、私の悪役令嬢計画が……! でも、アリス様の瞳が、あまりに優しくて……)

拒否する気力も尽き、ルルナは小さく口を開けた。
優しい出汁の味が口の中に広がり、身体の奥がじんわりと温まっていく。

「……美味しい、ですわ」

「そうかい。よかった……。ルルナ、君が苦しんでいると、僕の心臓が握りつぶされるように痛むんだ。昨日、あんなに情熱的なシチューを作ってくれた反動だね。君はいつも、自分を犠牲にしてまで僕を愛そうとする」

「……犠牲に、なりましたわね。物理的に……」

「これからは、無理をして愛を表現しなくていいんだよ。君がただ、隣で笑ってくれているだけで……いや、こうして生きていてくれるだけで、僕は幸せなんだ」

アリスティアは空いた手で、ルルナの頬を優しく撫でた。
その指先がひんやりと心地よくて、ルルナは思わず目を細めてしまう。

「……アリス様。私は、あなたの期待に応えられない、駄目な女なのですわ」

「いいや、世界で一番素晴らしい女性だよ。魔力がないことなんて、この指先一枚の価値にも及ばない。君の魂は、どんな魔法よりも美しく輝いている。……僕が保証するよ」

ルルナは、その言葉を「いつもの勘違い」だと笑い飛ばしたかった。
けれど、弱っている心には、彼の言葉が真っ直ぐに刺さって、目元が熱くなってくる。

「……そんなこと、言わないでくださいまし。……嫌いに、なれないじゃないですか」

ルルナの小さな呟きを、アリスティアは聞き逃さなかった。
彼はさらに顔を近づけ、彼女の額に、慈しむように自分の額を重ねた。

「嫌いにならなくていいんだよ。……一生、僕のことを愛し続けて。僕も、死が二人を分かつまで……いや、分かっても君を追いかけ続けると誓うから」

「……それは、ちょっと怖いですわ」

「ははは、そうだね。僕の愛は、君にとっては少し重すぎるかもしれない」

アリスティアはルルナが眠りにつくまで、一晩中その手を離さなかった。
ルルナの夢の中には、なぜか激辛シチューを持って追いかけてくる王子と、それを必死で拒む自分の姿が出てきたが、不思議と悪い気分ではなかった。

翌朝、熱が引いたルルナが目覚めると、そこには椅子に座ったまま眠り込んでいる王子の姿があった。

「……本当に、お馬鹿さんですわね」

ルルナはそっと彼に毛布をかけ直しながら、自分の「悪役令嬢」としての覚悟が、少しずつ崩れていく音を聞いたような気がした。

だが、この看病イベントが、次なる「うっかり発言」への伏線になるとは、まだ誰も予想していなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上
恋愛
リリア・アシュベリーは婚約者である第二王子ジェラルドと彼の隣にいるイザベラ・ローズによって、断罪されようとしていた。 しかし、その場に現れた辺境伯アルヴィス・グレンデルのおかげで、窮地を脱することができた。 さらに……。 「冤罪は晴らした。だが、ここの空気は知性が欠乏していて息苦しい。行くぞ、リリア。君のような希少な検体を、こんな場所に放置しておくわけにはいかない」  その手は、ジェラルドが一度も握ってくれなかったほど力強く、リリアの手首を引いた。  こうして、成り行きで彼に連れ去られたリリア。  その結果、新たな運命の歯車が動き始めたのだった。

月蝕の令嬢 〜妹の偽りの光を暴き、夜の王に溺愛される〜  嘘つきの妹に成敗を、ざまあ

しょくぱん
恋愛
「汚らわしいその腕で、僕のセリナに触れるな!」 公爵令嬢エレナは、生まれつき「不浄の影」を持つとして家族から虐げられてきた。 実態は、妹セリナが放つ「光の魔法」が生む猛毒を、エレナが身代わりとなって吸い取っていただけ。 しかし、妹の暴走事故を自らの腕を焼いて防いだ日、エレナは「聖女である妹を呪った」と冤罪をかけられる。 婚約者である第一王子に婚約破棄され、実家を追放され、魔物が巣食う「奈落」へと突き落とされたエレナ。 死を覚悟した彼女を拾ったのは、夜の国を統べる伝説の龍神・ゼノスだった。 「これを不浄と言うのか? 私には、世界で最も美しい星の楔に見えるが」 彼に口づけで癒やされたエレナの腕からは炭化が剥がれ落ち、美しい「星の紋章」が輝きだす。 実はエレナの力こそが、世界を再生させる唯一の「浄化」だったのだ。 龍神の番(つがい)として溺愛され、美しく覚醒していくエレナ。 一方、彼女を捨てた母国では、毒の吸い取り役がいなくなったことで妹の「光」が暴走。 大地は腐り、人々は倒れ、国は滅亡の危機に瀕していく。 「今さら『戻ってきて毒を吸ってくれ』ですって? お断りです。私は夫様と幸せになりますので」 これは、虐げられた影の令嬢が真の愛を知り、偽りの光に溺れた妹と国が自滅していくのを高みの見物で眺める、大逆転の物語。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

愛しいあなたは竜の番

さくたろう
恋愛
 前世で無惨に処刑された記憶を持つ少女フィオナは、今世では幼い頃から番である竜族の王に保護されて塔の中で大切に育てられていた。  16歳のある日、敵国の英雄ルイが塔を襲撃しにきたが、なんとフィオナは彼に一目惚れをしてしまう。フィオナを人質にするために外へと連れ出したルイも、次第に彼女に離れがたい想いを感じ始め徐々に惹かれていく。  竜人の番として育てられた少女が、竜を憎む青年と恋に落ちる物語。 ※小説家になろう様に公開したものを一部省略して投稿する予定です。 ※全58話、一気に更新します。ご了承ください。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

阿里
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

処理中です...