メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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二、思い出語り

思い出語り1

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 その後かなでたちは、毎日入れ替わりでクリームのことを話しにきた。かなではだいたいピアノやオカリナのレッスンの帰りにお母さんと、もしくは仕事から帰ってきたお父さんと修想館へむかった。
 クリームと出会い、引っ越したこと。
「クリームはカリカリタイプのえさと、イワシが好きだったんです」
「イワシは生で上げていたんですか?」
「ゆがいてからです。生は病気になる可能性があるらしいんです」
 かなでは以前にお母さんから言われたことを、そのまま律に話した。
「印象深いできごとはありますか?」
 そう尋ねられて、かなではあるできごとを真っ先に思い出した。
「前にクリームがいなくなったことがあったんです。みんなでいろんなところを探し回ったんですけど、見つからなくって。それで夜おそくに帰ってきたら、台所のごみ箱の裏にいたんです。あのときはびっくりしちゃいました」
「それはひやりとしますね」
「そうなんです。すごくこわかったです。事故にあってたらどうしようとか、迷子になってないかなって思って」
「そうですよね。大切な家族がいなくなったら、こわいのは当たり前ですから」
 律はそんな風に言ってくれた。
 また別の日にはいっしょに話しに行ったお父さんが、かなでが覚えていないことを語ってくれた。
「この子が、かなでがまだ赤ちゃんのときでした。かなでがクリームのしっぽをぎゅっとつかんだんですよ。クリームもすごい目をまん丸にして、いやそうでした。けれどかなでがにぎってるとわかったら、不満そうにしながらもがまんしていました」
 律はそれらの話にあいづちを打ったり、ときには質問をして話を広げてクリームのことを聞いていた。クリームの話をしていると、元気だったころの姿をだんだんと思い出せるようになっていた。律はどんな話でもうんうんとうなずきながら、受けとめてくれた。それから消えてしまいそうな糸をその手につかむように、かなでたちがわすれてしまっていたささやかな思い出を思い出させてくれた。
 不思議なことに話しながら、なぜか律もその場にいるかのようなさっかくを覚えるときがあった。お父さんにそん な風に感じたことはないか尋ねたが、「そういうのは感じたことはないなあ」と言われた。
 かなでは律と話しているとき不思議と心が温かくなっていた。そして悲しい気持ちなんて蒸発してなくなってしまったかのようだった。最初はクリームのことを話すのが苦しかったが今ではクリームのことを話したくてたまらなくなっていた。話せば話すほど、クリームに会えているような気がした。それだけでなく、思い出の中に律がいて、いっしょにクリームと遊んでいるような感覚になっていた。
(なんでだろう? 律さんはその場にいなかったのに……)
 お父さんやお母さんに尋ねてみたが、そんな感覚になったことはないそうだ。かなでにとって、律はどんどん身近な存在になっていった。
 律に依頼をして五日目。この日かなではばんごはんをすませてから、お母さんといっしょに修想館に訪れていた。話をするのはいつも応接間だ。
「お持ちくださった首輪に思い出をこめるのですが、どのような曲がよろしいでしょうか? こちらで作曲することもできますがいかがなさいますか?」
「作曲できるんですかっ? すごいっ」
 かなでは思わず前にのめり出した。お母さんは「ちょっと、かなで」と服をひっぱって座らせた。
「どんな風に作曲するんですかっ?」
 かなでは目をかがやかせながら尋ねた。
「いろいろですよ。実際にひいてみたり、頭の中にメロディーがうかんでくるときもあります」
「どんな楽器でするんですか?」
「ピアノやオルガンのときもありますし、フルートにトランペット、バイオリンなどいろんな楽器で試してみますよ」
 かなでは律に熱い眼差しをむけた。
「ぜひ! ぜひ作曲してくださいっ」
 かなでは身を乗り出して言った。
「かなで。お父さんにも聞いてみなくちゃいけないでしょう?」
 あとで返事をすることにして、その場ではクリームとの思い出話に花を咲かせた。その日もなぜか律の存在を強く感じた。
 帰って相談するとお父さんもかなでに賛成してくれたので、律に曲をつくってもらうことになった。明日は三人そろってきてほしい、と律に言われた。
 そして次の日、律に思い出をこめてほしいとたのんで六日目の夜七時。かなでのオカリナ教室が終わってから、むかえにきたお父さんとお母さんといっしょにそのまま修想館へむかった。
 いつものように応接間に通されると、そこにはオルガンが運びこまれていた。横はばが広かったり、丸く白いボタンがけん盤の上についていたりと、小学校にあるオルガンとは少しちがった。すでにふたは開けられていて、楽ふが置かれている。
「どうぞ、おかけください」
 かなでたちはソファーにこしかけた。
「背中をむける形になってしまうことをお許しください。どうしてもここにしか置けなくて」
「いえ、だいじょうぶですよ。むしろこちらが作曲をおねがいしたのですし、オルガンを運ぶのも大変だったでしょう」
 わびる律にお父さんが言った。かなではそわそわしながら律の演奏を待った。見ると横長のいすの上にはバイオリンが置かれていた。律は一度おじぎをして、オルガンの前にすわると一度大きく息を吸った。けん盤に両手をのせる。
 最初の音は和音だった。ピアノとはちがう軽いけれど丸い音。ゆっくりとしていて高い音のメロディーだ。
(あ)
 そんなとき、かなでの目に白いものが見えた。それはすずめよりも小さな鳥だった。
(いつものだ)
 かなでは音楽を聴くとき、よく白い鳥が飛んでいるのが見える。かなでが物心ついたときからそうで、ほかの人には見えないらしい。
 次第にオクターブが下がって高くも低くもない音になる。落ち着いていく流れは、まるでお父さんとお母さんとのおだやかな暮らしのようだった。オルガンの手をとめ、律はバイオリンを手にとった。いっしゅん白い鳥たちがいなくなる。
 そしてオルガンでの演奏をつなげるように、その場で立ち上がりバイオリンのげんをすべらせた。それは一音一音が短く、軽やかなテンポだった。猫の足どりのような、歩けるようになってしばらくした子どもが一生けん命走っている様子にも似ている。白い鳥たちが再び現れ、最初より数が増えた。
 一音一音が少しずつ長くなり、リズムも落ち着いてきた。それでも曲調は明るく三人で過ごした日々を表現しているのだと、かなでにはわかった。バイオリンが最後の音をのばしたあと、律はしずかにそれでもすばやくすわり、オルガンの二度の和音で曲を終えた。白い鳥たちはいつもどおり、どこかに飛んでいくように、姿を消した。
 かなではその場で立ち上がって力いっぱいはくしゅをした。お父さんとお母さんもすわったまま手をたたいた。律はもう一度頭を下げた。
「どこか手直しをご希望されるところはございますか?」
「ないですっ! すっごく、すっごくすてきでした!」
「ええ。わたしたちの生活を見てきたみたい」
 かなでに続いてお母さんも律の曲をほめた。お父さんも「ああ」とうなずいた。
「ぜひその曲でおねがいします」
 お父さんは立ち上がって律に頭を下げた。お母さんとかなでも同じようにした。そして次の日の夕方六時に引きとりにくることになった。
 この日、かなではベッドの中でなかなか眠れないでいた。何度も律の演奏を思い出しては体を震わせていた。
「すごかったなあ。ほんとうにわたしたちの生活みたいだった。すごくぴったりで……。それに演奏もプロ並みだった」
 かなでの耳のおくで律がひいていた曲が流れた。
「不思議……。前はクリームのこと思い出したら悲しかったのに、今は楽しかったこと以外思いうかばないや」
 かなでは思い出がどんな風に見えるのか、あの曲がどのように聞こえてくるのか楽しみになっていた。
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