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八、こめてはいけない思い出
こめてはいけない思い出1
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おぼんもすぎて、夏休みが終わるカウントダウンがはじまりかけていたその日。かなでが庭で雑草を抜いていると律が呼びにきた。
「これからお客さまがいらっしゃるわ。この辺りに住んでいるらしいからすぐ着くでしょう。急いで」
「はいっ」
かなでと律はいっしょに二階のお客さま用の部屋やはなれを大急ぎでそうじした。
午後三時にそのお客さまはやってきた。
「小田らみさまでございますね」
小田さんは中校二年生くらいの人だった。短い髪の毛先はそろっておらず、真っ白なシャツにジーンズといった軽い服装だ。荷物は手には指の関節一つ分くらいの厚さの本を一冊持っているだけだった。小田さんはこくりとうなずいた。
応接間のふかふかなソファーにすわると小田さんはさっそく持ってきていた本を律にわたした。それは教科書で『世界史』と書かれていた。あちこち折れていたり、切れたあとがあってずいぶんとぼろぼろだ。
「これにこめてほしいんです」
「どのような思い出でしょうか?」
「ワタシがいじめられた思い出」
律の表情にきんちょうが走ったように見えた。
「苦しみ、うらみ、痛み、すべてをこめてください。いじめてきた子たちに絶対仕返しをするっていう意志がうすれないように」
小田さんのまるで深い穴のような暗いひとみに飲みこまれそうになったかなでは、自分のズボンの太ももあたりをつかまずにはいられなかった。
「もうしわけありませんが、そういった思い出ならばこめることはできません」
「なんでですか」
小田さんはまゆ根を寄せ、律は堂々としていた。
「われわれ想鳴者の役目は過去の人やできごとを大切な思い出として、お客さまの心に留めさせること。そして前へ進むきっかけをつくること。心に残していいのは、うらみや苦しみではありません。温かい、すてきな思い出です」
「えらそうに言わないで、なにも知らないくせにっ。原因もわからずある日突然無視されて、体操服をぼろぼろにされたことある? トイレで上から水をかけられたことある? 大切にしていたものをこわされたことがあるっていうの? ……亡くなったおばあちゃんがつくってくれた、ビーズの犬のキーホルダーを、ばらばらにしたのよ! 笑ってたのよ……!」
かなでは心臓をぎゅうっとにぎりしめられているようだった。小田さんはひざの上でにぎり拳をつくりながら言った。
「あと一週間もしないうちに、ワタシは父さんの都合で引っ越さなくちゃいけなくなった。だから、何十年経ってもいじめてきた子たちだってわかるように、きざみこんで」
にらみつける小田さんに対して律はただしずかに首を横にふった。そして小田さんをまっすぐ見つめたまま断った。
「でしたらなおさら、そのような思い出をこめるわけにはいきません。せっかく別の場所で新しくやり直せるのです。すべてを捨てて、新しく生きたほうがお客さまのためかと思われます」
「そんなきれいごと、聞きあきたわっ」
小田さんの表情が鬼に近づいた。
「わすれられるはずないでしょう。あの人をばかにした笑い声を。だれも助けてくれないつらさを。ゆるさない、絶対に。絶対にゆるさない!」
うっすらとなみだを浮かべる小田さんの声には強い意志がこめられていた。そんな小田さんに律は言った。
「憎しみをずっとだき続けるのは、自分自身がつかれます。ずっと自分の心を苦しめることになります。苦しいのは……つらいんですよ」
「それでもかまわない」
律は悲しそうに目をふせた。そしてゆっくり立ち上がった。
「どうぞ。お帰りくださいませ」
小田さんはぎっと律をにらみつけた。
「いいわよ、どうせできないんでしょう?このぺてんし」
小田さんは修想館をあとにした。律はひとり見送りに行った。
一方かなではソファーから動けずにいた。
「……おどろかせたわね」
もどってきた律は、かなでのかたに手を置いた。かなでは油を差していない機械のようにぎこちなく、となりにこしを下ろした律を見る。
「り、律さん……さっきの人……」
「時々ああいう方がいらっしゃるわ」
いつの間にかイオやルゥトが楽器たちの部屋からやってきて、かなでのとなりにすわった。イオが背中をさすってくれた。
「心に深いきずを負うと治りにくい。下手をすれば一生治らないこともある。うらみや憎しみでできたくさりにがんじがらめにされるのよ。自分が受けた苦しみを、いやそれ以上のものを相手にもあたえることで自分のきずがいやされると思いこんでしまうこともあるから。だから人をきずつけてはいけないの。その人が得るはずだった幸せや楽しみをうばってしまうから。その人の人生を大きく変えてしまうから」
「さっきの人は……どうなるんですか?」
「彼女は今憎しみにとらわれたら、きっと長い年月いじめた子たちをうらみ続け、自分が受けた以上のものをかならず相手に返そうとするでしょうね」
律は目をふせた。
(律さんも……だれかを憎んでるのかな?)
そんな風に思いながらかなでは尋ねることができなかった。
「これからお客さまがいらっしゃるわ。この辺りに住んでいるらしいからすぐ着くでしょう。急いで」
「はいっ」
かなでと律はいっしょに二階のお客さま用の部屋やはなれを大急ぎでそうじした。
午後三時にそのお客さまはやってきた。
「小田らみさまでございますね」
小田さんは中校二年生くらいの人だった。短い髪の毛先はそろっておらず、真っ白なシャツにジーンズといった軽い服装だ。荷物は手には指の関節一つ分くらいの厚さの本を一冊持っているだけだった。小田さんはこくりとうなずいた。
応接間のふかふかなソファーにすわると小田さんはさっそく持ってきていた本を律にわたした。それは教科書で『世界史』と書かれていた。あちこち折れていたり、切れたあとがあってずいぶんとぼろぼろだ。
「これにこめてほしいんです」
「どのような思い出でしょうか?」
「ワタシがいじめられた思い出」
律の表情にきんちょうが走ったように見えた。
「苦しみ、うらみ、痛み、すべてをこめてください。いじめてきた子たちに絶対仕返しをするっていう意志がうすれないように」
小田さんのまるで深い穴のような暗いひとみに飲みこまれそうになったかなでは、自分のズボンの太ももあたりをつかまずにはいられなかった。
「もうしわけありませんが、そういった思い出ならばこめることはできません」
「なんでですか」
小田さんはまゆ根を寄せ、律は堂々としていた。
「われわれ想鳴者の役目は過去の人やできごとを大切な思い出として、お客さまの心に留めさせること。そして前へ進むきっかけをつくること。心に残していいのは、うらみや苦しみではありません。温かい、すてきな思い出です」
「えらそうに言わないで、なにも知らないくせにっ。原因もわからずある日突然無視されて、体操服をぼろぼろにされたことある? トイレで上から水をかけられたことある? 大切にしていたものをこわされたことがあるっていうの? ……亡くなったおばあちゃんがつくってくれた、ビーズの犬のキーホルダーを、ばらばらにしたのよ! 笑ってたのよ……!」
かなでは心臓をぎゅうっとにぎりしめられているようだった。小田さんはひざの上でにぎり拳をつくりながら言った。
「あと一週間もしないうちに、ワタシは父さんの都合で引っ越さなくちゃいけなくなった。だから、何十年経ってもいじめてきた子たちだってわかるように、きざみこんで」
にらみつける小田さんに対して律はただしずかに首を横にふった。そして小田さんをまっすぐ見つめたまま断った。
「でしたらなおさら、そのような思い出をこめるわけにはいきません。せっかく別の場所で新しくやり直せるのです。すべてを捨てて、新しく生きたほうがお客さまのためかと思われます」
「そんなきれいごと、聞きあきたわっ」
小田さんの表情が鬼に近づいた。
「わすれられるはずないでしょう。あの人をばかにした笑い声を。だれも助けてくれないつらさを。ゆるさない、絶対に。絶対にゆるさない!」
うっすらとなみだを浮かべる小田さんの声には強い意志がこめられていた。そんな小田さんに律は言った。
「憎しみをずっとだき続けるのは、自分自身がつかれます。ずっと自分の心を苦しめることになります。苦しいのは……つらいんですよ」
「それでもかまわない」
律は悲しそうに目をふせた。そしてゆっくり立ち上がった。
「どうぞ。お帰りくださいませ」
小田さんはぎっと律をにらみつけた。
「いいわよ、どうせできないんでしょう?このぺてんし」
小田さんは修想館をあとにした。律はひとり見送りに行った。
一方かなではソファーから動けずにいた。
「……おどろかせたわね」
もどってきた律は、かなでのかたに手を置いた。かなでは油を差していない機械のようにぎこちなく、となりにこしを下ろした律を見る。
「り、律さん……さっきの人……」
「時々ああいう方がいらっしゃるわ」
いつの間にかイオやルゥトが楽器たちの部屋からやってきて、かなでのとなりにすわった。イオが背中をさすってくれた。
「心に深いきずを負うと治りにくい。下手をすれば一生治らないこともある。うらみや憎しみでできたくさりにがんじがらめにされるのよ。自分が受けた苦しみを、いやそれ以上のものを相手にもあたえることで自分のきずがいやされると思いこんでしまうこともあるから。だから人をきずつけてはいけないの。その人が得るはずだった幸せや楽しみをうばってしまうから。その人の人生を大きく変えてしまうから」
「さっきの人は……どうなるんですか?」
「彼女は今憎しみにとらわれたら、きっと長い年月いじめた子たちをうらみ続け、自分が受けた以上のものをかならず相手に返そうとするでしょうね」
律は目をふせた。
(律さんも……だれかを憎んでるのかな?)
そんな風に思いながらかなでは尋ねることができなかった。
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