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八、こめてはいけない思い出
こめてはいけない思い出2
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その二日後、修想館に意外な人物が訪問してきた。時間は午後三時。かなでがアノーのピアノを弾いていたときだ。来客用のドアチャイムの音がかすかに聞こえた。
「だれだろう? ちょっと見てくるね」
「ええ、いってらっしゃい」
かなでは庭のほうから青銅の門のほうへまわった。
「はーい、どちらさまで……」
その門のむこうに立っていたのはクラスメイトの石戸あやめだった。
「あなた、想鳴者の弟子なのよね」
「……そうだけど」
「じゃあ、あなたでいい。今すぐ、らみちゃんの思い出をこめてよ」
「らみちゃん? ……もしかしてこのあいだきた、小田さんのこと?」
「そうよ」
かなでは混乱しそうになった。
「なんで石戸さんが?」
「そんなこと、関係ないじゃない。ねえ、思い出、こめられるの? 無理なの?」
かなではむっとしながらも答えた。
「悪いけど、私はまだ思い出をこめられない。だから無理だよ」
「じゃあ、せめてあなたの師匠を説得してよ。らみちゃんの思い出をこめてもらえるように」
かなでは首を横にふった。そして想鳴者は小田さんがこめたがっているような思い出は、こめてはいけないことになっていると説明をした。
「そんなこと言って、ほんとうはできないんでしょ」
「そんなことないよっ。律さんはちゃんと思い出をこめることができるもん」
「かなで、どうかしたの?」
そのとき背後から律の声がした。ふり返ると律はげんかんのドアを開けて立っていた。
「律さん」
「あなたが想鳴者ですよね?」
「ええ、そうですが」
困惑している律にかなでは近づいてこっそりと自分のクラスメイトであることを告げた。
「外もなんですから、お上がりください」
あやめはなにも言わずに修想館の中に入った。
「なんでらみちゃんに思い出こめてくれなかったんですか?」
あやめは律に文句を言い続けた。
「らみちゃん、ずっとひどい目にあってたのに。なんでそいつらの味方をするの?」
「味方をした覚えはありませんが」
「じゃあなんで思い出をこめてくんなかったのよっ」
「……憎しみやうらみを持つ思い出をこめることはできません。そんなことをすればずっと、いえ下手をすればこの世を去ってもその思いにとらわれてしまいます。そのような手伝いなど我々想鳴者はできません」
「なんでらみちゃんだけがそんな思いしなくちゃいけないの……」
あやめは震えながらにぎり拳をつくった。
「らみちゃんは十分苦しんだ。わたしはそれを知っている。だってらみちゃんに聞いたから」
「それを言ったらさ、石戸さんもわたしに似たようなことしてるよ」
あやめがかっと顔を赤くした。かなでの口はとまらなかった。
「想鳴者はとってもすてきなお仕事なんだよ。楽しかったころのこと、笑った日々のこと、そんなきらきらした大切なものをこめるために曲を演奏して、思い出をこめるの」
「かなでの言うとおりです。苦しいことばかりを思い出しても、心は治りません。だから私は小田さまの頼みを断ったのです」
「じゃあ、どうすれば治るっていうの? らみちゃんはどうすれば苦しい思いをしなくてすむの?」
その声色はさっきまでとはちがい、助けを求めているようにも聞こえた。
(石戸さん、まるで別人みたい)
そんなあやめに律は言った。
「傷ついた心を治すには、とても時間がかかります。一生かかる場合もあります。それでも……ほんの少しでもそんな人の心をいやす手伝いができれば、とわたしは思っています。けれどそれは、苦しみやうらみをこめることではありません。その人の心の支えになるような、やさしい思い出をこめることだと思っています」
律はじっとあやめを見つめる。
「……わたくしはあなたとかなでの関係を知りませんが、この子がいやだと思うことをし続けているなら今すぐやめていただきます。わたしはこの子の親ではありませんが師匠です。師匠は弟子を守るべきだと思っていますから」
その迫力はかなでが今まで一度も見たことがないものだった。あやめも赤かった顔色も元にもどっていた。
あやめはぽつりと尋ねた。
「じゃあ……あたしとらみちゃんの楽しかった思い出ならこめてもらえるの?」
おずおずと尋ねるあやめに律は「もちろん」とすぐに返事をした。それを聞いたあやめはぽろぽろと泣き出した。
「それで……それでらみちゃんの心は救われる? あたしのせいでいやなこと思い出したりしない?」
「……きっとだいじょうぶです。明るい思い出は楽しいことしか思い出させませんから」
「わたし……らみちゃんに元気になってほしい。新しいところでは元気になって、新しい友達と笑い合ってほしい。だから……だから……どうすればいいか教えて、ください」
「石戸さん……」
かなでは今目の前にいるあやめが、かなでに教室でいやみを言ってきたりさっきまで怒鳴っていたあやめが同じ人には思えなかった。律はあやめに尋ねた。
「小田さまが引っ越すまであと何日ありますか?」
「……今日入れて二日。明日の午後三時に出ちゃう」
律はなにか考えているようだった。そしてあやめに言った。
「今日はとりあえずお帰りなさい。そして明日なにか小田さまと思い出深いものを持ってきてください。それから楽しかったことを一つでも多く思い出してください。それを明日うかがいますから」
「……それってあたしとらみちゃんの思い出を?」
「ええ。こめます」
「……あ、でもあたし、あんまりお金持ってない」
それを聞くと律はあやめに条件を出した。
「でしたら、この子に対して行なっているいやがらせをすべてやめてください。……なかよくしろとまでは言いません。ただ、この子を傷つけないでください」
あやめは静かに首をたてにふった。そして帰ろうとしたとき、律が「少しお待ちを」と言って二階へ上がってすぐにもどってきた。その手には茶色のふちどりがされた楽器のがらのハンカチがにぎられていた。
「目がはれてしまいますよ」
律がそう言って差し出したハンカチを、あやめはおずおずと受けとった。かなではそのことに驚きをかくせなかった。
「また明日、いらしてください。どうか帰り道お気をつけて」
あやめは聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ありがとうございました」とお礼を言って修想館を去った。
「だれだろう? ちょっと見てくるね」
「ええ、いってらっしゃい」
かなでは庭のほうから青銅の門のほうへまわった。
「はーい、どちらさまで……」
その門のむこうに立っていたのはクラスメイトの石戸あやめだった。
「あなた、想鳴者の弟子なのよね」
「……そうだけど」
「じゃあ、あなたでいい。今すぐ、らみちゃんの思い出をこめてよ」
「らみちゃん? ……もしかしてこのあいだきた、小田さんのこと?」
「そうよ」
かなでは混乱しそうになった。
「なんで石戸さんが?」
「そんなこと、関係ないじゃない。ねえ、思い出、こめられるの? 無理なの?」
かなではむっとしながらも答えた。
「悪いけど、私はまだ思い出をこめられない。だから無理だよ」
「じゃあ、せめてあなたの師匠を説得してよ。らみちゃんの思い出をこめてもらえるように」
かなでは首を横にふった。そして想鳴者は小田さんがこめたがっているような思い出は、こめてはいけないことになっていると説明をした。
「そんなこと言って、ほんとうはできないんでしょ」
「そんなことないよっ。律さんはちゃんと思い出をこめることができるもん」
「かなで、どうかしたの?」
そのとき背後から律の声がした。ふり返ると律はげんかんのドアを開けて立っていた。
「律さん」
「あなたが想鳴者ですよね?」
「ええ、そうですが」
困惑している律にかなでは近づいてこっそりと自分のクラスメイトであることを告げた。
「外もなんですから、お上がりください」
あやめはなにも言わずに修想館の中に入った。
「なんでらみちゃんに思い出こめてくれなかったんですか?」
あやめは律に文句を言い続けた。
「らみちゃん、ずっとひどい目にあってたのに。なんでそいつらの味方をするの?」
「味方をした覚えはありませんが」
「じゃあなんで思い出をこめてくんなかったのよっ」
「……憎しみやうらみを持つ思い出をこめることはできません。そんなことをすればずっと、いえ下手をすればこの世を去ってもその思いにとらわれてしまいます。そのような手伝いなど我々想鳴者はできません」
「なんでらみちゃんだけがそんな思いしなくちゃいけないの……」
あやめは震えながらにぎり拳をつくった。
「らみちゃんは十分苦しんだ。わたしはそれを知っている。だってらみちゃんに聞いたから」
「それを言ったらさ、石戸さんもわたしに似たようなことしてるよ」
あやめがかっと顔を赤くした。かなでの口はとまらなかった。
「想鳴者はとってもすてきなお仕事なんだよ。楽しかったころのこと、笑った日々のこと、そんなきらきらした大切なものをこめるために曲を演奏して、思い出をこめるの」
「かなでの言うとおりです。苦しいことばかりを思い出しても、心は治りません。だから私は小田さまの頼みを断ったのです」
「じゃあ、どうすれば治るっていうの? らみちゃんはどうすれば苦しい思いをしなくてすむの?」
その声色はさっきまでとはちがい、助けを求めているようにも聞こえた。
(石戸さん、まるで別人みたい)
そんなあやめに律は言った。
「傷ついた心を治すには、とても時間がかかります。一生かかる場合もあります。それでも……ほんの少しでもそんな人の心をいやす手伝いができれば、とわたしは思っています。けれどそれは、苦しみやうらみをこめることではありません。その人の心の支えになるような、やさしい思い出をこめることだと思っています」
律はじっとあやめを見つめる。
「……わたくしはあなたとかなでの関係を知りませんが、この子がいやだと思うことをし続けているなら今すぐやめていただきます。わたしはこの子の親ではありませんが師匠です。師匠は弟子を守るべきだと思っていますから」
その迫力はかなでが今まで一度も見たことがないものだった。あやめも赤かった顔色も元にもどっていた。
あやめはぽつりと尋ねた。
「じゃあ……あたしとらみちゃんの楽しかった思い出ならこめてもらえるの?」
おずおずと尋ねるあやめに律は「もちろん」とすぐに返事をした。それを聞いたあやめはぽろぽろと泣き出した。
「それで……それでらみちゃんの心は救われる? あたしのせいでいやなこと思い出したりしない?」
「……きっとだいじょうぶです。明るい思い出は楽しいことしか思い出させませんから」
「わたし……らみちゃんに元気になってほしい。新しいところでは元気になって、新しい友達と笑い合ってほしい。だから……だから……どうすればいいか教えて、ください」
「石戸さん……」
かなでは今目の前にいるあやめが、かなでに教室でいやみを言ってきたりさっきまで怒鳴っていたあやめが同じ人には思えなかった。律はあやめに尋ねた。
「小田さまが引っ越すまであと何日ありますか?」
「……今日入れて二日。明日の午後三時に出ちゃう」
律はなにか考えているようだった。そしてあやめに言った。
「今日はとりあえずお帰りなさい。そして明日なにか小田さまと思い出深いものを持ってきてください。それから楽しかったことを一つでも多く思い出してください。それを明日うかがいますから」
「……それってあたしとらみちゃんの思い出を?」
「ええ。こめます」
「……あ、でもあたし、あんまりお金持ってない」
それを聞くと律はあやめに条件を出した。
「でしたら、この子に対して行なっているいやがらせをすべてやめてください。……なかよくしろとまでは言いません。ただ、この子を傷つけないでください」
あやめは静かに首をたてにふった。そして帰ろうとしたとき、律が「少しお待ちを」と言って二階へ上がってすぐにもどってきた。その手には茶色のふちどりがされた楽器のがらのハンカチがにぎられていた。
「目がはれてしまいますよ」
律がそう言って差し出したハンカチを、あやめはおずおずと受けとった。かなではそのことに驚きをかくせなかった。
「また明日、いらしてください。どうか帰り道お気をつけて」
あやめは聞こえるか聞こえないかくらいの声で「ありがとうございました」とお礼を言って修想館を去った。
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