メモリーズ・メロディーズ

翼 翔太

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八、こめてはいけない思い出

こめてはいけない思い出3

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 次の日。朝早くあやめが修想館にやってきた。小さな紙袋には丸やハートなどの大き目のビーズを通したブレスレットと昨日律があやめに貸したハンカチが入っていた。ブレスレットは色とりどりで透明なものもあれば透けていないものもある。かなでも昔遊んだことがあるおもちゃだった。
「これ、らみちゃんといっしょにつくったんです。もうちぎれたから直してはいるけれど。これに思い出をこめてください。土居さんには……もう意地悪なことしません」
 うなずいた律は「見せていただいても?」とあやめの許しをもらってから、ブレスレットをいろんな角度からながめた。
「切れてしまいそうなところもなさそうですね。どうぞお聞かせください。あなたと小田さまの楽しかった日々を」
 ブレスレットをテーブルの上に置いて律とかなではあやめの話を聞いた。
 母親同士が元々同級生で、こちらにあやめが二才のときに引っ越してきたときに再会して、それから家族ぐるみで付き合うようになったこと。あやめから見れば、小田さんはとてもやさしいお姉さんであったこと。
「あたしとらみちゃんは、おたがいしか相談ができる人がいなかった。あたしもらみちゃんも友だちはいるけど、本当の友達はらみちゃんだけだったから。きっと前世は姉妹だったんだろうねって話をしたこともあったんです」
 意外な言葉だった。かなでからすれば常に友達に囲まれていて、まんざらでもないように見えていたからだ。
「あたしもらみちゃんも、ほかの子に相談して、『でもかわいい服着られてるじゃん』とか『嫌味じゃん』って言われるのが、こわかった。だからあたしはらみちゃんにしか相談できなかったし、らみちゃんもそうだった」
 あやめはかわいい格好をすることで、小田さんは学校や塾のテストでいい成績をとることでお母さんに注目してもらっていた。けれどあやめの思うかわいい服とお母さんがかわいいと思う服はちがっていた。小田さんも勉強ばかりでなく、友達とショッピングに行ったりカラオケに行ったりして遊びたかった。
「でもそんな風にする勇気なんて出なかった。だってお母さんに見てもらえなくなるのが怖かったから。好きなことしたいねっていつも言ってた」
 そんな二人は成長するにつれたがいにそんな話をし合う日が増えた。
「おとまり会をしたらね、真っ暗な部屋の中で布団に入って、好きな服ややってみたいことを話した。はじめておとまりしたのは、幼稚園のころのキャンプ。暗い中でお母さんがいないのはこわかったけど、らみちゃんは『だいじょうぶだよ』って言ってくれた。そのあともあたしがねるまで相手をしてくれた。やさしくて、温かい声だった」
 そう話すあやめは聞いたことがないくらい、おだやかだった。
(石戸さんって、本当はきずつきやすくい人なのかもしれない……)
 かなではそんな風に思った。
 話を聞き終わった律は、次にどんな曲に思い出をこめればいいか尋ねた。
「あの、『グリーングリーン』で」
 かなでも知っている曲だった。お父さんと息子のやりとりの歌だ。
「らみちゃんに教えてもらったんです。わたしはまだそのとき知らない歌で、緑とか青とか出てきてなんだかきれいな歌だなって思ったから」
「承知しました。これから思い出をこめます。楽器はこちらが選んでもかまいませんか?」
「はい」
「それでは、しばらくこちらでお待ちいただいていいでしょうか。それから……」
 律がいつものように注意事項を説明した。そしてブレスレットを持って庭へむかおうとした。
(きっと、わたしは今もっとやるべきことがあるはず)
 かなではぐっと拳をにぎって律に声をかけた。
「律さん。今回わたし、石戸さんとここにいていいですか?」
 律はじっとかなでの目を見た。そしてふっと笑って「いいわよ」と答えた。
「あなたはあなたでしたいことがあるみたいね。じゃあお客さまをおねがいね」
「はい」
 律はおじぎをしてから応接間をあとにした。
 しん、と応接間が急にしずかになった。
「それで、なんの用なの?」
 あやめの言い方は変わらないものの、ぶつけるようなきつい口調ではなくなっていた。
「石戸さん、だいじょうぶだよ。わたしは石戸さんのこと、おしゃれできてるのにとかって思わないよ。だから、聞かせて。石戸さんのこと」
 あやめはだまってしまった。それでもかなではあやめの言葉を待った。どれくらい待ったか、ようやくあやめが口を開いた。
「ママね、仕事が大好きなの。モデルとかに洋服合わせたりして。仕事好きすぎて遅くなることもあるし。でもそんなあたしとママをつないでくれているのが、ファッション。かわいくして、ほめられて。そんな風にしないと、あたしだってわかってもらえない。かわいいって目立ってこそ、あたし。もちろんかわいいって言われることも好き。ほめられることも好き。みんなにかわいいって言われるのがじまんだった。なのに、それよりも目立っちゃう想鳴者の弟子と同じクラスになっちゃった。それがいやだった。……みんながはなれて行っちゃうみたいで」
(そんな風に思ってたんだ……)
 かなでは今さみしそうな表情を浮かべているあやめが、ほんとうのあやめのような気がした。
「石戸さんはいつからおしゃれが好きになったの?」
 かなでの問いにあやめは少し考えて答えた。
「幼稚園くらいのとき、おたんじょうび会があって、そのときママがおしゃれな服着せてくれて、みんなが『かわいい』って言ってくれた。みんなが見てくれた。うれしかった。みんなにほめられたことも……ママがわたしをかわいくしてくれたことも」
 そのときのことを思い出しているのか、あやめはうれしそうな顔をした。
「どんな服だったの?」
「白と水色のドレスだった。上が白で、下が水色。くつは大きくてきらきらしたかざりと、リボンがついてて。ぴかぴかで。あんな風にかわいいかっこうができたのは、すっごくうれしかった」
「……今はちがうの?」
 あやめの表情が暗くなった。
「今はママに言われた服を着るのが苦しくなるときがある。あたし、ときどき自分がママの着せ替え人形なんじゃないかって思うときがあるの。自分の好みを言うの、こわいんだ」
「どうして?」
 かなでが尋ねるとあやめは少し迷ったようだが、口を開いた。
「自分の好きなものがママとちがうってわかったら、ママはあたしのこと見捨てちゃうんじゃないかって。あたしを見てくれなくなるんじゃないかって。……愛してくれなくなっちゃうんじゃないかって」
 そんなあやめにかなでは言った。
「でも今のままは、きっとすごく苦しいよ。おしゃれって楽しいものでしょ?」
 かなでの言葉を聞いたあやめはうなずいた。
 あやめはかなでに言った。
「あたし、かわいくなるの大好き。おしゃれもやめない。どうするか、少し考えてみる。それから……土居さんにつっかかるのはやめる。ごめん」
 あやめは頭を下げた。かなでの心は決まっていた。
「うん、いいよ。だからもういやなこと言わないでね?」
「うん。みんなの注目はあたしのかわいさだけで奪ってやるんだから」
「石戸さんならだいじょうぶだよ」
 そのとき律が応接間にもどってきた。手にはあやめが持ってきたブレスレットがのっていた。律はソファーに腰を下ろして、テーブルの上をすべらせるようにブレスレットを返した。
「どうぞ、ご確認ください」
 律からやり方を説明してもらったあやめはそのとおりに思い出を体験した。
(石戸さん、今『グリーングリーン』が聴こえてて、小田さんの笑顔、思い出してるのかな)
 かなでは律といっしょにあやめを見守っていた。しばらくするとあやめがすうっと目を開けた。
「すごい……。小さなころのままだ」
 かなでは自分がしたわけでもないのに鼻が高くなった。
「本来は時間をかけてじっくり思い出をお聞きするんですが、急いだほうがいいと思い、今回は短い時間で思い出をこめさせていただきました」
「あの、すぐに渡してきますっ。あ、あの……ありがとうございましたっ」
 その後あやめはかけ足で帰った。修想館の中に入って律はかなでに尋ねた。
「で。あなたのほうはだいじょうぶそうなの?」
「はい。律さん、ありがとうございました」
「わたしはなにもしてないわ」
 そんな風に言う律がどういうわけか、かなでにはうらやましそうな顔に見えた。かなではむねの奥がきゅうっと苦しくなった。
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