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15. 颯真の過去
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夕暮れ時のレッスン室には、激しいピアノの旋律が響く新曲の音源と、二人の荒い呼吸だけが残っていた。
「……はぁ、……っ、今のステップ、少し遅れましたね」
リオが首筋の汗を拭いながら、鏡越しに奏多を見る。奏多は床に座り込み、細い指で右脚の付け根をさすっていた。その様子を数秒見つめていたリオが、ふとした疑問を口にする。
「……ねえ、奏多さん。ずっと聞きたかったんですけど」
「ん? なに、リオくん」
「奏多さんと颯真さんって、なんであんなに……なんていうか、絆が重いんですか? もちろん、元メンバーなのは知ってます。でも、颯真さんのあの過保護っぷり、正直異常ですよ。海里さんたちだって仲はいいけど、颯真さんだけは、奏多さんのこと『自分の命の一部』みたいに思ってる気がして」
奏多は一瞬、きょとんとした顔を見せたあと、困ったような、でもどこか懐かしそうな苦笑いを浮かべた。
「……あはは。やっぱり、そう見える?」
「見えますよ。もう、嫉妬する隙もないくらい」
リオが隣にどさりと座り込む。奏多は視線を窓の外、オレンジ色に染まる空へと向けた。
「……きっかけはね、デビュー前にあるんだ」
※※※※※※
それはまだ、僕たちが何者でもなかった十代の頃の話。
当時15歳だった僕は、事務所の中でも『次世代のエース候補』として、早くからデビューが確約されているような状態だった。
対して、颯真さんは僕より3つ年上で、いわゆる『崖っぷち』の練習生だった。歌は抜群に上手いけれど、ダンスに癖があって、事務所の上層部からは「ソロならいいが、グループとしての華に欠ける」なんて厳しい評価を受けていたんだ。
デビューメンバーの最終選考。
残された枠はあと一つ。そこには颯真さんと、もう一人、ダンスが完璧な候補生が残っていた。
ある日の深夜。練習室で一人、泣きながらダンスの練習をする颯真さんを見つけたんだ。
いつもは「お兄さん」として振る舞っていた彼の、折れそうなほど弱った姿。
『……なんで、上手くいかないんだ。俺には、これしかないのに』
その言葉を聞いたとき、体が勝手に動いていた。
僕は彼の手を引いて、朝まで一緒に踊った。
「僕が、颯真さんの歌に合うダンスを教えます。だから、僕と一緒にデビューしてください」って。
それから選考当日まで、僕は自分の練習時間を削って、彼の指導に当たった。事務所の大人たちに「彼がいないグループなら、僕はデビューしたくない」とまで生意気にも言い放った。
結果、颯真さんはその圧倒的な歌唱力と、改善されたダンスを評価されて、最後の切符を掴み取った。
デビューが決まった夜、颯真さんは僕を抱きしめて、声を上げて泣いたんだ。
『奏多、お前が俺の人生を救ってくれた。これからは、俺が一生かけてお前を守るから』って。
「……だからかな。彼はあの時のことを、今でもずっと、恩義に感じすぎているんだと思う」
奏多が語り終えると、レッスン室は静まり返った。リオは複雑そうな表情で、奏多の細い手を見つめている。
「……救った、ですか。でも、颯真さんのあの執着は、もう恩義なんてレベルを超えてますよ」
「そうかもね。でも、僕にとっても颯真さんは……」
奏多が言葉を続けようとした、その時。
バタン、と。
廊下で何かが壁に当たるような小さな音がして、二人は扉の方を振り返った。
扉のすぐ外。
影の中で、颯真は壁に背を預けたまま、自分の胸元を強く握りしめていた。
(……忘れるわけない。あの日、暗闇の中で差し伸べてくれた、震えるほど温かかった手を)
奏多が自分のことをどう語っているか、確かめるつもりはなかった。ただ、迎えに来るのが少し早すぎただけだ。
けれど、奏多の口から語られる『あの日』の記憶は、颯真の心臓を容赦なく締め付けた。
救われたのは、自分の方だ。
あの絶望の淵から、光の世界へ引きずり出してくれたのは奏多だった。
だからこそ、あの日、照明の下敷きになった奏多を見たとき、颯真の心は一度死んだのだ。
守ると誓ったはずの存在が、自分の目の前で壊れていく。その絶望と後悔が、今の歪なほどの執着を作り上げている。
「……恩義、なんて。そんな綺麗な言葉で片付けないでよ、奏多」
颯真は誰にも聞こえない声で呟いた。
少し呼吸を整え、わざとらしく明るい足音を立てて、レッスン室のドアノブに手をかけた。
「――お疲れ様。二人とも、そろそろ休憩にしないか?」
扉を開けた瞬間に浮かべたのは、完璧な『優しいお兄さん』の笑顔。
けれどその視線は、リオの隣に座る奏多の姿だけを、逃さぬように捉えていた。
「……はぁ、……っ、今のステップ、少し遅れましたね」
リオが首筋の汗を拭いながら、鏡越しに奏多を見る。奏多は床に座り込み、細い指で右脚の付け根をさすっていた。その様子を数秒見つめていたリオが、ふとした疑問を口にする。
「……ねえ、奏多さん。ずっと聞きたかったんですけど」
「ん? なに、リオくん」
「奏多さんと颯真さんって、なんであんなに……なんていうか、絆が重いんですか? もちろん、元メンバーなのは知ってます。でも、颯真さんのあの過保護っぷり、正直異常ですよ。海里さんたちだって仲はいいけど、颯真さんだけは、奏多さんのこと『自分の命の一部』みたいに思ってる気がして」
奏多は一瞬、きょとんとした顔を見せたあと、困ったような、でもどこか懐かしそうな苦笑いを浮かべた。
「……あはは。やっぱり、そう見える?」
「見えますよ。もう、嫉妬する隙もないくらい」
リオが隣にどさりと座り込む。奏多は視線を窓の外、オレンジ色に染まる空へと向けた。
「……きっかけはね、デビュー前にあるんだ」
※※※※※※
それはまだ、僕たちが何者でもなかった十代の頃の話。
当時15歳だった僕は、事務所の中でも『次世代のエース候補』として、早くからデビューが確約されているような状態だった。
対して、颯真さんは僕より3つ年上で、いわゆる『崖っぷち』の練習生だった。歌は抜群に上手いけれど、ダンスに癖があって、事務所の上層部からは「ソロならいいが、グループとしての華に欠ける」なんて厳しい評価を受けていたんだ。
デビューメンバーの最終選考。
残された枠はあと一つ。そこには颯真さんと、もう一人、ダンスが完璧な候補生が残っていた。
ある日の深夜。練習室で一人、泣きながらダンスの練習をする颯真さんを見つけたんだ。
いつもは「お兄さん」として振る舞っていた彼の、折れそうなほど弱った姿。
『……なんで、上手くいかないんだ。俺には、これしかないのに』
その言葉を聞いたとき、体が勝手に動いていた。
僕は彼の手を引いて、朝まで一緒に踊った。
「僕が、颯真さんの歌に合うダンスを教えます。だから、僕と一緒にデビューしてください」って。
それから選考当日まで、僕は自分の練習時間を削って、彼の指導に当たった。事務所の大人たちに「彼がいないグループなら、僕はデビューしたくない」とまで生意気にも言い放った。
結果、颯真さんはその圧倒的な歌唱力と、改善されたダンスを評価されて、最後の切符を掴み取った。
デビューが決まった夜、颯真さんは僕を抱きしめて、声を上げて泣いたんだ。
『奏多、お前が俺の人生を救ってくれた。これからは、俺が一生かけてお前を守るから』って。
「……だからかな。彼はあの時のことを、今でもずっと、恩義に感じすぎているんだと思う」
奏多が語り終えると、レッスン室は静まり返った。リオは複雑そうな表情で、奏多の細い手を見つめている。
「……救った、ですか。でも、颯真さんのあの執着は、もう恩義なんてレベルを超えてますよ」
「そうかもね。でも、僕にとっても颯真さんは……」
奏多が言葉を続けようとした、その時。
バタン、と。
廊下で何かが壁に当たるような小さな音がして、二人は扉の方を振り返った。
扉のすぐ外。
影の中で、颯真は壁に背を預けたまま、自分の胸元を強く握りしめていた。
(……忘れるわけない。あの日、暗闇の中で差し伸べてくれた、震えるほど温かかった手を)
奏多が自分のことをどう語っているか、確かめるつもりはなかった。ただ、迎えに来るのが少し早すぎただけだ。
けれど、奏多の口から語られる『あの日』の記憶は、颯真の心臓を容赦なく締め付けた。
救われたのは、自分の方だ。
あの絶望の淵から、光の世界へ引きずり出してくれたのは奏多だった。
だからこそ、あの日、照明の下敷きになった奏多を見たとき、颯真の心は一度死んだのだ。
守ると誓ったはずの存在が、自分の目の前で壊れていく。その絶望と後悔が、今の歪なほどの執着を作り上げている。
「……恩義、なんて。そんな綺麗な言葉で片付けないでよ、奏多」
颯真は誰にも聞こえない声で呟いた。
少し呼吸を整え、わざとらしく明るい足音を立てて、レッスン室のドアノブに手をかけた。
「――お疲れ様。二人とも、そろそろ休憩にしないか?」
扉を開けた瞬間に浮かべたのは、完璧な『優しいお兄さん』の笑顔。
けれどその視線は、リオの隣に座る奏多の姿だけを、逃さぬように捉えていた。
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