元アイドルは現役アイドルに愛される

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29. 嫉妬と修行

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バラエティ番組の収録。

雛壇の端に座る奏多の視線の先では、リオが人気若手女優と楽しげに談笑していた。

番組上の絡みとはいえ、リオの屈託のない笑顔がその女優に向けられるたび、奏多の胸の奥がチリチリと焼けるように痛む。


(……ダメだ。僕は、嫉妬なんてするような、器の小さい人間じゃないはずなのに)


動揺を隠そうと、奏多は無意識に何度も自分の唇を噛み締めた。セット移動の際、何もない平坦な場所で盛大に躓きそうになり、近くのスタッフを慌てさせる。


「奏多さん、大丈夫ですか? 顔色も少し変ですけど……」


収録の合間、リオが心配そうに駆け寄ってきた。


「え? ……あ、うん。なんでもないよ。リオくん、さっきの女優さんとのトーク、すごく盛り上がってたね。……よかった、んじゃないかな」


精一杯の「普段通り」のつもりだった。しかし、その声は微かに震え、視線は泳いでいる。リオは首を傾げた。


「……体調、悪いんじゃありません? 熱はなさそうですけど」


リオが奏多の額に手を伸ばすが、奏多はそれを咄嗟に避けてしまった。
自分が醜い独占欲に振り回されていることにひどく落ち込み、奏多は逃げるように楽屋へ戻った。
翌日、奏多は単独のロケ仕事の打ち合わせに臨んでいた。
頭の中は昨日のリオのことでいっぱいで、スタッフの説明が右から左へと抜けていく。


「……というわけで、本来行くはずだったタレントが急遽NGになりまして、奏多さんにお願いしたいんです。かなり過酷な内容ですが、受けていただけますか?」


(リオくん……あの後、女優さんと連絡先とか交換したのかな……)


「奏多さん?」


「……あ、はい。……いいですよ。大丈夫です」


心ここにあらずの状態で、奏多は適当に返事をした。スタッフたちは一瞬顔を見合わせた後、「えっ! 本当にいいんですか!?」「さすが伝説のエース、男気がありますね! これは話題になりますよ!」と、狂喜乱舞して部屋を飛び出していった。

異変に気づいたのは、翌早朝、ロケバスに揺られている時だった。

窓の外には、しんしんと降り積もる真っ白な雪景色。


「……あの、今日って、何のロケでしたっけ?」


スタッフが笑顔でフリップを見せる。そこには力強い筆文字で、

『真冬の極寒修行! 雪中・滝行三昧』
と書かれていた。


「えっ……た、滝……?」


「はい! まさか奏多さんが引き受けてくださるとは!」


昨日の自分の適当な返事を呪ったが、もう逃げ場はない。


※※※※※※


凍てつく空気の中、奏多は白装束に着替え、氷が浮かぶ滝壺へと足を踏み入れた。


「……っっっ!!」


声も出ないほどの冷たさ。けれど、凄まじい水圧に打たれているうちに、奏多の脳裏からリオへのモヤモヤとした感情が、物理的に洗い流されていくような感覚に陥った。


「(……ああ、僕は何を悩んでいたんだろう……。冷たい……死ぬほど冷たいけど……心が、真っ白になる……!)」


数分後。滝から上がった奏多は、ガタガタと震えながらも、驚くほど清々しい、どこか悟りを開いたような「仏の顔」をしていた。
その日の夜、奏多は身も心もスッキリとした状態で帰宅した。


「ただいまー。……あ、二人とも、お疲れ様」

「あ、奏多さん。おかえりなさい! ロケ、どうでした?」

「奏多、随分と顔色が良くなったね。何かいいことでもあった?」

ニコニコと微笑む奏多は、昨日のギスギスした雰囲気など微塵も見せず、「うん、凄くいい経験をしたよ」とだけ言い残して、早々に眠りについた。


そして後日。


番組の放送をテレビの前で正座して待っていたリオと颯真は、画面に映し出された光景に絶句した。

猛吹雪の中、般若のような形相で激流に打たれ、**「邪念退散!!」**と叫んでいる奏多の姿が、お茶の間にデカデカと映し出されていたからだ。


「……奏多、さん……? 何、これ……」

「な、何があったの奏多……! 俺たちに内緒で、なんて仕事を……!!」


二人が真っ青になって固まる横で、奏多だけは「あ、ここ、もっと長く打たれてたんだけど、カットされちゃったな」と、お茶を啜りながら穏やかに呟いた。

放送後、リビングの空気はかつてないほど凍りついていた。テレビ画面の中では、真っ白な雪の中で白装束に身を包んだ奏多が、悟りを開いたような顔で滝に打たれている。


「……奏多さん。説明してください」


リオの声が低い。いつものワンコのような甘さは微塵もなく、本気で心配し、そして少し怒っている時のトーンだ。


「えっ、あ、いや……すごく、スッキリしたよ?」


奏多はあえて明るく振る舞いながら、お茶をズズッと啜った。しかし、リオは奏多の正面に回り込み、逃げ場を塞ぐように膝を突いた。


「はぐらかさないでください! あんな過酷なロケ、アイドルだったら普通事務所が止めるレベルですよ。颯真さんも知らなかったって言ってるし……。どうして、あんなロケを自分で受けたんですか?」

「それは……その……」


奏多は視線を泳がせた。

まさか「リオくんが女優さんと仲良くしてるのに嫉妬して、頭がぐちゃぐちゃになってる時に適当に返事した」なんて、口が裂けても言えない。

そんなことを言えば、またリオに「可愛い」と言われて丸め込まれるか、あるいはもっと重い愛情をぶつけられるのが目に見えている。


「……ぼんやりしてたら、つい。……『はい』って言っちゃったんだよね」


奏多は精一杯のいつものぼんやりした僕を装い、首を傾げて見せた。


「『つい』で滝行に行く人がどこにいますか!? 真冬ですよ!? 氷が浮いてたんですよ!?」

「でも、おかげで邪念が消えたというか……あはは」

「邪念って何ですか! 奏多さんにどんな邪念があったっていうんですか!」


リオの追及は止まらない。
横では颯真も「そうだよ奏多、心配で心臓が止まるかと思ったよ。もし風邪を引いて、その綺麗な喉に何かあったら……!」と、ハンカチを噛み締めながら参戦してくる。


「本当に、ただの不注意なんだってば。……ね、もうこの話はおしまい。それより、お腹空かない? 何か作ろうか?」


奏多はふわりと微笑んで立ち上がろうとした。しかし、リオはその手首を掴み、じっと奏多の瞳を覗き込んだ。


「……奏多さん、嘘つく時、左側の唇を少し噛む癖ありますよね」

「っ……」

「本当は、何かあったんでしょ? 僕に言えないような、悩みが」


リオの真剣な眼差しに、奏多はドクリと心臓を跳ねさせた。滝行で洗い流したはずの「嫉妬」という名の熱い感情が、またじわじわと胸の奥で頭をもたげ始める。


(……やっぱり、この子には敵わないな……)


奏多は真っ赤になった顔を隠すように、自由な方の手で自分の顔を覆った。


「……言わない。絶対に、言わないから……」

「ええっ、余計気になりますよ! 奏多さん!」

結局、その夜はリオの「白状してください!」という叫びが、深夜までリビングに響き渡ることになった。


奏多の「邪念」が実は可愛い嫉妬心だったとリオが知るのは、もう少し先のお話。

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