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38. ライバル…?
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リオSide
あの日から、僕の心は穏やかじゃない。
テレビに映る奏多さんは、あの「セナ」とかいう後輩に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、あろうことか「いい子だった」なんて評を下した。
もちろん、奏多さんが博愛主義なのは知っている。けれど、僕以外の男が彼のパーソナルスペースに土足で踏み込むのは、たとえ仕事でも許しがたい。
そんなモヤモヤを抱えたまま、僕は仕事現場の廊下を歩いていた。
向こうから、例のセナが歩いてくる。
爽やかな笑顔、無駄のない身のこなし。
…なるほど、若手のセンターとして持て囃されるわけだ。
すれ違いざま、挨拶を交わそうとしたその瞬間。鼻腔をくすぐった香りに、僕の思考が止まった。
(……この匂い、奏多さんと同じだ)
落ち着いた、けれどどこか甘さのある、奏多さんが愛用している香水の匂い。僕は思わず足を止め、彼を呼び止めていた。
「……セナくん。その香水、どうしたの」
僕の声は、自分で思うより少し低かったかもしれない。セナは驚いたように足を止めると、少し照れくさそうに笑った。
「あ、リオさん。これ、先日のロケの時に奏多さんに教えていただいたんです。『すごく良い匂いですね』って言ったら、銘柄をわざわざ教えてくださって……。憧れの人と同じ匂いを纏えるなんて、光栄だなって」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた。
嫉妬? 違う。もっと本質的な、この男に対する「甘さ」への異論だ。
「……セナくん。君は、それで奏多さんになれたつもり?」
「えっ?」
「香水なんかじゃ、奏多さんの香りは再現できない。あれは、彼の体温と、あの穏やかな空気感と……時折見せる、凛とした芯の強さが混ざり合って初めて完成するものなんだ。ただ瓶の中身を振りまいただけの君から、彼の本質が漂うわけがない」
僕は一気に捲し立てた。自分でも重度のオタクだと自覚はあるけれど、奏多さんを「同じ匂い」の一言で片付けられるのは我慢ならなかった。
すると、セナはムッとするどころか、目を見開いて僕を凝視した。
「……わかります。めちゃくちゃわかります、リオさん」
「え?」
「僕も、今朝これをつけて鏡の前に立った時、絶望したんです。『違う、これじゃない。奏多さんのあの、包み込まれるような聖母の如き香りがしない!』って。香水はただの成分であって、奏多さんという概念そのものではないんですよね……!」
「そう! その通り! 彼は香りを『纏っている』んじゃない。彼自身が香りを『定義』しているんだ」
「深い……深すぎますリオさん! 奏多さんのあの、指先から零れ落ちるようなアンニュイな色気も、この香水じゃ1ミリも表現できてない!」
「君、わかってるじゃないか……。特にあの、笑った時に少しだけ鼻にかかる声のトーン、あれも一種の香りだよね?」
「わかります!! あれはマイナスイオンを通り越して救済です!!」
さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら、僕たちは廊下の真ん中でガシッと固い握手を交わしていた。共通の「奏多さん教」の信者を見つけた喜びが、嫉妬を上回った瞬間だった。
その様子を、少し離れた角から颯真さんと奏多さんが眺めていた。
「……ねえ、颯真。あの二人、何の話で盛り上がってるのかな。すごく楽しそうだけど」
奏多さんが不思議そうに首を傾げる。颯真さんは、熱く語り合う僕とセナを見て、引きつった笑いを浮かべながら奏多さんの肩を抱き寄せた。
「……奏多。見ちゃいけない。あれは、深入りすると戻ってこれなくなるタイプの集会だ」
「そうなの?」
「ああ。……今のうちに、静かに移動しよう。いいか、あいつらがこっちに気づく前に、一刻も早くスタジオに入るんだ」
颯真さんは、まるで危険物から避難するかのような手取り足取りで、奏多さんを連れてそっとその場を離れていった。
彼らは愛する当の本人が去っていったことにも気づかず、「奏多さんのまつ毛の角度がもたらす黄金比」について、熱弁を振るい続けていた。
あの日から、僕の心は穏やかじゃない。
テレビに映る奏多さんは、あの「セナ」とかいう後輩に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、あろうことか「いい子だった」なんて評を下した。
もちろん、奏多さんが博愛主義なのは知っている。けれど、僕以外の男が彼のパーソナルスペースに土足で踏み込むのは、たとえ仕事でも許しがたい。
そんなモヤモヤを抱えたまま、僕は仕事現場の廊下を歩いていた。
向こうから、例のセナが歩いてくる。
爽やかな笑顔、無駄のない身のこなし。
…なるほど、若手のセンターとして持て囃されるわけだ。
すれ違いざま、挨拶を交わそうとしたその瞬間。鼻腔をくすぐった香りに、僕の思考が止まった。
(……この匂い、奏多さんと同じだ)
落ち着いた、けれどどこか甘さのある、奏多さんが愛用している香水の匂い。僕は思わず足を止め、彼を呼び止めていた。
「……セナくん。その香水、どうしたの」
僕の声は、自分で思うより少し低かったかもしれない。セナは驚いたように足を止めると、少し照れくさそうに笑った。
「あ、リオさん。これ、先日のロケの時に奏多さんに教えていただいたんです。『すごく良い匂いですね』って言ったら、銘柄をわざわざ教えてくださって……。憧れの人と同じ匂いを纏えるなんて、光栄だなって」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが弾けた。
嫉妬? 違う。もっと本質的な、この男に対する「甘さ」への異論だ。
「……セナくん。君は、それで奏多さんになれたつもり?」
「えっ?」
「香水なんかじゃ、奏多さんの香りは再現できない。あれは、彼の体温と、あの穏やかな空気感と……時折見せる、凛とした芯の強さが混ざり合って初めて完成するものなんだ。ただ瓶の中身を振りまいただけの君から、彼の本質が漂うわけがない」
僕は一気に捲し立てた。自分でも重度のオタクだと自覚はあるけれど、奏多さんを「同じ匂い」の一言で片付けられるのは我慢ならなかった。
すると、セナはムッとするどころか、目を見開いて僕を凝視した。
「……わかります。めちゃくちゃわかります、リオさん」
「え?」
「僕も、今朝これをつけて鏡の前に立った時、絶望したんです。『違う、これじゃない。奏多さんのあの、包み込まれるような聖母の如き香りがしない!』って。香水はただの成分であって、奏多さんという概念そのものではないんですよね……!」
「そう! その通り! 彼は香りを『纏っている』んじゃない。彼自身が香りを『定義』しているんだ」
「深い……深すぎますリオさん! 奏多さんのあの、指先から零れ落ちるようなアンニュイな色気も、この香水じゃ1ミリも表現できてない!」
「君、わかってるじゃないか……。特にあの、笑った時に少しだけ鼻にかかる声のトーン、あれも一種の香りだよね?」
「わかります!! あれはマイナスイオンを通り越して救済です!!」
さっきまでの殺伐とした空気はどこへやら、僕たちは廊下の真ん中でガシッと固い握手を交わしていた。共通の「奏多さん教」の信者を見つけた喜びが、嫉妬を上回った瞬間だった。
その様子を、少し離れた角から颯真さんと奏多さんが眺めていた。
「……ねえ、颯真。あの二人、何の話で盛り上がってるのかな。すごく楽しそうだけど」
奏多さんが不思議そうに首を傾げる。颯真さんは、熱く語り合う僕とセナを見て、引きつった笑いを浮かべながら奏多さんの肩を抱き寄せた。
「……奏多。見ちゃいけない。あれは、深入りすると戻ってこれなくなるタイプの集会だ」
「そうなの?」
「ああ。……今のうちに、静かに移動しよう。いいか、あいつらがこっちに気づく前に、一刻も早くスタジオに入るんだ」
颯真さんは、まるで危険物から避難するかのような手取り足取りで、奏多さんを連れてそっとその場を離れていった。
彼らは愛する当の本人が去っていったことにも気づかず、「奏多さんのまつ毛の角度がもたらす黄金比」について、熱弁を振るい続けていた。
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