元アイドルは現役アイドルに愛される

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「……セナくん、聞いてる? リオくんね、本当にずるいんだよ……。あんなにかっこいいのに、あんなに優しくしてくるのに……」

​奏多は、空になったグラスを指先で弄びながら、とろんとした目でセナを見つめた。赤くなった頬に、乱れた前髪。そのあまりの無防備さに、セナは「はい、聞いてます、命懸けで聞いてます……」と心の中で念仏を唱えるしかなかった。

​「なのに……昨日、……女優さんと楽しそうに、笑って……。僕が知らないリオくんの顔、いっぱいしてた。……僕、嫌になっちゃった」
​「奏多さん、それは仕事の付き合いですよ、きっと……」
​「わかってる! わかってるけど……! ……ううっ、リオくんのバカ……。でも、好きなんだもん……っ」

​泣き笑いしながら、ぐちゃぐちゃな感情を吐き出す奏多。

セナはこの時、確信した。これは自分一人では抱えきれない。いや、抱えきってはいけない「愛の重み」だと。セナは奏多が次の酒を注文しようとした隙に、カウンターの下で猛烈な勢いでリオに位置情報を送りつけた。

​『代々木のバー「深海」にいます。至急来てください。奏多さんが……奏多さんが、天使すぎて僕の理性が死にそうです』

​それから15分後。
バーの重い扉が、音もなく開いた。
​夜の冷気を纏い、肩で息をしながら入ってきたのは、血相を変えたリオだった。彼は店内に足を踏み入れた瞬間、カウンターで「えへへ」と笑いながらセナの腕をぺちぺち叩いている奏多を見つけ、動きを止めた。

​セナはリオと目が合うと、指を口に当てて「黙って聞いててください」とジェスチャーを送る。リオは戸惑いながらも、奏多の背後、数歩の距離まで音を立てずに近づいた。

​「……ねえ、セナくん。リオくん、お家ではね、すっごく甘えん坊なんだよ? 知ってる?」
​「え、あ、はい……そうなんですか?」

​背後に本人がいるとも知らず、奏多の「暴露」は止まらない。

​「僕の袖を、こうやって……ギュッてして、『奏多さん不足です~』って……。あはは、大型犬みたいで、可愛いんだ。……僕、あの瞬間だけは、リオくんの全部を独り占めしてるって、思えるのに……」

​そこまで言うと、奏多はまた急に顔を曇らせて、グラスに残った氷をカランと鳴らした。

​「……でも、外ではあんなにかっこよくて……みんなのリオくんなんだもん。……僕、ほんとは、誰にも見せたくない。……仕事なんて、行かなきゃいいのに……って、……思っちゃう、最低だ、僕……」

​奏多の声が、ポタポタと落ちる涙と一緒に小さくなっていく。
その背中を、リオはどんな表情で見つめていいか分からなかった。嫉妬させていた申し訳なさと、そんな風に自分を求めてくれていた喜び。そして、何より目の前の恋人が愛おしすぎて、胸が張り裂けそうだった。

​「……奏多さん」

​不意に、背後から聞き慣れた、けれど今は少し震えている声がした。

​「……へ?」

​奏多が、スローモーションのようにゆっくりと振り返る。
そこには、自分がさっきまで「バカ」だの「大好き」だの言っていた張本人が、泣きそうな顔をして立っていた。

​「……ぁ……。……セナくん、……幻覚、きた……」
​「幻覚じゃないです、奏多さん」

​リオはそのまま一歩踏み込むと、周囲の目も構わず、カウンターに座る奏多を後ろから包み込むように、力いっぱい抱きしめた。

「……んふふ、リオくんの幻覚だ。いい匂いする……」

​奏多は自分を抱きしめる腕に頬をすり寄せながら、幸せそうに目を細めた。だが、リオが「帰りましょう、奏多さん。もう十分飲みました」と促した瞬間、その態度は豹変した。

​「やだ! まだセナくんと宴会するの。……ねー、セナくん?」

​奏多はリオの腕からするりと抜け出すと、隣で固まっているセナの腕に「ぎゅっ」と抱きついた。それも、いつもの「不器用な袖掴み」ではなく、体重を預けて思い切り密着するスタイルだ。

​「え、あ、奏多さん!? 近い、近いです!!」
​「セナくんは優しぃねぇ……。リオくんみたいに意地悪言わないし、女優さんの匂いもしないもん……」
​「(……女優さんの匂い!?)」

​リオの額に青筋が浮かぶ。

「セナくん、今すぐその腕を離してください。さもないと、君の冠番組、僕が全力で奪いに行きます」
​「えぇ!? 理不尽すぎる!! 奏多さんが離してくれないんですよ!!」

​修羅場と化したカウンター。リオは嫉妬で燃え上がる瞳を隠そうともせず、力尽くで奏多をセナから引き剥がした。

「……っ、離してぇ、幻覚のくせに力強い……っ!」

「幻覚じゃありません! 本物です! ほら、車まで行きますよ!」



​暴れる奏多を半ば担ぐようにして店を出たリオは、なんとか彼を後部座席に押し込んだ。

​「……奏多さん、お会計してくるので、ここで待っててくださいね」
​「……ん。……おさいふ、……だす。……ぼく、おとな、だから……」

​奏多はふらふらしながら、おぼつかない手つきでバッグからカードケースを取り出そうとした。だが、指先が震えてカードがなかなか掴めない。

「……あ、れ……。カード、……にげてる……?」
​「……貸してください。僕がやりますから」

​リオが苦笑しながらその手を包み込み、カードを取り出してやる。その瞬間、奏多はまた「んふふ、やっぱり優しい……」とリオの手の甲にチュッと音を立ててキスをした。

​「(……っっっ!! 今すぐ家に連れて帰りたい!!)」

​爆発しそうな理性を必死に抑え、リオは会計のために一度車を離れた。

​ところが。

リオがレジで手早く会計を済ませ、数分後に車へ戻ってくると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

​奏多が車の窓を全開にし、たまたま通りかかったサラリーマン風の男性二人組に向かって、満面の笑みで手を振っていたのだ。

​「……おつかれさま、です……。おしごと、がんばって……ね?」

​首をかしげ、とろんとした目で究極の癒やしスマイルを振りまく奏多。

言われた男性たちは、あまりの衝撃的な美しさに石のように固まり、顔を真っ赤にして「え、あ、は、はい! 頑張ります!!」と、もはや神を拝むような姿勢になっている。

​「奏多さん!?!? 何してるんですか!!」

​リオが駆け寄り、慌てて窓を閉め、男性たちを鋭い視線で追い払った。

​「……あ、リオくんだ。おかえりぃ……。あの人たち、……おしごと、がんばるって……。いいこ、だねぇ……」
​「いい子じゃないです! 奏多さんが可愛すぎるのが悪いんです! もう……これ以上、誰にも見せたくない……!」

​リオは今度こそガチガチにロックをかけ、アクセルを踏んだ。

隣で「おそら、回ってる~」と上機嫌で歌い始めた奏多を見ながら、リオは心に誓った。明日以降、二度と外でお酒は飲ませないでおこう、と。
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