元アイドルは現役アイドルに愛される

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55. 悪夢

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その日の夜、リオを襲ったのは、これまでの人生で最も恐ろしく、そしてシュールな悪夢だった。

​視界に広がるのは、いつものリビング。しかし、そこにいるちくわぶの様子がおかしい。


丸まっていた体が節に分かれ、背中からはテカテカとした茶褐色の羽が生え、あのかわいい耳の代わりに長い触角がゆらゆらと揺れている。


​「……ちくわぶ、……なの?」


​リオが震えながら声をかけると、「巨大な猫型昆虫」と化したちくわぶが、カサカサと不快な音を立てて這い寄ってきた。


​『……にゃあ(カササッ)』
​「うわああああ!」と叫ぶリオの隣で、不意に奏多がふわりと微笑んだ。

その瞳は、昼間の生放送と同じ、獲物を見つけたハンターの輝きを放っている。

​「……すごい、リオくん。ちくわぶ、とっても美味しそう……。香ばしそうだね」
​「奏多さん!? 何を言ってるんですか! ちくわぶですよ! 僕たちの家族ですよ!?」
​「ううん、これは『次世代の家族』だよ」

​奏多がフォークとナイフを取り出し、うっとりと「猫虫」に歩み寄る。


「やめてください奏多さん! 食べちゃダメだ! 食べないでええええ!!」


※※※※※※※※※※



​「……はっ!!!」



​リオは、飛び起きた。
全身は冷や汗でびっしょりと濡れ、心臓はドラムの乱れ打ちのように激しく鳴り響いている。

​「……ゆ、夢か……」

​暗い寝室の中、隣を見れば、そこには奏多が天使のような寝顔ですやすやと眠っていた。その反対側では、ちくわぶも普通の猫の姿で丸まり、平和な寝息を立てている。

​「よかった……。ちくわぶに羽は生えてないし、奏多さんもナイフを持ってない……」

​リオは安堵の溜息をつき、乱れた髪をかき上げた。あまりの恐怖に喉がカラカラだ。水を飲もうとベッドを抜け出し、リビングへと向かう。

​すると、暗闇の中で「ガサッ……ガサガサッ」という小さな音が聞こえてきた。

​「……ひっ」

​昨夜のトラウマが蘇り、リオは立ち止まる。
目を凝らすと、そこにはいつの間にかリビングへ移動していたちくわぶの影があった。

​ちくわぶは、テーブルの上に置かれたままになっていた「あの袋」——奏多がもらってきたゲテモノ詰合せの袋に、前足を突っ込んでいたのだ。

​「ち、ちくわぶ? だめだよ、それは奏多さんの……」

​リオが止めようとした、その瞬間。

ちくわぶは袋の中から、こんがりと揚がった特大のコオロギを器用に引っ張り出した。
​そして、迷うことなく。

​「……シャクッ、ボリボリッ」

​軽快な音を立てて、それを丸呑みにした。


​「………………」


​ちくわぶは、ペロリと舌で口の周りを拭うと、満足げに目を細めてリオを見上げた。その瞳は「これ、なかなかいけるじゃないか」とでも言いたげに、キラリと光った。


​「う、……うわあああああああ!!! 奏多さああああん!! ちくわぶまで、ちくわぶまで『あっち側』に行っちゃいましたあああああ!!」


​深夜のマンションに、リオの絶叫が虚しく響き渡った。

翌朝、奏多とちくわぶが仲良く並んでコオロギをシェアして食べるという、リオにとっての地獄絵図が完成するまで、あと数時間の出来事であった。
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