元アイドルは現役アイドルに愛される

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57. 因縁

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スタジオの会議室。

テーブルの上には、次回のツアー候補地が記されたリストが広げられていた。

​和やかな雰囲気で進んでいた打ち合わせだったが、ある一箇所の会場名が出た瞬間、空気がわずかに凍りついた。
そこは、数年前のライブ中、演出用の照明機材が落下し、奏多が下敷きになるという大事故に見舞われた因縁の場所だった。

​「……ここも、候補に入ってるんだね」

​奏多がポツリと呟いた。その表情はいつもの穏やかさを失い、どこか遠い場所を見つめるように強張っている。

​「奏多、嫌なら別の会場を当たらせるけど……」

​颯真が静かな声で問いかけた。
奏多は少しだけ視線を彷徨わせたあと、無理に口角を上げて「大丈夫だよ、颯真。ただの、偶然の事故だったんだから。もう怖がってちゃいけないよね」と答えた。

​その「偶然の事故」という言葉を聞くたび、颯真の胸の奥は、苦い砂を噛んだような感覚に襲われる。

​(事故なんかじゃない……)

​颯真は知っていた。あの日、照明のボルトを故意に緩めた犯人の正体を。

それは当時、颯真の熱狂的なファンだった女性スタッフだった。彼女は颯真だけを盲信し、センターとして華やかに売り出されていく奏多に、歪んだ嫉妬を募らせていた。

​「颯真さんの隣を、あんな奴が歩いているのが許せない」

​取り調べで彼女が吐き捨てたその言葉を、颯真は今も忘れることができない。

結局、彼女は即座に解雇され、法的処置が取られたが、グループを守るためにこの事実は「機材トラブルによる事故」として処理された。

​他のメンバーも真相を知っている。
だが、誰よりも傷ついた本人である奏多にだけは、「自分に向けられた悪意」のせいで怪我を負ったのだとは、残酷すぎて誰も教えられなかった。

​奏多がリストを見つめる横顔を、颯真は複雑な想いで見守っていた。

​(本当のことを、言うべきなんだろうか……)

​今さら伝えて何になる、という思いもある。
けれど、奏多が「自分の不運」や「偶然の事故」としてあのトラウマを抱え込み、自分を責めるような表情をするたび、颯真の罪悪感は膨れ上がっていく。
自分のファンが起こした過ち。奏多が傷ついた本当の理由は、自分への執着だったのだ。

​「……颯真? 顔色が悪いよ。体調、どこか悪いの?」

​奏多が心配そうに覗き込んでくる。その真っ直ぐな瞳に、颯真は言葉を詰まらせた。

​「……いや、なんでもない。ただ、…お前が少しでも不安なら、俺が全力で止めるから」

​颯真は精一杯、穏やかなトーンでそう告げるのが精一杯だった。
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