訳アリおっさんが自衛隊を辞めてハンターになる話。

佐藤さん

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不明勢力農村占拠事件

兵どもが夢の後

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 私達は例年よりもキツイ吹雪の中で、対不明生物用スーツという人間装甲を着用して前に進んでいた。
 視界不明瞭の中をGPSによるマッピングと、ヘルメット越しに覗く隊長の背中を頼りに進んでいた。

「ラスケス隊長。目的地はまだでしょうか。」

 ヘルメットに内蔵された近距離無線通信で呼びかけると、軍人らしからぬラフさが返ってきた。

【おいおいラピス。もう眠いのかい?】
「…違います。やけに寒くて…早くつかないかなと。」
【確かに。内部温度は恒常的な筈だが、全くきいている気がしないね。ね、温めてくれよハニー。】
「なっ!隊長!!無線と仕事中はよしてって言ってるでしょ!!!」

 彼は私の夫だ。

【やけに熱いと思ったら、また公然猥褻ですか隊長?】
【ひぃーやだやだ。これだから社内恋愛は…】
「ほら…こういう反応になるって言ってるのに。」
【ハッハッハ!これもまたいいだろ?空気も変わるってもんだ。】

 全体で50名程の志願者を募り、20名のロシア軍によって構成されたこの部隊は、とある農村への避難誘導と情報収集の為に侵攻していた。
 その為、通信自体はロシア軍傘下にある我々20名とつながっており、今の惚気は20名全員に聞かれてしまったわけだ。

【それよりも、みんな警戒してくれ。そろそろ通信が途絶した道に出るぞ。】
「了解。銃の安全装置を外しなさい。カルロス、後方の方々はしばらく待機と伝えて。」
【了。】

 単節に返答してくれる部下に感謝しつつ、前を見つめると、ラケラスの背中は止まっていた。
 最初は何が起きているのか分からなかった。辺りは吹雪で視界は冴えず、ただ横なぶりの雪が装甲にぶつかっているだけだった。

「ラケラス?」

 声は届いていない。彼は反応を示さずに、ただ立ち尽くしている。

「ラケラス?聞こえているなら答えて。」

 声をかけた途端に、私だけがわかった。その後ろ姿は自分と戦っているときの背中だ。良心、嫉妬、猜疑心。思い出の中で
 自分の心の中で渦巻く何かと戦っているときの背中は、愛しているからこそわかってしまう。
 
「ねぇ…どうしたのよ…。」

 だがこんな場所で、彼は何と戦っているというのか。疑問は謎に代わり、恐怖を心から引き出していく。
 足元から湧いてくる寒気を堪えていると、彼はゆっくりと振り向いた。だらんと垂れたライフルは行き場を失ってふらついている。

「………ちゃんと答えなさい。ラケラス隊長。」

 だから私はライフルを指向する。銃口を向けて、引き金に指をかけて。愛する人に向かってだ。

【なぁ___ラプス。俺は君を愛してる。】

 突然スピーカーから響いてくる声は血が通っていない。はりのない虚脱した声音。まるで操られているみたいだった。

【けれど…この頭に響く声が、君たちを殺せと、引き金を引いてしまえと言っているんだ。】

 彼は右手だけでライフルを持ち上げて、私を、その後ろにいる仲間達に向けた。
 だから私も構えを解かない。部下を守るために。

「ラケラス隊長。銃を下ろして。」
【何故こんなにも彼女が恋しいんだ。愛してるんだ。一目あった訳でもない相手のことを、君より愛していると感じるんだ。】
「なによ。浮気の自白かしら?」
【君を愛している。これだけは間違いない。私は誰にもこの気持ちを譲るつもりはない。だから…】

 彼は突然、左手をこめかみに当てた。

「や、やめて!!!」

 左側のヘルメット、その装甲の下にはキルスイッチが入っているのだ。強く押し込めば装甲が曲がって湾曲した頂点がスイッチの頭を押す仕様となっている。
 拘束されて逃げ場がない時に使用される究極の選択肢。私達ロシア軍だけが用いている秘匿する為だけのボタンに指がかっているのだ。
 私は、彼がそれを本気で押すのだとわかった。その声、挙動が、私だけに教えてくれた。

【覚えておいてくれハニー。敵の名前はスクーグズヌフラ。彼女は男を操る悪魔だ。気をつけろ。】
「まってよ!何が起きてるって____」
【後は頼んだ。そして、君をこの世界の何より愛してる。】

 グローブのりきみが入った途端に、心が締め付けられた。彼は押す。確信した後で、足が前へと動いた。
 すると彼の背後に大きな木の影が現れた。その影は枝を伸ばし彼を抱きかかえた。

【あぁ…もはや人間は一矢報いることも】

 通信が入った後、彼の頭上に大きな木の根が現れる。その太さ、長さは大人の男性を凌ぐ巨大さで、そのまま彼を潰した。

「え…」

 雪の上に血が飛び散った。赤く雪を染め上げ、私に夫の死を伝えている。

「あ、あぁ…そんな。」

 何が起きたのか、私が何を失ったのかわからなかったが、部下はそんな私を見捨てることなく手を引いてその場を離脱した。

 その後は地獄だった。木の怪物が部隊を攻撃している合間に、同士討ちが始まったのだ。
 木の根が肉を潰し、銃弾が魂を穿つ地獄。生き残ったのは私達だけだった。
 



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