訳アリおっさんが自衛隊を辞めてハンターになる話。

佐藤さん

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浪速区封鎖事件

竹下士長の憂鬱 前編

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12時間前











「ケツが…変な感じだ…きもい…」

 三トン半のトラックに揺られ、あるポイントから地下鉄の線路を歩き、地上に出た。ガタガタ揺れる感覚が、未だにおしりに残っているのが気持ち悪い。
 地上に出ると誰もいない大きな車道が交差する十字路が現れた。道路の向こう側には観光スポットで有名な新世界があるが、まだお昼時で明るいのに全く人気がない新世界は気持ちが悪すぎる。
 目の前に天高く鎮座した通天閣の麓には、嫌な静寂が漂っている。まるで獲物を待っているような、そんな雰囲気が見て取れた。

「…いやいや弱気はだめだ。目的地はっと。」

 スマホを取り出してマップアプリを起動した。これは空撮ドローンやSNSなどの情報を基にリアルタイムで更新されていく独立ソーシャルアプリ。
 外界から切り抜かれているためハッキングされることはなく、権限がある者のみが取り扱えると説明された。けれど僕には現実味が薄くて、実感がわかない。
 こういうのはきっと将校や曹長クラスが扱えるはず。聞けば聞くほど自分には荷が重すぎるような気がして仕方ない。
 
「島田さんの後釜か…おっ。」

 青い背景に白色の線が建物や道を模っている。そして赤い点が現れた。

「これが現住所だな。ここから…」

 赤い点から画面をスライドさせていくと、通天閣を超えて新今宮駅の線路下あたりに白色の点が浮かんでいる。これが目的地、調査対象区域になる。

「ちょっと遠いぞここ。まぁ行くけどさ___うん?」

 画面から目を離して視線を泳がせると、荷台を引いて歩くボロボロの服をきたおじいさんがいた。見慣れない風景に加えて十字路のど真ん中を歩いているのでやたらと目立っている。

「ホームレス…。たいして情報を持ってるとは思えないし…スルーでいいか。」

 野暮ったい気持ちが先行して、足の爪先がそっぽを向いた。すると、頭の中で意に反する言葉が響いてくる。

___いいか竹下。情報って生き物を追いかけるときは、末端から登っていけ。一番最新の情報が結果になる。相手の気付きを知りたいときは特にだ。


 それは僕が失敗した時に島田さんがかけてくれたお言葉だ。あの人はいっつも甘くて頼りないのに、分からなくなった時にはいつも的確にアドバイスをくれていた。

「…………天啓みたいなもんか。」

 島田さんの言う通りにしよう。そう思っておじいさんに駆け寄ると、僕に気づいた途端に驚いた。

「おおっ!ここいらにまだ人がおったんか!!」
「はじめまして!おじいさん聞きたいことが___」
「悠長に挨拶しとる場合か!」
「え、えぇそんな怒るほどのこと___」

 僕の腕をしわくちゃな手が掴む。そして強く引くもんだから体勢が崩れ、半ば転がるような姿勢になった。
 突然すぎてムカッ腹が立てば怒りもする。だから文句を言おうとした瞬間。

「なにすん___」

 何かが頭上を通り過ぎた気がして、ゆっくり背後を振り返る。そこには目が虚ろになっているサラリーマンが、俺を背後から捕まえようと腕を振り回していた。

「はぁ?!」

 サラリーマンは腕がふりぬけても構わず、おおきく口を開け迫ってきた。

「ガぁッ!!」
「ふざっけんな!!」

 崩れた体勢でも臨機応変に体を回し、右足でサラリーマンの大きく開いた頬を蹴った。左足を軸にしてカポエラ、ブレイクダンスのスピンをイメージした動きが上手くいく。
 勢い止まらず、サラリーマンの体はまるでボウリングの玉みたいに地面を転がった。

「兄ちゃんっすごいねぇ!格闘技でもやってたのかい??」
「まぁね。」

 地面に蠢いて立てないゾンビを見ながら、横目で笑ってるおじいさんをみる。

(シャツ…血で汚れてる。)

 上着の袖口から下に来ているシャツが覗いている。白かったであろうシャツには血染みのようなものがあった。おそらくこういう土壇場に何度も遭遇しているんだろう。
 つまり、状況が始まってからこの24時間以内のうちに、こんな人間崩れの怪物に何度も会敵しているということだ。

(報告通りなんだな。ゾンビって。)

 四つの腕を不器用に使って、立ち上がる目の前の何か。これが本当にゾンビなのかは知らない。けれど人類の敵に違いなさそうだ。解決しなければ。

「ウガァ…」

 ゾンビリーマンは立ち上がり、ゆらりと蠢いて、僕を睨んだ。そしてノーモーションからの突撃を繰り出す。
 口を開き、垂れる唾液すら構わず、人間性を全く感じないバカみたい突撃。それが通用するほど僕は弱くはない。構えを取り、両拳をもち上げる。

「やっぱ頭つぶさないとダメ___」

 攻撃の意思を定めた途端、左頬を掠めて赤く細い棒が伸びていった。反応する間もなくそれはゾンビリーマンまで届き、頭をやすやすと貫いた。

(槍!!箒の柄を使って作ったのか___)

 槍を抜き血のしぶきを上げ、地面に大の字になって崩れ倒れるリーマンゾンビ。その姿はどう見たって人間だし、元をたどれば人間には違いない。
 なのにおじいさんは勝利の愉悦に浸りながら槍を振るっていた。

「敵にもならんな死にぞこないめ!!」

 まるで狂人だ。だが気がふれるにしては、早すぎる。まだコレが起きてから2日も経っていないのに。

「ねぇおじいさん。さっきの槍捌きすごいねぇ!」
「おうよ!!昔は名の知れた槍使いだったもんでな。」
「そっか。それじゃ聞かせてほしいんだけど、その袖口から見える血は…」

 言葉を断ち切るように、殺気が覆いかぶさってきた。
 肩に、足に、体に圧し掛かってくる言いようもない重みに気づきを得て、体を低く下げた。まるでスパイ映画にでも出てきそうなほどの体勢に移ると、頭上で風が吹く。

「勘がいいな小僧。いや、観察眼か。」

 体勢変えず、前転によって無理やり距離を詰め、槍の柄を掴んだ。

「判断が早いのぅ。喧嘩慣れしているようじゃ。」
「ほぼ勘だよ。」

 槍の特性上、間合いに入られてしまうと動けなくなってしまう。それは殺傷力があるのは切っ先と遠心力によるものだからだ。
 とは言え先程の動きを考えるとかなり恐ろしい。一瞬で4回、槍の切っ先が頭の上を通り過ぎた。いくら鍛えた業と言えど、そんな事は普通には出来ない。

(気配だけじゃない…フィジカルの早さもまるで違う。生まれ変わったような印象さえある。…急になんなんだこのじぃさんは。)
「わけぇのにびびってんなぁ!おい!」

 おじぃさんは不気味に笑い、それから口上を始めた。

「知らざあ言って聞かせやしょう!!ゾンビに噛まれて6時間と5分!地獄のような苦しみ乗り越えて、新しい自分に生まれ変わったってぇわけよ!」

 まるで歌舞伎のような口ぶりに合わせて、おじぃさんは上着を開き、左肩を顕にした。

「ウッ…_____」

 まるでクマに噛まれたみたいだった。左肩であったろう部分は齧られて欠損しており、骨が折れて突き出ていて、途中で血管が無いために血が噴き出していた。その周辺もなにやら引っかき傷のようなものが刻まれていて、かなり痛々しい。
 あるはずのものがなく、それをもって尚笑顔のままであるおじぃさん。違和感が具現化したような歪さで、足元が少し震えている。

(ビビってる…)
「ビビってるな小僧。」

 恐怖を悟られた。そしておじぃさんはゆっくりと顔を近づけて、僕の瞳を覗き込んだ。その瞳は白く濁っている。

(なんなんだ。この言いようもない絶望感は…)

 まるで食事を前にしている子供だ。目の端を曲げ、愉悦に浸りながら、目の前に置かれたものが美味いのかどうかを期待している。
 つまり僕はテーブルに乗せられたディナーなのだ。

「わしは目が見えなくなって長い。槍の世界でも生きていくことができなくなり、仕事もなく、見えない事をいいことに、勝手のいい人間としてこき使われ、果てはホームレスじゃ。食い物にされてきた。だがどうだ。生まれ変わったわしは、お前らを食い物にしてる。」
「よく見えないだろ?相手間違えてんじゃない?」
「いや見える…わしにはお前らの姿は見えないが、魂は見えているのでな。それ故に感じるぞ。お前さんが恐怖で身体が固まってきた事をなぁッ!」

 大きく開く口が、生暖かい空気を吐き出しながら迫ってきた。

(クソッ___放すしかない)

 槍を掴んでいるというアドバンテージを捨てておかげで、大きく開いた顎が僕に食いつこうとしたが避けることができた。
 そこを狙って槍が飛ぶ。脇腹、右肩、必ず急所を外して槍の切っ先が突き出てくるので避けるのは容易い。でもこんな事続けられる訳がない。

「流石じゃ小僧。やはり読みがいい。」
「あっそ。」

 もういい。吹っ切れた。

「腹が据わ______」

 ズボンに差し込んでいて正解だった。本来ならホルスターに収まるべきだが、こういう手合いに遭遇した時用に後ろ手で拳銃を差し込んでいたのだ。後は簡単。
 突き入れ、槍が下がるその瞬間に拳銃を抜く。槍がまた突き入れてくる、そのタイミングで銃口を上に向けて引き金を引いた。

「な、なんじゃ!」

 箒の柄と刃部の間を狙いって撃発した。打ち上がる火花と煙に紛れ、槍の破片が周囲に爆散した。

「小僧なぜ銃を持ってるんだ!!」
「なんでだろうなぁ。」
「まっ_____」

 銃口を滑らせておじぃさんに向ける。そして引き金を流れに添えて撃ち込んだ。一発一発を大事に引き金を絞り、ヤツの腕、肩、胸に狙いを定めて撃ち込んだ。
 なのに何故当たらない。じいさんはまるで見えてるみたいに身体をねじり、弾丸の軌道から外れていく。

「______ホッホッ。これより早い突きを知ってるぞい。」
「バケモンめ…」

 だが武器も奪い、リーチもこちらが上になったのに。僕の感覚はまだ負けを恐れている。なんなんだ他に何があるのか。
 おじぃさんの動きはもう人間のものではない。弾丸をひとしきり避けられ、弾切れからの弾倉交換をしていると、おじぃさんは自身が引いていた荷台にまで下がっていく。

「逃げんなよ化け物。」
「流石に形勢不利なんでな、お前に良いものをやろうと思う。」

 荷台からおじぃさんが取り出したものは、子供の生首だった。

「____」
「大人の肉は硬くてのぉ…美味を追求しすればやはり子供。子供はえぇぞぉ。やわこいし。肉もトロけるようじゃ。ササッ食いかけじゃがお前も____」

 もうコイツは人間ではない。子供を食い物にするような外道は、どんなことであれ、ユルサレルワケガナイ。

「なんじゃその魂の色は。どす黒くて深い。見たことが無い。」
「フザケてんなぁバケモン。今すぐ俺がおま____」

 首元を槍が掠めた。怒りの熱さが死の気配で消されていく。

(しまった。まだやりを持ってたのか。)

 おじぃさんは俺の集中が切れた所を見計らってダッシュ、目にも止まらない速さで射程範囲まで距離を詰めてきたのだ。
 あっという間に槍の切っ先が喉仏を掠って戻っていく。それに驚くも一撃目を避けることはできた。だが避ける動作が大雑把に身体を反りすぎた。次は避けられない。

「小僧よ。面白かったぞ。お前の肉は誰よりも大切に食ってやるからのぉ…。」
(流石に無理だ。まずいぞ。)

 躊躇いなんてあるはずもない。槍は目にも留まらぬスピードで走り、切っ先はちゃんと僕の腹にまで届いた。

「おぬし…やはり気構えが良い。」

 それを左手で受け止めた。手の甲から突き出た槍の先、骨と神経を寸断して貫通したためか、痛みは不思議と感じない。
 だから僕は左手に力を込めて、槍が抜けないように掴み取った。逃さない絶対に。

「お前のようなものを弟子に欲しかった。」
「そうか。」

 後は同じだ。銃口を向けて引き金を引くだけ。撃鉄に押されて銃弾が真っすぐ抜けていき、じいさんの頭の真ん中を射抜く。
 肌色の額に穿たれた穴は、血を吐き出させていた。そしておじぃさんは力なく地面に倒れる。それを見届けて、やっと勝負に勝ったんだと実感が湧いてきた。

「やっと終わった…。これで死んだのはラッキーだ。」

 どうやらゾンビは頭を撃てば死ぬらしい。肩を欠損して尚もあの膂力を保つ怪物。映画宜しく頭を撃って死ななかった場合は不味かったが、うまくいって良かった。

「クソ…出だしから怪我しちゃった。よい___しょッ!!」

 手から槍を抜くと、血が溢れてきた。

「まずいな。どっかで治療しな_____グッ!!」

 すると胸が張り裂けるような鼓動を響かせた。それに合わせて血管が膨らみ、身体が熱を持っていく。そして息がうまくいかなくて苦しい。呼吸が身体のリズムに合わない。
 持病を持っていないが故にわかる。僕は感染したみたいだ。

「なん____で____」

 噛まれたわけでもない。槍は恐らく新品だった。使い回しの可能性は捨てきれないにしてもだ。
 薄れ始める頭を必死に回していると、ゾンビリーマンを思い出して気づいた。彼に切り傷などなく、顔の血の気が引いていた。

(そうか…これは…空気感染するのか…)

 ゾンビウィルスなるものが空気感染すると考えれば、一挙に人気が引いたのに納得がいく。だがそれだと壁の外に蔓延してもおかしくはない。それらしい情報もない。
 思考を邪魔する身体が燃えるような熱さ。そしてゆっくりと意識が遠のいていくのが分かる。もはや回らない口。けれど考えを止めてしまうと死んでしまいそうで。

(違う。これはウィルスじゃない。毒だ。毒を散布したんだ。だから屋内にいた人たちは生き延びてた。その時に槍にも付着していたんだ。)

 光のような物が視界を埋めていく。もはや自分という認識すら危うい。

(伝えなきゃ……島田さん。これはテロか…何かわからないけど…毒を撒いた何かが…い………)
 



(だめだ…もう…考える事も………)

「諦めるなッ!!」





 
 

















 身体が起きたのを感じて、瞼を開く。目の前には汚れのない白色の天井、目の端には銀色の枝に点滴がぶら下がっている。

(びょう…いん?たすかったのか…)

 感覚が戻ってきて上体を起こそうとするが、何故か身体はベットから引き剥がせなかった。
 
「申し訳ない。安全策として拘束させてもらっている。」

 男の声が部屋に響く、スピーカーから出力されているようだ。事次いで、ベッドマットが上体を突然おこし上げて、目の前の光景を変えた。
 全面壁とガラスのみの空間に出入り口が一つだけ。丁度前面にあたるガラスの向こうに、ガタイの大きな男がいた。見覚えしか無い。

「木山班長…何してるんですか。」
「休暇だよ鼻垂れ。」
「知るわけないで____痛たッ…」

 思いがけない人物にリアクションを取ろうとするも、左腕に熱い痛みが走る。

「…何があったかは聴いている。お前、槍のじいさんを倒したんだな。」

 言葉にされると重みが違う。武装した男性を銃撃なんて、冷静に考えるとよりやばい。

「あのじいさんはゾンビ化したが自我を残していた。知性が狂気に侵され、子供ばかりを狙うように…お前は正しい事したと俺は思う。」
「いや…でも自分は人を殺したんです…」
「俺達は、守るべき時に引き金を引く決意を持たないといけない。周りと俺達の差はそこだ。だからお前は自衛官として正しい。」

 なにやら論争を起こしそうな発言している。一先ずそれは脇においておこう。
 
「……途中で気を失ったんです。自分はどうやってここへ?」
「ここは元々居抜きのテナントでな。俺が集めた人たちによって運営しているコミュニティの活動拠点になってる。その入り口の前で倒れていたんだ。」
「封鎖から短時間でここまで。流石ですね。」

 カリスマ性とまでは到底言えない。昔気質のある木山3曹は部隊でもたびたび問題視されていた。だがそれでもやるべき事は完璧にこなす印象はあった。こういった事態に動ける人間ではあったという事だ。   

「お前も見ただろうが、ゾンビなんて映画だけの存在が現れたんだ。身の振り方を気にしてる場合じゃないのさ。」
「ご立派です。」
「ところで竹下。なにかわかったことはあるか?情報的なものは。」

 キター!と歓喜した。任務ができる。

「そうですね…知人から聞いた話ではもう少しで救助が____」
「そんな見え透いた嘘はいい。アイツらと戦って感じたことは?」
「………。」

 同じ自衛官であると中々にやりづらいな。確かに任務中に島田さんと会うのは正解ではないようだ。 

「ゾンビ…この単語で映画を彷彿させられて、勝手にウィルスだと思い込んでいました。ですがこれは毒だと僕は考えます。」
「ウィルス性の否定か。現代人らしい謙虚な考えだ。」
「眉唾なのは分かってますが、判断材料は沢山あります。これは毒です。化学的なものか、自然発生的なのかは知りませんが。」
「……感染性のウィルスは映画のようにはいかない。感染箇所を切り捨てても血中に乗ったウィルスが細胞を攻撃し、至る所に伝播していく。ただ毒なら可能性がある。傷口から血を抜き異物を流し出すのは正解ではある。英断だな。左手を切り取ったのは。」
「え?」

 唐突に突きつけられた現実が全くもって理解に及ばない。なんなんだと考えて左手を見ると、手はなく、断面を押さえるために包帯が巻かれていた。
 全くもって理解できない。なぜ。いつ。誰がやったのか知らない。分からないことがこんなに気持ち悪いものだとは思わなかった。
 混乱する僕の気持ちすら汲み取れず、まるで戦士でも讃えるみたいに木山3曹は話す。

「あのじいさんに左手を刺されたんだろう。毒だと踏んだお前は賭けに出て、そして勝った。」

 説明を受けているはずなのに、補足を入れてもらっている。そんな事がどうでも良くなる程に混乱している。

「これによってウィルス性ではないことを証明した。よくやった。今日は休め。」
「…了解。」

 
  
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