訳アリおっさんが自衛隊を辞めてハンターになる話。

佐藤さん

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浪速区封鎖事件

生きてこそ

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 ジョナサンとゾンビ木山は腕組をして、目の前に立ちふさがる獲物を見定めて居る。

「お前がまさか…やりじぃを殺していたとは。」

 それは左手を無くした竹下であった。竹下は丸腰のままで、敵幾百のゾンビと対峙している。

「まぁな。」
「それを踏まえてもわからない。おまえはなぜ丸腰なんだ。」
「大したことのない武器を持っても邪魔なだけだ。」
「それはまったくもって同意だ。」
(銃弾だって避けそうな奴に銃持ってもしかたないだろう。それよりも、こいつ…)

 竹下はジョナサンの言葉の安定さに気がついたのだ。

「……へぇー。ちゃんと喋ってるように聞こえてるんだね。」
「それがどうした。」
「お前も母上の子供だって事。でも魂は染まりきってない所を考えると傷を切り捨てたね。悪あがきさ。君の血には母の毒が回っている以上、いずれは同じ道だ。」

 わかりきっていたことを並べられ、竹下は非常に不快だった。その様子を見てニヤけるジョナサンはある提案をだした。

「それはさっき見た時に分かった事だ。どう?仲間に来ない?」
「断る。」
「それはそうだ____」

 ジョナサンの言葉を待つ前に、状況は一挙に動き始めた。突然厚くそびえ立つ殺気が竹下の体にプレッシャーが重く乗る。
 それに合わせて、右腕と左腕を交差させ、体の前に出して防御態勢を取る。タイミングよく飛んできたのは木山の硬く握り込まれた拳。

「……流石軍人さん。早いね。」
「ウォオオオオオオオ!!」
「木山さんッ!」

 赤く充血した眼光の残滓を残し、刹那に見えた木山は圧倒的な殺意で固めた拳を躊躇いなく撃ち込んだ。
 
(バカみてぇな力ッ____)

 拳が腕に触れると破壊力は余す所なく竹下の全身を貫いた。痛みと衝撃が意識を刈り取る。何とか意識を正す頃には、竹下の足は浮いていて3メートル程吹き飛ばされていた。
 態勢変わらず地面に足をつけると、遅効性を持った打撲痕が熱くなってきた。

(クソ痛え…トラックに轢かれたみたいだ。けど助かった…意識がなかった上手く脱力して力を逃がせた。力み入れてたら腕の骨が粉々なってたな…。)

 砂塵に埋もれていたが、風が攫っていくことで木山の姿が現れる。肩で息をし、見定めた獲物に唾液を零している。まるで獣だ。

「脳のタガが外れてるんだ。普通の人間よりも強靭狂硬。よく耐えたな。」

 ジョナサンの解説に苛ついて話半ばで飛び出した。両足に力を入れて、地面を蹴り出す。

「うるせぇがき!!指揮官潰せば終わるはなッ_____」

 竹下が気づかないほどの速さを持って腹に蹴りが入っていた。差し込まれた木山の丸太のような足が脇腹を押し退けて、内臓を圧縮し、体内に留まっていた酸素を吹き出させる。

(まずいッ…息がッ…)

 口から漏れ出る酸素で竹下は嗚咽を孕む。そして次に来る攻撃に対して何もできない。

「うがぁ!!」

 初撃にて自由を奪い、次撃にて動きを止める。木山はありったけの力と体重を乗せた肘鉄が降ってきた。逃げる事も受けとめることもできない竹下の後頭部に激突した。

「ガッ_____」

 地面にキスをして動かない竹下。彼のうなじを抑えて、拳を振り上げる木山は突然、動きを止めて小刻みに震えだした。

「____あんた、覚えてるじゃねぇか。」

 それは竹下の言葉に反応したからだった。

「初撃にて自由を奪い、次撃にて動きを止める。あんたから教わったことそのままだ。」
「…………」
「起きろよ!!!何ちんたら休んでんだ!!!あんたの弟子が必死で呼んでるだぞ!さっさと起きろぉおお!!!!!」

 慟哭にも似た竹下の声に、木山は完全に動きを止めた。これはそもそもが魔法使いとの作戦であった。
 魔法使い曰く、狼のロアが扱う「ゾンビの毒」はリモコン。受けた者の一番強く暗い願いを強調させる事で、操り、体の形を変性させる。だが本人の意思が少しだけでも残っていれば、リモコンを狼のロアから本人へ奪い取れるのだと。
 自我を取り戻し、竹下と同じ状態に戻るのか、それとも欲に負けて肉を貪るのか、そもそもが分の悪い賭けではあったが、左手のない竹下が勝つにはそれ以外の方法がない。

(一撃目で噛みつきが来なかった…あの人はまだ残ってる筈。そうだと信じる。頼む…帰ってこい先生!!)

 生と死の間で、蘇る記憶が竹下の視界を埋めていく。

(この感覚…)
















 目の前には若い2人が正座をして向かい合っていた。2年前の竹下、そして島田である。

「俺の方が強かった…」

 島田は悔しそうにそう呟くが、相対する竹下は反応すら返さず寡黙に座っていた。木山は膠着状態の二人に水差すようなマネは、面倒くさくてしたくないが陸曹として、上司としての責務を迫られている。
 事の発端は1時間前に登る。2人が無敵に辛い物を作った方が勝ちというゲームを開始し、審判は木山が採用されていた。木山は辛い物にめっぽう強く、審査に判定を期していた。

「先輩…僕のハバネロ肉詰めの方が辛いに決まってるでしょ。」
「ふん!おれの四川風中華カレーの方が辛いにきまってるだろ!!調理中、周りの人間がどれだけ健康被害出してると思ってるんだ。」

 木山はコイツラは俺になんてもの食べさせるんだと正しい感想を抱くが、それを言ったりはしない。
 後輩たちを正しく導く。彼の信念は強く太く、誰にも折れないほど硬かった。無論自分にも。

「あーいいか。お前らの作った料理は、俺でないと死んでたかもしれない。良くて味覚が無くなる程の辛さだった。」
「なら先輩のカレーに2日煮込んだスパイスをドロっと入れるべきでしたよ。」
「ふざけんなクソガキどもがぁ!!!!!死ぬわ普通に!!!目に入ったら失明するレベルの提案してんじゃねぇよ!!!」

 怒りの矛先はまっすぐ彼等に向いている。ゲラゲラと笑って転がる彼等に。木山は思った。

(ムカつく。非常に腹が立つが、コイツラは腕の立つ武闘家だ。)

 腕組みをして、遠い目が映す彼等の未来を、木山は楽しげに眺めていた。

(ぁあ…きっと俺なんかよりも強くなって、後輩たちを守れる。自衛隊なんて形に拘らないお前らだからこそだ。見たい。喉から手が出るほどに俺は…お前らが気づき上げる新しい未来が見たい。)


















「殺せぇ…………」

 もはや声にならない、言葉にもなっていないうめき声で目が覚めた。竹下の目の前に広がる光景は胸を裂く程にツライものだった。

「オレを…コッコロスんだ…タケしたぁあ」

 目の血走りは少しだけ抑えられていた。声も何とか舌を動かしているような状態。要はちょっとだけ正気に戻ったのだ。

「あ____諦めてんじゃねぇよ頑固親父!!いいから!はや____」

 落ちてくる涙は、木山のものだった。泣くなんて事が似合わないし想像もつかないほど強勝った彼の涙に、竹下は言葉の重みを知った。
 あれほど未来を憂う人が、その未来を見たがっていた人が、自死を乞うている。それはそれ以上どうしょうもないからだ。竹下もそれは感じていた事だった。

「クソ…親父ぃ…」

 木山の影はより濃くなっている。

「はや____グゥ…ゴ、ゴロ」
「いい加減うるせぇよ。」

 その影は木山のものではなくて後ろに控えていたジョナサンの物だった。
 ジョナサンはハーフゾンビとして力を使い、目にも留まらないスピードで背後に回って木山と竹下、2人の首を斬ろうと迫っていたのだ。
 醜く笑い、片手に持った赤い短剣がもう振り下ろされている。
 
「ちゃっちゃとシネ。」

 躊躇いなんてある訳が無い。ジョナサンは自身を貶めた大人達を、全ての人間を憎んでいる。ゾンビだろうがなんだろうが彼がその手を止めることなどある訳が無い。
 短剣は赤い光を孕みながら、まっすぐに俺たちの喉元へ滑り降りてくる。その動きは2本の指で止められた。

「殺させるわけないだろう。」

 木山と竹内の前に立っていたのは島田だった。

「先輩…」
「もう先輩じゃないけど、後は任せろ。」
「カッコツケテンジャナイヨォオオオオオオオ!!!」

 ジョナサンの怒りは増し、音すら遠退く速さを見せる。だが島田にとっては余りにも好相性の敵である。

「グゥッ____」

 小さくも速さによって鋭い刃物とかしたジョナサンの左足を、左手一本で受け止め、掴んでいた。

_____獣勘のスキル、レベルアップ。弱点索敵に加えて敵の攻撃予知を追加
「キサマぁぁ!!」

 吠えるジョナサンは翻り、右足を振り回す。だが島田にはその攻撃すら当たらず、それも掴み取り、両足を振り回してアパートへ投げ込んだ。
 まるでバッティングのように放物線などはなく、まっすぐ進み、アパートの壁に突き刺さる。その光景を見て竹下も島田もおどろいていた。

(身体強化…あの時はがむしゃらだったから分からなかったがここまでとはな。)
「先輩…」
「獣勘もまだまだ慣れないが、使い勝手のいいスキルだな。」

 歯噛みしながら足に力を込めて解き放つ。土を抉るほどの初速で、風を切る音が耳を過ぎさっていく。

(さっさと終わらせて、あの狼のとこへ)
_____ハーフゾンビ接近。

 頭の中でアナウンスが流れると、島田の眼前に何かが降り立ってきた。

「あらあらあら。うちの若い子達にちょっかいをかける悪い男発見ね。」
「次から次へと忙しい奴らめ。」

 身長2メートルはある筋肉隆々の半裸な男が島田の道行きを阻んでいる。だが勢いを止めることはできない。どちらかが硬くとも、あまりのスピードに無傷ではいられない。

「ウガァアア!!!」

 まるでラガーマンのようだった。視界の外から木山3曹が半裸の男の横っ腹に体当たりをかまし、道を開いてくれた。

「何!何よコイツ!!」
「イケっ!!進むべき道を!!」

 島田は木山に感謝をしながら、開いてくれた道を突き進む。

「こんなムサイやつ、お呼びじゃないのヨ!!」

 半裸の男は肘を木山の背中に何往復も突き刺す。背骨を震わせる威力が、自我を削られるが、木山は男にしがみついて離れない。

「お前だけハ…ムスコのところに…行かせない…。」
「これだからシツコイ男は____嫌いなのヨぉおおおおお!!」

 雄叫びを上げて両肘を振り上げる。まるで鉄柱。鉄よりも硬そうな漆黒の丸太は、木山の背中に振り下ろされることはない。

「次から次二…」
「親父のピンチを救うのは、いつだって僕なんだよ。」

 振り上げた腕は光の縄で縛りあげられている。その綱の元を辿ると、竹下が笑って立っており、綱は切断された左腕から伸びていた。

「兄貴の所には行かせない。悪いがここで死んで貰うぞオカマ野郎。」
「ワカッてないわねあなたたち。私の身体は高速で血液を回すことで誰にも触れられない程に熱くなる。そして筋肉だって…サイッコウのポテンシャルを発生さ_____」

 湧き上がる筋肉はまるで大陸だった。隆起していく黒鉄の肌に食い込んで行く光の綱は、予想外にも堅固で、青筋を立てる半裸の男はより血管を浮き立たせていく。

「ナんで…ナんで切れないの。」
「それは我が作った魔法の綱だからだ。」

 黒いローブを纏う魔法使いは砂塵舞う中、まるで瞬間移動でもしたのかと思うほどに突然現れた。力みを外せない男を見てニヤリと笑う。

「ふん。狼のロアなら通用し無いだろうが、貴様程度ならどうとでも。」
「コナくソ____」
「必死な所で悪いが、お前らに用がある人を紹介する。」

 魔法使いは大げさに道を開き、不覚お辞儀をした。その後ろから、まるで白い花のように細く弱々しい女性が現れる。

「あ、アナたは____」

 白い長髪と純白のウェディングドレスを風に弄ばれながら、大きな翡翠の目を開く。そして薄い唇をゆっくりと動かし、か細い声を放つ。

「私は浄化の魔女と呼ばれた者。貴方のように魂を汚された方の魂を救う事を生業としています。」
「___何を…何をジョウ化だぁあ!!!」

 半裸の男は腕を縛られ、身体を押さえられてなお、強大な筋肉を行使して走り出す。だがそれをみすみす見逃す事などできるわけもない。
   
「縛着。」

 魔法使いは人差し指と中指を離してブイを作り、第二関節で折り曲げる。すると光の綱は拘束を一瞬で解いて、半裸の男の身体を縛り上げた。無論木山を巻き込んで。

「我が示すは汚れた魂。無垢な子らの為の悲しい歌を天に捧げる。」
「浄化なんて上手く言ったわね…あんたは私たちの種を根絶したいだけの破壊者じゃない!!!」

 竹下は男が吠えるほどに弱く見えていた。だがここで疑念が生まれる。浄化の魔法はもしかしたら木山さんにも効果があるのではないかと。

「この世界に割り込んだ異世界の血を洗い流し給え。」
「ま、待って!!親父だけは!!」

 竹下の言葉が止められるわけもない。分かっていてなお叫ばずにも居られない。
 祝詞が続くと、天からより一層強い光が男と木山を照らし出した。

「おやじ!!」

 木山はゆっくりと竹下の方に顔を向けて、ニッコリと笑顔を届ける。木山が死を受け入れたと分かった途端、竹下の喉奥がキュッと苦しくなる。

「血も涙もない冷血な執行官!!ふざけんじゃな____」
「浄化。」

 たった一言。白い女性がその一言を言っただけで、男と木山は消えた。まるでもともといなかったみたいに、姿を消し、後には何も残ってはいなかった。
 唐突な死を目の当たりにした竹下は、全身の力が抜けて地面に尻をつける。

「お、オヤジが…死んだ?嘘だろ?」
「陛下。お仕事をされ、疲れたことでしょう。ささコチラに…」
「浄化。」

 今度は祝詞を使っていない。単なる言葉がこの空間を轟き、残響すら消える頃には、竹下も居なくなっていた。

「…この世界は毒され始めているの。休むことなど許されるわけもない。」
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