訳アリおっさんが自衛隊を辞めてハンターになる話。

佐藤さん

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浪速区封鎖事件

呼吸をする暇もない、

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 島田が目を覚ますと、もう入ってはいけないはずの道場に立っていた。

「な、なんだここ。なんで俺は駐屯地に。」

 振り返っても、見上げても、記憶にこびりついていた道場そのままで島田葉動揺していた。

「さっきまで…大阪にいたはずだ。なのに」
「先輩。」

 突然目の前に現れたのは、細い身体の線ではあるものの筋肉はしっかりとついた青年がいた。その青年は道着を着ていて、その光景に島田は何かを思い出しそうになる。

「お前は_____誰だ?」

 その言葉を聞いて、青年は溜息を吐いた。

「僕の事、忘れちゃったんですか?悲しいなぁ…」
「すまない…思い出したいんだが。」
「良いですよ。僕はそういう先輩だったから、ついてこれたんです。」

 すると青年は笑顔を作り、島田を見つめる。

「ありがとうございました。僕は、島田さんと会えて人生が変わった。仕事を無くして、ホスト崩れで…どうしょうもない僕の手を引いてくれた。」
「何の話を_____」

  島田の頭に浮かんだのは、雨の日の記憶。路地裏で傷つき寝転がるチンピラの上に立っていた青年に島田は声をかけていた。雨が血を洗い流す悲惨でいて、美しい記憶だ。
 そんな光景が浮かんで消えて行く。不意に吐き気が襲って膝をつき、頭の中で消えて行く光景を思い出そうと必死になったが、消えていった記憶は戻ってこなかった。
 

「【いつまで、そんな所にいるんだ。行く宛が無いならついてこい。俺がどうにしかしてやるからな】。あの日の出会いで僕は報われたんです。」
「なんだ…この記憶…思い出した端から消えているのか…どういう事なんだ教えてく____」

 知識も記憶もなくなり、目の前にいた誰かすらわからなくなった。混乱して顔を見上げると、青年の姿はなかった。

「人生を拾われた。貴方がいた駐屯地には、そういう後輩がたくさんいます。きっと貴方の力になる。頼ってくださいね。」

 声があとに残っても、残響すら残さず消えた。もう青年の顔すら思い出せない島田は立ち尽くしていた。

「なんだ。なにが起こってる。なにが…」
「島田、お前は前に進め。」

 背後から低い男の声が湧く。振り返ると、身体の大きな男が道着姿で島田を見下ろしていた。あまりの突飛さに驚いて後退りすると、男は声を張り上げる。

「前に進めと言っている!!!」
「はいッ!!」

 まだ自衛隊の癖が抜けていない島田は体をぴんと伸ばして不動の姿勢を取った。

「それでいい。俺達のことは、気にするな。どうせ記憶には残らないだろうが仮に思い出したとしても気にするな。」
「何を言ってるんですか?」

 また記憶が蘇った。初めて着隊した時、この男は肩で息をし汗を滴らせる島田の前に立って激励をしていた。その記憶もまた、薄れていき、無くなっていく。

「ま…まて…思い出させるな。思い出すともう…」
「いや、それでいい。それでこそお前だ。人に優しすぎるお前では進めなくなるしな。」

 島田の前に居たはずの男も、突然その姿を消した。

「ま、まて!せめて名前だけでも____」
「誰が何を言っても、進むんだぞ。信じてるからな。」

 また声だけ残して消えて行く。1人残された島田は、どうすればいいのか分からず立ち尽くした。

「なにがどうなってるんだ…。ここだって____しまっ!!!」

 記憶が、とめどなく噴き出す。ここは駐屯地の中にある道場で、島田が入隊してから退官するまで錬成に励んでいた場所だった。
 素足の裏で擦れる、使い込まれた畳の感触と匂い。汗ばむなかで掴んだ戦いの基礎。努力。時間。そのどれもがかけがえのないもので、今まさに消えていった。

「な____なんだっけ?」

 気づけば暗闇に落ちていた。あったはずの物は全てが無に消えて、島田を優しく包んでいた。

______今回の精算はここまでだよ。

 この声に聞き覚えはある。スタチュー。銅像の姿を模す神だ。

「スタチュー。これはなにが起きてるんだ。」
_____君のアビリティ?っていうかスキルだっけ?その中にあった神なる祭壇の効果さ。
「祭壇…貢物をしたってのか。」
_____先の戦いではね。君は自身のスペックを大幅に超えて戦ったんだ。だから、支払いをしてもらったのさ。代償は大切なもの。今回は記憶を貰ったんだよ。

 何がなんだかわからなかった。何を言ってるのかすら理解が及ばず、ただ大切なものが消えたことだけ強く認識している。

_____まぁ落ち込まないでよ。あの2人も望んでいた事だからね。
「この気持ちがお前に……」
_____やめてやめて。なんかそのお約束みたいなセリフ。神と契約した人間が、まともな終わり方するなんて、どう考えてもおかしいでしょ。

 ムカッ腹の立つ話し方に齷齪していると、今度は抗えない程に強い眠気が島田を襲った。

_____さっ。起きる時間だ。君が目を覚ますと色んなことに整理が付いてる。よかったね。後片付けはみんながしてくれたよ。

 



















 島田が目を覚ますと、天井があった。見覚えのある深蒸取り天井。ここが野戦病院とかした天幕と呼ばれる大きなテントの中だ。

「嫌な夢を見た…」
「起きられましたか。」

 視界の端から制服の40代くらいの男が現れた。襟元に金ピカに光る階級章があって、それをみた途端島田は縮み上がった。夢うつつで見えた陸幕クラス人物に、いまだ現実味がわかない。

「1等陸佐の方がなぜここへ。」
「事態は日本を揺るがす規模だった、なんてことは言わなくても分かっておられますね。私は角田1佐。この不測事態対処の任を任された者です。」

 帽子を脱いで深く頭を下げる男に、島田は体を起こそうとするが痛みがベットへと引き戻す。

「退職した貴方の、献身的な働きに深く感謝いたします。」
「……ですが多くの人は…。」
「情報から聴いています所、生存者の約6割は救出済み。残る4割はゾンビもしくは死亡したと言われています。」

 具体的数字を避けて説明を受けた。そこに気付かないほど島田はバカではない。無意識に表情が強張っていたのを察知して、角田1佐は優しく話す。

「6割も助けられたとお考えください。」
「…」
「状況も最悪でした。なぞの壁に区画を寸断され、謎の毒物による大量疾患、巨大不明生物に何と呼べばいいのかわからない存在。その中で貴方は孤軍奮闘、成果も上げられた。何もできなかった我々は貴方に頼るしか無かったのです。」

 島田が何よりも気がかりなのがこの男の敬語だった。勿論島田の身の上ならば、間違った対応ではない。だが角田一佐の話し方や表情を考えると、まるでわざと距離を話しているような、そんな感じがしていた。
 だがそんな事は考えた途端にどうでもよくなって、島田は自身が行動した結果が気になっていた。痛む体を起こすと、寝過ぎていたのか体が怠かった。

「おっと、焦らないで。色々と説明が要りますね。」
「大阪は__あの後何が、どうなった。」
「こちらでもドローンで一部始終を見ていましたので大体の流れは知っています。…島田さん。あなたは狼と戦った直後、死骸の上で気を失っていました。そこまでは覚えていますか?」
「…覚えてます。踵で頭を…」

 返答に対して角田一佐はため息を漏らす。

「君の攻撃は琵琶湖を揺らしたそうだ。約100キロ先の水面を揺らす攻撃なんてものは核兵器か大地震かだ。まるでSF映画でも見てる気分だ。…ここからの説明は長くなるので、敬語を辞めさせてもらうよ。」

 そういうとマグカップに口をつけ、話を続けた。 

「…あの後周囲にいた仮称ゾンビは分散し始めた。司令塔を失ったゾンビは隔離区間を往来、残された生存者を襲い始めた。事態発生12分後に陸自の第37普通科連隊を投入、約1500人もの生存者と共に離脱した。浪速区を一時投棄する結果にはなったが国民を救出することができた。」

 角田は島田にスマホを手渡しすると、画面には「大阪の浪速区を一時放棄することが決定」という見出しのニュースが表示されている。

「君が倒した狼の死骸から毒性の強い瘴気が発生しているんだ。その毒には幻覚を誘発させて心停止を引き起こし、奴らの仲間になる。現状対応策はない。唯一の救いはあの正体不明の壁だ。」

 浪速区と隣接した2区域を囲む壁のこと言ってるのだろうと島田は思うが、同時にあれが政府も知らない壁だということに引っ掛かりを覚えた。

「調査によって分かったが、あれは壁ではなく地面。浪速区は地下10mほど沈んだ事になる。」

 突然の種明かしに言葉が詰まった。何より矛盾がある。島田は大阪に来るために地下鉄を利用しているからだ。

「まぁそのおかげでゾンビも瘴気も外に漏れずに済んでいる。命を拾ったようなものだ。この三年間はな。」
「思ってた展開とはまるで_______まて3年?何を言ってる。」

 驚くことばかりで疲れたきた所に、とんでもない爆弾が仕込まれていた。島田はあまりの事実に腰がぬけそうになった。

「3年も寝てたのか…てことは俺は…34!?嘘だろ………」
「私から言わせればそもそも起きた事すら嘘みたいだね。我々が君を引っ張り上げた時なんて、原形すらとどめていなかった。」

 島田はここでやっとこのおかしな状況が掴めてきた。

「____角田1佐。あんた俺が起きるのを待ってたのか?いつ起きるのか、起きるのかすら分からない相手なのに」

 すると角田は口の端を曲げて、ニヒルな表情で返答する。

「待つなんてコスパの悪い事はしない。君が起きるまでの3年間、準備していたのさ。」
「準備……。」
「私も君と同じだ島田くん。スタチューと契約を交わし、味覚を捧げて手に入れたスキル見通す目でこの展開を目視していたんだよ。」

 角田は何かのリモコンを取り上げて躊躇いなく押す。すると白い壁は見晴らしを広げて、大海原を映し出した。

「浪速区隔離事件から正体不明生物の目撃情報が爆増した。その対応に自衛隊は追いつけない。だから我々は有志を募って退職した。ここは豪華客船に偽装した人類初の民間空母になる。我々は未確認生物のハントを専門とする企業。」
「民間の企業______まてまて…整理できない。情報が多すぎて」
「今考える必要はない。一先ず君は休んでくれ。」

 それだけ言って角田は動けない島田を置いて部屋をでていく。自動ドアが閉まり、誰もいなくなった部屋に孤立した島田は、混乱に声をあげて泣くしかできない。


 

 
 
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