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第11話 高貴なライバルと、揺るがない所有欲
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「……相沢?」
一条の声が、ロビーに響いた。
柱の陰に隠れていた私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。
見つかった。
逃げようとしていた足が、彼の鋭い視線に縫い止められる。
「こっちへ来い」
彼は短く命じた。
私は観念して、重い足取りで二人のもとへ歩み寄った。
近づくにつれて、着物の女性の圧倒的な「美」と「品格」が、私の劣等感を容赦なく刺激する。
彼女からは、高級な白檀のような、高貴な香りが漂っていた。
「あら。こちらの従業員の方が、どうかしまして?」
女性は優雅に微笑み、私を一瞥した。
その目は、路傍の石を見るように冷ややかで、私を「対等な人間」とは認識していないようだった。
「従業員じゃない」
一条は私の腰に手を回し、強く引き寄せた。
そして、女性に見せつけるように、私の左手を持ち上げた。
「俺の婚約者だ」
薬指のダイヤモンドが、ロビーのシャンデリアを受けてギラリと光る。
女性の目が、初めて大きく見開かれた。
「……まあ」
彼女は扇子で口元を隠し、面白がるように目を細めた。
動揺するどころか、まるで悪戯が見つかった子供を見るような余裕。
「あなたが、噂の……。お名前は?」
「あ、相沢美月です……」
「そうですか。わたくしは鷹司(たかつかさ)彩華(あやか)と申します。蓮様とは、幼い頃から家ぐるみのお付き合いをさせていただいておりますの」
鷹司……。
その名字を聞いて、私は息を呑んだ。
旧華族の流れを汲む名家であり、現在は不動産王として知られる一族だ。
一条グループにとっても、最重要のビジネスパートナーだと聞いたことがある。
「お母様が嘆いてらっしゃいましたわ。『蓮がどこの馬の骨とも知れない女に入れ込んでいる』と」
彩華さんは、刺すような言葉を、鈴を転がすような声で紡いだ。
「遊びなら目を瞑りますけれど……一条の次期当主の妻が、庶民の出だなんて。伝統ある一条家の敷居を、泥足で跨ぐようなものですわよ?」
「……っ」
言葉が出なかった。
枕営業だと言われることより、ずっと深い場所を抉られた気がした。
生まれ、育ち、家柄。
私がいかに努力しても手に入らないものが、彼女には生まれつき備わっている。
私と一条の間には、決して越えられない壁があるのだと突きつけられた。
「彩華」
沈黙を破ったのは、低く、地を這うような一条の声だった。
彼は私の腰を抱く腕に力を込め、彩華さんを睨みつけた。
「俺の婚約者を侮辱することは許さん。……たとえ鷹司家の令嬢だろうと、次はないぞ」
「あら、怖い。……でも、蓮様」
彩華さんは一歩踏み出し、一条の胸に手を添えた。
その距離は、あまりにも近い。
「現実をご覧になって? あなたを一番理解し、支えられるのは誰か。……お母様も、わたくしとの縁談を望んでおいでですわ」
「断ったはずだ」
「ふふ、まだ諦めておりませんの。……それでは、また」
彼女は私に意味深な視線を残し、リムジンへと乗り込んでいった。
走り去る車を見送りながら、私は立ち尽くしていた。
「……美月」
一条が私の肩を掴み、自分の方へ向かせた。
「気にするな。あいつの言うことなど、戯言(ざれごと)だ」
「……でも、本当のことです」
私は俯いたまま、震える声で言った。
「私と社長じゃ、住む世界が違いすぎます。……あんな素敵な方が相手なら、お母様だって……」
「黙れ」
強い言葉と共に、顎を持ち上げられた。
強制的に視線を合わせられる。
彼の瞳は、怒っているように熱く、そして痛いくらいに真剣だった。
「家柄? 世間体? そんな退屈なものさしで、俺の隣に立つ人間を決めるな」
「一条……」
「俺が選んだのはお前だ。……他の誰でもない、お前だけだ」
彼は周囲の視線も構わず、ロビーの真ん中で私を抱きしめた。
サンダルウッドの香りが、私を包み込む。
その力強い温もりに、不安が少しだけ溶けていく。
「お前が泥足だと言うなら、俺も一緒に泥にまみれてやる。……だから、勝手に卑下して離れようとするな」
耳元での囁きは、命令であり、懇願のようにも聞こえた。
「帰るぞ。……今夜は、余計なことを考えられないくらい、可愛がってやる」
彼は私の手を引き、専用エレベーターへと向かった。
その背中は大きくて、頼もしくて。
けれど、私は知ってしまった。
彼の背負う「一条家」という重圧と、その母親というラスボスの存在を。
最強の盾である彼に守られながらも、私の心には、消えない黒い染みが広がっていた。
一条の声が、ロビーに響いた。
柱の陰に隠れていた私は、心臓が跳ね上がるのを感じた。
見つかった。
逃げようとしていた足が、彼の鋭い視線に縫い止められる。
「こっちへ来い」
彼は短く命じた。
私は観念して、重い足取りで二人のもとへ歩み寄った。
近づくにつれて、着物の女性の圧倒的な「美」と「品格」が、私の劣等感を容赦なく刺激する。
彼女からは、高級な白檀のような、高貴な香りが漂っていた。
「あら。こちらの従業員の方が、どうかしまして?」
女性は優雅に微笑み、私を一瞥した。
その目は、路傍の石を見るように冷ややかで、私を「対等な人間」とは認識していないようだった。
「従業員じゃない」
一条は私の腰に手を回し、強く引き寄せた。
そして、女性に見せつけるように、私の左手を持ち上げた。
「俺の婚約者だ」
薬指のダイヤモンドが、ロビーのシャンデリアを受けてギラリと光る。
女性の目が、初めて大きく見開かれた。
「……まあ」
彼女は扇子で口元を隠し、面白がるように目を細めた。
動揺するどころか、まるで悪戯が見つかった子供を見るような余裕。
「あなたが、噂の……。お名前は?」
「あ、相沢美月です……」
「そうですか。わたくしは鷹司(たかつかさ)彩華(あやか)と申します。蓮様とは、幼い頃から家ぐるみのお付き合いをさせていただいておりますの」
鷹司……。
その名字を聞いて、私は息を呑んだ。
旧華族の流れを汲む名家であり、現在は不動産王として知られる一族だ。
一条グループにとっても、最重要のビジネスパートナーだと聞いたことがある。
「お母様が嘆いてらっしゃいましたわ。『蓮がどこの馬の骨とも知れない女に入れ込んでいる』と」
彩華さんは、刺すような言葉を、鈴を転がすような声で紡いだ。
「遊びなら目を瞑りますけれど……一条の次期当主の妻が、庶民の出だなんて。伝統ある一条家の敷居を、泥足で跨ぐようなものですわよ?」
「……っ」
言葉が出なかった。
枕営業だと言われることより、ずっと深い場所を抉られた気がした。
生まれ、育ち、家柄。
私がいかに努力しても手に入らないものが、彼女には生まれつき備わっている。
私と一条の間には、決して越えられない壁があるのだと突きつけられた。
「彩華」
沈黙を破ったのは、低く、地を這うような一条の声だった。
彼は私の腰を抱く腕に力を込め、彩華さんを睨みつけた。
「俺の婚約者を侮辱することは許さん。……たとえ鷹司家の令嬢だろうと、次はないぞ」
「あら、怖い。……でも、蓮様」
彩華さんは一歩踏み出し、一条の胸に手を添えた。
その距離は、あまりにも近い。
「現実をご覧になって? あなたを一番理解し、支えられるのは誰か。……お母様も、わたくしとの縁談を望んでおいでですわ」
「断ったはずだ」
「ふふ、まだ諦めておりませんの。……それでは、また」
彼女は私に意味深な視線を残し、リムジンへと乗り込んでいった。
走り去る車を見送りながら、私は立ち尽くしていた。
「……美月」
一条が私の肩を掴み、自分の方へ向かせた。
「気にするな。あいつの言うことなど、戯言(ざれごと)だ」
「……でも、本当のことです」
私は俯いたまま、震える声で言った。
「私と社長じゃ、住む世界が違いすぎます。……あんな素敵な方が相手なら、お母様だって……」
「黙れ」
強い言葉と共に、顎を持ち上げられた。
強制的に視線を合わせられる。
彼の瞳は、怒っているように熱く、そして痛いくらいに真剣だった。
「家柄? 世間体? そんな退屈なものさしで、俺の隣に立つ人間を決めるな」
「一条……」
「俺が選んだのはお前だ。……他の誰でもない、お前だけだ」
彼は周囲の視線も構わず、ロビーの真ん中で私を抱きしめた。
サンダルウッドの香りが、私を包み込む。
その力強い温もりに、不安が少しだけ溶けていく。
「お前が泥足だと言うなら、俺も一緒に泥にまみれてやる。……だから、勝手に卑下して離れようとするな」
耳元での囁きは、命令であり、懇願のようにも聞こえた。
「帰るぞ。……今夜は、余計なことを考えられないくらい、可愛がってやる」
彼は私の手を引き、専用エレベーターへと向かった。
その背中は大きくて、頼もしくて。
けれど、私は知ってしまった。
彼の背負う「一条家」という重圧と、その母親というラスボスの存在を。
最強の盾である彼に守られながらも、私の心には、消えない黒い染みが広がっていた。
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