「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛

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第18話 50億円の理由と、臆病な王様

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蓮が新会社の設立手続きで電話に追われている間、私は彼が荷物の中に放り込んでいた、一冊の古いアルバムを開いた。

「これ……」

表紙には『High School Memories』と、几帳面な文字で書かれている。
高校時代のアルバムだろうか。
パラリ、とページをめくった瞬間、私の時間は止まった。

そこに貼られていたのは、蓮の写真ではなかった。

図書室の窓際で、居眠りをしている私。
体育祭の片付けで、一人で重いテントを運んでいる私。
放課後の教室で、悔しそうにテストの点数を見つめている私。

どれも、私自身さえ忘れていたような、高校時代の何気ない日常の断片。
盗撮と言えばそれまでかもしれない。
けれど、その写真の横に添えられた、彼の手書きのメモが、私の胸を締め付けた。

『今日は生徒会の雑用を押し付けられていた。……手伝ってやりたいが、俺が近づけば彼女が目立つ。我慢だ』
『雨の中、野良猫に傘を貸して濡れて帰っていた。……風邪を引かないか心配だ』
『あいつの笑顔は、どうしてこんなに俺を焦らせるんだろう』

ページをめくるたび、溢れ出してくるのは「狂気」ではなく、痛いほどの「純愛」と「葛藤」だった。
彼は10年間、ずっと私を見ていた。
私が優斗と付き合い始めた時も、婚約した時も。
どんな思いで、遠くから見ていたのだろう。

「……見たのか」

不意に、背後から声がした。
振り返ると、通話を終えた蓮が、バツの悪そうな顔で立っていた。
耳まで真っ赤だ。

「蓮……これ、どういうこと?」

私は震える声で尋ねた。
聞きたいことは山ほどある。でも、一番聞きたいことは一つだけ。

「どうして……声をかけてくれなかったの? こんなに見ていてくれたのに、どうして10年間、一度も……」

もし彼がもっと早く現れてくれていたら、私は優斗に傷つけられることもなかったかもしれない。
責めるつもりはないけれど、疑問が涙となって溢れ出す。

蓮はため息をつき、私の隣に座った。
そして、アルバムの中の「私」を、愛おしそうに指でなぞった。

「……怖かったんだ」

「え?」

「高校時代の俺には、力がなかった。『一条家の跡取り』という肩書き以外、何も持たないガキだった」

彼は自嘲気味に笑った。

「母上の性格は知っているだろう? もし、力のない俺がお前に近づけば……母上は全力でお前を排除しにかかったはずだ。俺への当てつけにな」

今回の騒動のように。いや、もっと酷いやり方で。
彼はそれを予見していたのだ。

「お前を守るためには、一条家の力に頼らない、俺自身の『城』が必要だった。母上が手出しできないほどの、圧倒的な財力と力が」

彼は、私が持っていたアルバムを閉じ、私の目を真っ直ぐに見つめた。

「だから、計算したんだ。一条家と縁を切って、お前を一生守り抜くために必要な金額を。……それが50億だった」

「っ……!」

心臓が止まるかと思った。
第17話で彼が言っていた「へそくり」。
あれは、単なるビジネスの成功報酬じゃなかった。
私を「買う」ための、いや、私を「自由にする」ためだけの、10年がかりの身代金だったのだ。

「投資を勉強し、海外の不動産を回し、夜も寝ずに資金を作った。……すべては、いつかお前を迎えに行く日のために」

「そんな……バカだよ……」

涙が止まらなかった。
私のために? たった一人の女のために、この人は10年という青春のすべてを捧げたの?
優斗が浮気だの何だのと遊んでいた間、彼はたった一人で、見えない敵と戦い続けていたなんて。

「ああ、バカだ。……もっと早く迎えに行きたかった。お前が泣いているのを見るたび、何度駆け寄ろうとしたか」

彼は私の涙を親指で拭い、苦しげに顔を歪めた。

「だが、俺は臆病な王様だ。完璧な城ができるまで、お前を危険に晒せなかった。……待たせてすまない、美月」

「謝らないで……っ! 謝るのは私の方よ……!」

私は彼に抱きついた。
10年分の愛の重さが、私の身体を押しつぶしそうなくらいに温かい。
「君はいらない」と捨てられた私を、彼は50億の価値がある宝石として、ずっと磨き続けてくれていたのだ。

「愛してる、蓮。……もう絶対に離れない」

「ああ。もう離さない。……城は完成した。これからは、誰に遠慮することなく、堂々とお前を愛せる」

彼は私を強く抱きしめ返した。
その力強さは、もう迷いのある少年のものではなく、愛する女を守り抜く覚悟を決めた、一人の男のものだった。

二人の想いがようやく完全に重なった夜。
窓の外では、新たな戦いの狼煙が上がっていた。
一条百合子会長率いる巨大企業と、蓮が率いる新興勢力。
「国盗り合戦」の幕開けだ。

けれど、今の私には何の不安もなかった。
だって、私の隣には、世界一情熱的で、世界一臆病で優しい「私の王様」がいるのだから。
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