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第20話 消えた婚約者と、狂える王様
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新会社「株式会社REN」の設立から三日。
雑居ビルのオフィスは、戦場のような忙しさと、文化祭前夜のような熱気に包まれていた。
「社長! 取引先A社から『一条グループとの契約を切って、御社と契約したい』と連絡が入りました!」
「開発チーム、システムの移行完了しました! 明日から稼働できます!」
蓮はパイプ椅子に座り、ひっきりなしに鳴る電話を片手に、的確な指示を飛ばしている。
その横顔は生き生きとしていて、大理石の社長室にいた頃よりもずっと輝いて見えた。
「……美月。コーヒー、頼めるか?」
「はい、ただいま!」
私は給湯室(といっても、流し台があるだけのスペースだが)でコーヒーを淹れ、蓮のデスクへ運んだ。
蓮はカップを受け取ると、私の指先にそっと口付けた。
「すまないな。プランナーのお前に、雑用ばかりさせて」
「ううん。私、今が一番楽しいよ。……みんなで何かを作り上げてるって感じがして」
「そうか。……軌道に乗ったら、すぐにブライダル事業部も立ち上げる。お前はそのトップだ」
「気が早いなぁ」
笑い合う私たち。
幸せだった。
お金がなくても、未来が見えなくても、彼がいれば何も怖くなかった。
その日の夕方。
私は買い出しのために、近くのスーパーへ向かった。
夕食の食材と、夜食用の差し入れを買うためだ。
「今日はハンバーグにしようかな。蓮、好きだし」
スーパーを出て、薄暗くなった路地を歩いていた時だった。
背後から、急ブレーキの音が聞こえた。
「……ッ!?」
振り返る間もなかった。
横付けされた黒いバンから、屈強な男たちが飛び出してくる。
「な、何!? 誰……きゃあぁぁっ!!」
口を布で塞がれ、身体が宙に浮く。
甘い薬品の匂い。クロロホルムだ。
意識が遠のく中、私は地面に転がった買い物袋から、オレンジが転がり落ちていくのをぼんやりと見ていた。
(蓮……助け……て……)
視界が暗転する直前、男たちの胸元に、見覚えのある「一条家の家紋」のピンバッジが光っているのが見えた。
「……遅いな」
オフィスで時計を見上げ、蓮は眉を寄せた。
美月が買い出しに出てから、一時間が経過している。
近くのスーパーまでは往復でも二十分。
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
「……おい、誰か美月を見たか?」
社員たちが顔を見合わせ、首を横に振る。
蓮はスマホを取り出し、美月に発信した。
コール音は鳴らない。電源が切られている。
「クソッ……!」
蓮は椅子を蹴り倒し、オフィスを飛び出した。
GPS機能。
彼は以前、美月のスマホに防犯アプリを入れておいた。
アプリを起動すると、信号が途絶えた場所が表示される。
オフィスのすぐ裏の路地だ。
現場に到着した蓮の目に飛び込んできたのは、無惨に散乱した食材と、片方だけ落ちている美月の靴だった。
「み、美月……!!」
蓮は靴を拾い上げ、震える手で握りしめた。
地面にはタイヤの痕。
そして、その痕跡の特殊なパターンを見て、蓮の瞳が凍りついた。
一条家の私設警備隊が使用している車両と同じだ。
「……やりやがったな」
ブチリ、と理性の切れる音がした。
蓮の全身から、どす黒い殺気が噴き出す。
彼は震える手でスマホを取り出し、母親・百合子へ電話をかけた。
『あら、蓮。やっと電話を……』
「どこだ」
『……なんのことかしら?』
「とぼけるな!! 美月をどこへやった!!」
蓮の咆哮が、夜の路地裏に響き渡った。
電話の向こうで、百合子が冷たく笑う気配がした。
『……あの子は預かっているわ。少し頭を冷やしてもらうためにね』
「ふざけるな……! 指一本でも触れてみろ、あんたを殺して俺も死ぬぞ!」
『野蛮な子ね。……条件は分かっているでしょう? 新会社を解散し、戻ってきなさい。そして、あの子とは二度と会わないと誓いなさい』
「断る」
即答だった。
「取引はしない。……俺の手で奪い返す」
『愚かな……。一条家の隠れ家がいくつあると思っているの? 警察も動かせない場所よ? あなた一人に何ができるというの』
「俺を誰だと思ってる。……『一条蓮』だぞ」
蓮は電話を切り、その場に立ち尽くした。
絶望ではない。
彼の瞳に宿っているのは、修羅の炎だった。
彼は「裏の事業」で培った人脈――ハッカー、探偵、そして裏社会の顔役たちが入った「緊急連絡先」のリストを開いた。
50億の資金は、美月との生活費のためだけではない。
こういう時のために、「力」を買うためのものでもあったのだ。
「……総動員だ。金ならいくらでも払う」
蓮は闇に向かって呟いた。
「日本中をひっくり返してでも見つけ出せ。……俺の女を攫った代償を、骨の髄まで後悔させてやる」
魔王が、完全に覚醒した。
なりふり構わぬ王様の、狂気じみた奪還作戦が幕を開ける。
雑居ビルのオフィスは、戦場のような忙しさと、文化祭前夜のような熱気に包まれていた。
「社長! 取引先A社から『一条グループとの契約を切って、御社と契約したい』と連絡が入りました!」
「開発チーム、システムの移行完了しました! 明日から稼働できます!」
蓮はパイプ椅子に座り、ひっきりなしに鳴る電話を片手に、的確な指示を飛ばしている。
その横顔は生き生きとしていて、大理石の社長室にいた頃よりもずっと輝いて見えた。
「……美月。コーヒー、頼めるか?」
「はい、ただいま!」
私は給湯室(といっても、流し台があるだけのスペースだが)でコーヒーを淹れ、蓮のデスクへ運んだ。
蓮はカップを受け取ると、私の指先にそっと口付けた。
「すまないな。プランナーのお前に、雑用ばかりさせて」
「ううん。私、今が一番楽しいよ。……みんなで何かを作り上げてるって感じがして」
「そうか。……軌道に乗ったら、すぐにブライダル事業部も立ち上げる。お前はそのトップだ」
「気が早いなぁ」
笑い合う私たち。
幸せだった。
お金がなくても、未来が見えなくても、彼がいれば何も怖くなかった。
その日の夕方。
私は買い出しのために、近くのスーパーへ向かった。
夕食の食材と、夜食用の差し入れを買うためだ。
「今日はハンバーグにしようかな。蓮、好きだし」
スーパーを出て、薄暗くなった路地を歩いていた時だった。
背後から、急ブレーキの音が聞こえた。
「……ッ!?」
振り返る間もなかった。
横付けされた黒いバンから、屈強な男たちが飛び出してくる。
「な、何!? 誰……きゃあぁぁっ!!」
口を布で塞がれ、身体が宙に浮く。
甘い薬品の匂い。クロロホルムだ。
意識が遠のく中、私は地面に転がった買い物袋から、オレンジが転がり落ちていくのをぼんやりと見ていた。
(蓮……助け……て……)
視界が暗転する直前、男たちの胸元に、見覚えのある「一条家の家紋」のピンバッジが光っているのが見えた。
「……遅いな」
オフィスで時計を見上げ、蓮は眉を寄せた。
美月が買い出しに出てから、一時間が経過している。
近くのスーパーまでは往復でも二十分。
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
「……おい、誰か美月を見たか?」
社員たちが顔を見合わせ、首を横に振る。
蓮はスマホを取り出し、美月に発信した。
コール音は鳴らない。電源が切られている。
「クソッ……!」
蓮は椅子を蹴り倒し、オフィスを飛び出した。
GPS機能。
彼は以前、美月のスマホに防犯アプリを入れておいた。
アプリを起動すると、信号が途絶えた場所が表示される。
オフィスのすぐ裏の路地だ。
現場に到着した蓮の目に飛び込んできたのは、無惨に散乱した食材と、片方だけ落ちている美月の靴だった。
「み、美月……!!」
蓮は靴を拾い上げ、震える手で握りしめた。
地面にはタイヤの痕。
そして、その痕跡の特殊なパターンを見て、蓮の瞳が凍りついた。
一条家の私設警備隊が使用している車両と同じだ。
「……やりやがったな」
ブチリ、と理性の切れる音がした。
蓮の全身から、どす黒い殺気が噴き出す。
彼は震える手でスマホを取り出し、母親・百合子へ電話をかけた。
『あら、蓮。やっと電話を……』
「どこだ」
『……なんのことかしら?』
「とぼけるな!! 美月をどこへやった!!」
蓮の咆哮が、夜の路地裏に響き渡った。
電話の向こうで、百合子が冷たく笑う気配がした。
『……あの子は預かっているわ。少し頭を冷やしてもらうためにね』
「ふざけるな……! 指一本でも触れてみろ、あんたを殺して俺も死ぬぞ!」
『野蛮な子ね。……条件は分かっているでしょう? 新会社を解散し、戻ってきなさい。そして、あの子とは二度と会わないと誓いなさい』
「断る」
即答だった。
「取引はしない。……俺の手で奪い返す」
『愚かな……。一条家の隠れ家がいくつあると思っているの? 警察も動かせない場所よ? あなた一人に何ができるというの』
「俺を誰だと思ってる。……『一条蓮』だぞ」
蓮は電話を切り、その場に立ち尽くした。
絶望ではない。
彼の瞳に宿っているのは、修羅の炎だった。
彼は「裏の事業」で培った人脈――ハッカー、探偵、そして裏社会の顔役たちが入った「緊急連絡先」のリストを開いた。
50億の資金は、美月との生活費のためだけではない。
こういう時のために、「力」を買うためのものでもあったのだ。
「……総動員だ。金ならいくらでも払う」
蓮は闇に向かって呟いた。
「日本中をひっくり返してでも見つけ出せ。……俺の女を攫った代償を、骨の髄まで後悔させてやる」
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