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第22話 プロの仕事と、泥足の抵抗
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窓の外は漆黒の闇に包まれている。
私は鉄格子の隙間から、木々が風に揺れる音を聞いていた。
ここが奥多摩の山中だとしたら、人家までは数キロはあるだろう。
大声を出しても誰にも届かない。
「……負けない」
私は震える手で、ディナーの皿に乗っていたシルバーのナイフをナプキンで包み、スカートのポケットに隠した。
ただのテーブルナイフだ。人を傷つける威力なんてない。
けれど、これは「私は屈しない」という意思表示だ。
もし誰かが無理やり入ってこようとしたら、最後の一線だけは自分で守る。
ガチャリ。
またドアが開く音がした。
身構える私の前に現れたのは、先ほどの家政婦ではなく、見知らぬ大柄な男だった。
耳にはインカム、腰には警棒。明らかに「堅気」ではない。
「おい。大人しくしてるか確認しに来た」
男は下卑た笑みを浮かべ、部屋の中を見渡した。
「へえ。さすが社長が選んだ女だ。いいツラ構えをしてるじゃねえか」
「……出て行って」
「つれないこと言うなよ。……なあ、どうせ社長は助けに来ねえよ。ここがどこかも分かってねえはずだ」
男が一歩、また一歩と近づいてくる。
私はポケットのナイフを強く握りしめた。
恐怖で足が竦む。でも、ここで引いたら終わりだ。
「近づかないで! ……私に指一本でも触れたら、蓮があなたを地獄の果てまで追い詰めるわよ!」
「ハッ! 無一文のガキに何ができるってんだよ!」
男が手を伸ばしてきた、その瞬間だった。
ズドンッ!!!
遠くで、腹に響くような爆音が轟いた。
部屋の電気がフッと消え、非常灯の赤い明かりだけになる。
「な、なんだ!?」
男が慌ててインカムに手を当てる。
「おい! どうした! 応答しろ!」
インカムからは、ザーザーというノイズしか聞こえない。
男の顔色が変わる。
「……停電か? まさか……」
同時刻。山荘の正門前。
一条家の警備員たちが狼狽えていた。
変電設備が突然爆発し、外部との連絡網も遮断されたからだ。
「おい、状況を確認しろ! 警察か!?」
「いえ、携帯も圏外になってます! ジャミングです!」
パニックになる彼らの前に、暗闇の中から数台の黒い車両が音もなく滑り込んできた。
ヘッドライトが一斉に点灯し、警備員たちの目をくらませる。
降りてきたのは、黒い戦闘服に身を包んだ集団。
民間軍事会社(PMC)の傭兵たちだ。
彼らは無駄のない動きで、警備員たちを次々と制圧していく。
発砲音はない。スタンガンと麻酔弾による、静かで的確な「掃除」だ。
その中央を、一人の男が悠然と歩いてくる。
オーダーメイドのスーツに、革靴。
戦場には似つかわしくないその男――一条蓮は、倒れ伏す警備員を一瞥もしなかった。
「……手ぬるいな」
蓮は傭兵の隊長に声をかけた。
「3分だ。それ以上は時間をかけるな」
「了解(ラジャー)。……しかしボス、本当にいいんですかい? ここ、ご実家の別荘なんでしょ?」
「構わん。ドアも壁も、邪魔なものは全て破壊しろ。……修理費なら、後でいくらでも払ってやる」
蓮は冷酷に言い放った。
彼の目的は施設の保全ではない。最速での奪還だ。
「第1班、突入! 第2班は逃走経路を封鎖しろ!」
隊長の号令と共に、傭兵たちが山荘の入り口を爆破し、雪崩れ込んでいく。
蓮はその背中を追いながら、スマホの画面を見ていた。
GPSの信号は、2階の奥を示している。
「待ってろ、美月。……今行く」
山荘の中は、怒号と悲鳴が飛び交う戦場と化していた。
けれど、蓮の耳にはそれらの雑音は届かない。
ただ一つ、愛する女の心臓の音だけを求めて、彼は階段を駆け上がった。
部屋の中の男は、外の騒ぎに完全に怯えていた。
「くそっ、何が起きてんだ! テロか!?」
男は私の方を振り返り、腰の警棒を抜いた。
「おい! 立て! お前を人質にして……」
彼が私に掴みかかろうとした時、私は迷わずポケットからナイフを抜き、彼の手に突き立てた。
「っ……!!」
「触るなって言ったでしょ!!」
「このアマッ……!」
男が逆上して警棒を振り上げた。
私は目を閉じて身を縮こまらせた。
ドォォォンッ!!
部屋のドアが、蝶番ごと吹き飛んだ。
爆風と煙が部屋に流れ込む。
男が吹き飛ばされ、壁に激突する。
煙の向こうから、逆光を浴びて一人の影が現れた。
埃まみれのスーツ。乱れた髪。
けれど、その瞳だけが、暗闇の中で猛獣のように光っていた。
「……蓮」
私の声が届いたのか、影がピタリと止まった。
彼は私を見ると、安堵と、それ以上の激情で顔を歪めた。
「美月……ッ!」
彼は倒れている男を完全に無視し、私のもとへ駆け寄ってきた。
そして、ナイフを握りしめて震える私を、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
「遅くなってすまない。……怖かっただろう」
彼の匂い。体温。
張り詰めていた糸がプツリと切れ、私は彼にしがみついて泣き崩れた。
「蓮……! 蓮……っ!」
「ああ、俺だ。もう大丈夫だ。……よく耐えた」
彼は私の背中を撫でながら、壁際で呻いている男に冷たい視線を向けた。
「……おい」
地を這うような低い声。
男がヒッと悲鳴を上げて後ずさる。
「俺の女に、何を使用とした?」
蓮がゆっくりと立ち上がる。
その背後には、いつの間にか銃を構えた傭兵たちが控えていた。
けれど、一番怖いのは銃ではない。
この、静かに激怒している「王様」だ。
「お前には、死ぬよりも辛い『社会的制裁』と『賠償』を用意してやる。……覚悟しておけ」
救出劇は終わった。
けれど、蓮の復讐はこれで終わりではない。
この誘拐劇を首謀した「真の黒幕」――百合子会長への、最後にして最大の「倍返し」が始まるのだ。
私は鉄格子の隙間から、木々が風に揺れる音を聞いていた。
ここが奥多摩の山中だとしたら、人家までは数キロはあるだろう。
大声を出しても誰にも届かない。
「……負けない」
私は震える手で、ディナーの皿に乗っていたシルバーのナイフをナプキンで包み、スカートのポケットに隠した。
ただのテーブルナイフだ。人を傷つける威力なんてない。
けれど、これは「私は屈しない」という意思表示だ。
もし誰かが無理やり入ってこようとしたら、最後の一線だけは自分で守る。
ガチャリ。
またドアが開く音がした。
身構える私の前に現れたのは、先ほどの家政婦ではなく、見知らぬ大柄な男だった。
耳にはインカム、腰には警棒。明らかに「堅気」ではない。
「おい。大人しくしてるか確認しに来た」
男は下卑た笑みを浮かべ、部屋の中を見渡した。
「へえ。さすが社長が選んだ女だ。いいツラ構えをしてるじゃねえか」
「……出て行って」
「つれないこと言うなよ。……なあ、どうせ社長は助けに来ねえよ。ここがどこかも分かってねえはずだ」
男が一歩、また一歩と近づいてくる。
私はポケットのナイフを強く握りしめた。
恐怖で足が竦む。でも、ここで引いたら終わりだ。
「近づかないで! ……私に指一本でも触れたら、蓮があなたを地獄の果てまで追い詰めるわよ!」
「ハッ! 無一文のガキに何ができるってんだよ!」
男が手を伸ばしてきた、その瞬間だった。
ズドンッ!!!
遠くで、腹に響くような爆音が轟いた。
部屋の電気がフッと消え、非常灯の赤い明かりだけになる。
「な、なんだ!?」
男が慌ててインカムに手を当てる。
「おい! どうした! 応答しろ!」
インカムからは、ザーザーというノイズしか聞こえない。
男の顔色が変わる。
「……停電か? まさか……」
同時刻。山荘の正門前。
一条家の警備員たちが狼狽えていた。
変電設備が突然爆発し、外部との連絡網も遮断されたからだ。
「おい、状況を確認しろ! 警察か!?」
「いえ、携帯も圏外になってます! ジャミングです!」
パニックになる彼らの前に、暗闇の中から数台の黒い車両が音もなく滑り込んできた。
ヘッドライトが一斉に点灯し、警備員たちの目をくらませる。
降りてきたのは、黒い戦闘服に身を包んだ集団。
民間軍事会社(PMC)の傭兵たちだ。
彼らは無駄のない動きで、警備員たちを次々と制圧していく。
発砲音はない。スタンガンと麻酔弾による、静かで的確な「掃除」だ。
その中央を、一人の男が悠然と歩いてくる。
オーダーメイドのスーツに、革靴。
戦場には似つかわしくないその男――一条蓮は、倒れ伏す警備員を一瞥もしなかった。
「……手ぬるいな」
蓮は傭兵の隊長に声をかけた。
「3分だ。それ以上は時間をかけるな」
「了解(ラジャー)。……しかしボス、本当にいいんですかい? ここ、ご実家の別荘なんでしょ?」
「構わん。ドアも壁も、邪魔なものは全て破壊しろ。……修理費なら、後でいくらでも払ってやる」
蓮は冷酷に言い放った。
彼の目的は施設の保全ではない。最速での奪還だ。
「第1班、突入! 第2班は逃走経路を封鎖しろ!」
隊長の号令と共に、傭兵たちが山荘の入り口を爆破し、雪崩れ込んでいく。
蓮はその背中を追いながら、スマホの画面を見ていた。
GPSの信号は、2階の奥を示している。
「待ってろ、美月。……今行く」
山荘の中は、怒号と悲鳴が飛び交う戦場と化していた。
けれど、蓮の耳にはそれらの雑音は届かない。
ただ一つ、愛する女の心臓の音だけを求めて、彼は階段を駆け上がった。
部屋の中の男は、外の騒ぎに完全に怯えていた。
「くそっ、何が起きてんだ! テロか!?」
男は私の方を振り返り、腰の警棒を抜いた。
「おい! 立て! お前を人質にして……」
彼が私に掴みかかろうとした時、私は迷わずポケットからナイフを抜き、彼の手に突き立てた。
「っ……!!」
「触るなって言ったでしょ!!」
「このアマッ……!」
男が逆上して警棒を振り上げた。
私は目を閉じて身を縮こまらせた。
ドォォォンッ!!
部屋のドアが、蝶番ごと吹き飛んだ。
爆風と煙が部屋に流れ込む。
男が吹き飛ばされ、壁に激突する。
煙の向こうから、逆光を浴びて一人の影が現れた。
埃まみれのスーツ。乱れた髪。
けれど、その瞳だけが、暗闇の中で猛獣のように光っていた。
「……蓮」
私の声が届いたのか、影がピタリと止まった。
彼は私を見ると、安堵と、それ以上の激情で顔を歪めた。
「美月……ッ!」
彼は倒れている男を完全に無視し、私のもとへ駆け寄ってきた。
そして、ナイフを握りしめて震える私を、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
「遅くなってすまない。……怖かっただろう」
彼の匂い。体温。
張り詰めていた糸がプツリと切れ、私は彼にしがみついて泣き崩れた。
「蓮……! 蓮……っ!」
「ああ、俺だ。もう大丈夫だ。……よく耐えた」
彼は私の背中を撫でながら、壁際で呻いている男に冷たい視線を向けた。
「……おい」
地を這うような低い声。
男がヒッと悲鳴を上げて後ずさる。
「俺の女に、何を使用とした?」
蓮がゆっくりと立ち上がる。
その背後には、いつの間にか銃を構えた傭兵たちが控えていた。
けれど、一番怖いのは銃ではない。
この、静かに激怒している「王様」だ。
「お前には、死ぬよりも辛い『社会的制裁』と『賠償』を用意してやる。……覚悟しておけ」
救出劇は終わった。
けれど、蓮の復讐はこれで終わりではない。
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