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第13話 膝上の軍議、崩壊する故郷
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「……それで? 我が軍の国境付近の動きはどうなっている」
重苦しい空気が漂う、帝国の軍議室。
巨大な戦略地図が広げられたテーブルを囲み、歴戦の将軍たちが冷や汗を流して直立している。
その視線の先、上座に座るディルク様は、鋭い眼光で戦況報告を聞いていた。
……ただし。
その膝の上には、私がちょこんと座らされていた。
「あ、あの……ディルク様。やはり私は、部屋に戻った方が……」
「ならん」
私が小声で提案すると、彼は私の腰を抱く腕に力を込めた。
耳元で、甘い声が降ってくる。
「この地図を見ろ。俺が指差すと、紙が腐って穴が空く。……お前の指が必要なんだ」
「指示棒を使えばいいのでは……?」
「指示棒も俺が握ると腐る」
完璧な論理(言い訳)だった。
私は「人間の指示棒」兼「精神安定剤」として、強面の将軍たちの前で晒し者にされていた。
将軍たちは、「陛下の膝上に女が!?」という驚愕と、「でもあの女がいないと陛下が暴走して俺たちが死ぬ」という安堵の間で揺れ動いているようだ。
「報告を続けろ」
「は、はいッ!」
情報将校が進み出て、一枚の報告書を読み上げ始めた。
その内容を聞いた瞬間、私は息を飲んだ。
「――隣国、オステル王国より緊急報告。……『聖女リリアナ』の処刑未遂および追放直後より、国境を覆っていた『聖なる結界』が完全に消滅いたしました」
「……え?」
私の口から、間の抜けた声が漏れた。
結界が、消えた?
「現在、オステル王国内には、北の山脈より魔獣の大群が侵攻中。辺境の砦はすでに壊滅。王都にも飛行型の魔獣が現れ、パニック状態となっております」
「なっ……」
血の気が引いた。
私が毎日祈りを捧げていた結界。
あれは、魔力のない私が気休めでやっていたことじゃなかったの?
本当に、私の力で維持されていたの?
「ほほう」
ディルク様は、愉快そうに口角を上げた。
彼は私の手を掴むと、地図上のオステル王国――私の故郷があった場所を、私の指ごしになぞった。
「見ろ、リリアナ。お前を『無能』と呼んで捨てた国が、お前がいなくなった瞬間にこのザマだ」
「で、でも、どうして……? 私は魔力がゼロなのに……」
「逆だ」
彼は私の耳元で、謎解きをするように囁いた。
「お前の『虚無』の体質が、国中に漂う魔獣の瘴気を、無意識のうちに吸収し、無効化していたんだ。……お前自身が、生きた『空気清浄機』であり、最強の結界だったんだよ」
「私が……結界……?」
「奴らはそれに気づかず、空気清浄機のコンセントを自ら抜いて捨てた。……部屋の中が毒ガスで充満するのは当然の報いだ」
ディルク様の声は、残酷なほど楽しげだった。
「報告によると、オステル王太子カインは『魔女リリアナが去り際に呪いをかけた!』と叫び回り、国民の不安を煽っているそうです」
「ククッ、救いようのない馬鹿だな」
ディルク様は嘲笑うと、将軍たちに冷酷な命令を下した。
「静観せよ」
「はっ? 救援などは……」
「必要ない。自滅するのを待て。魔獣に食い荒らされ、国が更地になった頃に、俺たちが悠々と領土を貰い受ける」
彼は私の髪にキスを落とし、甘く囁いた。
「リリアナを傷つけた罪だ。魔獣の餌になって償わせてやればいい」
「……っ」
私は震えた。
故郷が襲われている。人々が逃げ惑っている。
かつて守ろうとした国。でも、私を石で打ち、殺そうとした人々。
助けたいという気持ちと、自業自得だという冷めた感情が入り混じる。
「……心が痛むか? 優しいな、お前は」
私の揺れる瞳を見て、ディルク様は優しく頬を撫でた。
「だが、戻ることは許さんぞ。お前が戻れば、奴らはまたお前を『便利な道具』として使い潰すだけだ」
彼の言う通りだ。
もし今戻れば、私はまた地下牢に繋がれ、死ぬまで結界の維持を強制されるだろう。
「お前はここで、俺の膝の上で、ただ笑っていればいい」
彼は私を強く抱きしめ、将軍たちに見せつけるように宣言した。
「この娘は、一国よりも価値がある。……オステル王国が滅びようと、リリアナの指一本にも代えられん」
その言葉に、将軍たちが一斉に平伏した。
私は理解した。
この人は、私のために国を一つ滅ぼすことに、何のためらいも持っていないのだと。
「さて、軍議は終わりだ」
ディルク様は立ち上がった。もちろん、私を抱えたままだ。
「リリアナ、腹が減っただろう? ……それとも、俺を食べるか?」
彼は淫靡な視線を私に向けた。
軍議の緊張感から解放された彼は、完全に「溺愛モード」に戻っていた。
遠く離れた故郷では悲鳴が上がっているのに、ここには甘く、背徳的な安らぎしかない。
私は、その温もりに抗えず、彼の首に腕を回した。
重苦しい空気が漂う、帝国の軍議室。
巨大な戦略地図が広げられたテーブルを囲み、歴戦の将軍たちが冷や汗を流して直立している。
その視線の先、上座に座るディルク様は、鋭い眼光で戦況報告を聞いていた。
……ただし。
その膝の上には、私がちょこんと座らされていた。
「あ、あの……ディルク様。やはり私は、部屋に戻った方が……」
「ならん」
私が小声で提案すると、彼は私の腰を抱く腕に力を込めた。
耳元で、甘い声が降ってくる。
「この地図を見ろ。俺が指差すと、紙が腐って穴が空く。……お前の指が必要なんだ」
「指示棒を使えばいいのでは……?」
「指示棒も俺が握ると腐る」
完璧な論理(言い訳)だった。
私は「人間の指示棒」兼「精神安定剤」として、強面の将軍たちの前で晒し者にされていた。
将軍たちは、「陛下の膝上に女が!?」という驚愕と、「でもあの女がいないと陛下が暴走して俺たちが死ぬ」という安堵の間で揺れ動いているようだ。
「報告を続けろ」
「は、はいッ!」
情報将校が進み出て、一枚の報告書を読み上げ始めた。
その内容を聞いた瞬間、私は息を飲んだ。
「――隣国、オステル王国より緊急報告。……『聖女リリアナ』の処刑未遂および追放直後より、国境を覆っていた『聖なる結界』が完全に消滅いたしました」
「……え?」
私の口から、間の抜けた声が漏れた。
結界が、消えた?
「現在、オステル王国内には、北の山脈より魔獣の大群が侵攻中。辺境の砦はすでに壊滅。王都にも飛行型の魔獣が現れ、パニック状態となっております」
「なっ……」
血の気が引いた。
私が毎日祈りを捧げていた結界。
あれは、魔力のない私が気休めでやっていたことじゃなかったの?
本当に、私の力で維持されていたの?
「ほほう」
ディルク様は、愉快そうに口角を上げた。
彼は私の手を掴むと、地図上のオステル王国――私の故郷があった場所を、私の指ごしになぞった。
「見ろ、リリアナ。お前を『無能』と呼んで捨てた国が、お前がいなくなった瞬間にこのザマだ」
「で、でも、どうして……? 私は魔力がゼロなのに……」
「逆だ」
彼は私の耳元で、謎解きをするように囁いた。
「お前の『虚無』の体質が、国中に漂う魔獣の瘴気を、無意識のうちに吸収し、無効化していたんだ。……お前自身が、生きた『空気清浄機』であり、最強の結界だったんだよ」
「私が……結界……?」
「奴らはそれに気づかず、空気清浄機のコンセントを自ら抜いて捨てた。……部屋の中が毒ガスで充満するのは当然の報いだ」
ディルク様の声は、残酷なほど楽しげだった。
「報告によると、オステル王太子カインは『魔女リリアナが去り際に呪いをかけた!』と叫び回り、国民の不安を煽っているそうです」
「ククッ、救いようのない馬鹿だな」
ディルク様は嘲笑うと、将軍たちに冷酷な命令を下した。
「静観せよ」
「はっ? 救援などは……」
「必要ない。自滅するのを待て。魔獣に食い荒らされ、国が更地になった頃に、俺たちが悠々と領土を貰い受ける」
彼は私の髪にキスを落とし、甘く囁いた。
「リリアナを傷つけた罪だ。魔獣の餌になって償わせてやればいい」
「……っ」
私は震えた。
故郷が襲われている。人々が逃げ惑っている。
かつて守ろうとした国。でも、私を石で打ち、殺そうとした人々。
助けたいという気持ちと、自業自得だという冷めた感情が入り混じる。
「……心が痛むか? 優しいな、お前は」
私の揺れる瞳を見て、ディルク様は優しく頬を撫でた。
「だが、戻ることは許さんぞ。お前が戻れば、奴らはまたお前を『便利な道具』として使い潰すだけだ」
彼の言う通りだ。
もし今戻れば、私はまた地下牢に繋がれ、死ぬまで結界の維持を強制されるだろう。
「お前はここで、俺の膝の上で、ただ笑っていればいい」
彼は私を強く抱きしめ、将軍たちに見せつけるように宣言した。
「この娘は、一国よりも価値がある。……オステル王国が滅びようと、リリアナの指一本にも代えられん」
その言葉に、将軍たちが一斉に平伏した。
私は理解した。
この人は、私のために国を一つ滅ぼすことに、何のためらいも持っていないのだと。
「さて、軍議は終わりだ」
ディルク様は立ち上がった。もちろん、私を抱えたままだ。
「リリアナ、腹が減っただろう? ……それとも、俺を食べるか?」
彼は淫靡な視線を私に向けた。
軍議の緊張感から解放された彼は、完全に「溺愛モード」に戻っていた。
遠く離れた故郷では悲鳴が上がっているのに、ここには甘く、背徳的な安らぎしかない。
私は、その温もりに抗えず、彼の首に腕を回した。
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