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第2話 選別
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22時05分。パーラー・オアシスの裏手にあるゴミ集積場。
鼻をつく生ゴミの腐敗臭と、どこかの換気扇から漏れる油の匂い。ここが俺とあの女の約束の場所だ。
「……チッ、遅えな」
俺はサンダル履きの足でアスファルトを蹴った。
街灯は切れかけでチカチカと点滅している。こんな薄暗いゴミ捨て場で女を待っている自分に、さすがに惨めさを感じる。
パチンコ屋の裏口なんて、監視カメラだってあるかもしれない。もし誰かに見られたらどうする。
俺は周囲をキョロキョロと警戒し、パーカーのフードを深く被り直した。
カツ、カツ、カツ。
ヒールの音が響いた。
暗闇の中から、小鳩が現れる。制服姿のままだが、マスクを外している。愛くるしい顔立ちだが、その目は酷く冷たかった。
「……来たんですね。本当に」
彼女はゴミ袋の山に腰掛けるようにして、腕組みをして俺を見下ろした。
俺より頭一つ分小さいくせに、その態度はまるで女王のようだった。
「当たり前だろ。お前が来いって言ったんだろうが」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうに答えた。
内心では「いいこと」とやらに期待して心臓がバクバクしているが、それを悟られるのは癪だ。あくまで「呼び出されたから来てやった」というスタンスを崩さない。
「それで? 何なんだよ。金ならやらねえぞ」
「お金? ……ふふ、貴方ごときが何言ってるんですか」
小鳩は鼻で笑った。
「貴方、自分の匂い、分かってます? 汗と、安っぽい服と……何より、腐りきった性根の悪臭がプンプンするんですよ」
「あ?」
俺のこめかみがピクリと跳ねた。
「23歳にもなって、定職にも就かず、母親の財布から金を盗んでパチンコ三昧。貴方みたいなのをなんて言うか知ってます? 『寄生虫』ですよ」
「な……なんだと、テメェ!」
カッとなって俺は一歩踏み出した。
初対面の、しかも年下の女にここまで言われて黙っていられるか。
「何様のつもりだ! 客に向かってその口の利き方はなんだ! 店長呼ぶぞコラ!」
「お母さんがスーパーの立ち仕事で、汗水垂らして稼いだパート代ですよ? 足をパンパンにむくませて、客に頭を下げて稼いだお金。それを貴方は、数時間で鉄の玉に変えて溶かしてる」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
母さんのパート姿が脳裏をよぎる。確かに悪いとは思っている。だが、勝てば倍にして返すつもりだったんだ。
「うるせえ! お前に俺の何が分かるんだよ! 今はたまたま充電期間なだけだ!」
「言い訳ばかり。……悔しいですか? 惨めですか? 自分が誰からも必要とされていない、ただの産業廃棄物だって自覚があるから、そうやってすぐ怒鳴るんでしょう?」
「ふざけんな!」
俺は怒りに任せて彼女の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
だが、その手は空を切った。
バシッ!
乾いた音が響く。小鳩が俺の手を払い除けたのだ。その力は、華奢な見た目からは想像できないほど強かった。
「触らないで。汚らわしい」
彼女の冷徹な視線が、俺を射抜く。
「でも、その『怒り』だけは本物ですね」
「は……?」
小鳩はポケットから、スティック状の検査キットのようなものを取り出した。
そして、呆気にとられる俺の懐に一瞬で飛び込み、俺の腹部にその先端を押し当てた。
ピピッ、と電子音が鳴る。
「な、何しやがる!」
俺は慌てて飛び退いた。こいつ、頭がおかしいのか?
小鳩は液晶画面を確認すると、満足げに口角を上げた。
「……ストレス値、自己嫌悪濃度、共に基準値突破。予想以上ですね」
「なんの話だ!」
「合格です。……貴方は最高ランクの『苗床』になれそう」
「苗床……?」
彼女は俺の顔を見て、初めて艶然と微笑んだ。それは小動物の可愛らしさなど微塵もない、冷酷な捕食者の笑みだった。
「喜びなさい、寄生虫。貴方には、これから死ぬまで、私たち『女王』のために栄養分を捧げてもらいます。……社会のゴミにも、リサイクルの道が見つかってよかったですね?」
「お前、マジで何言って……」
その時、背後の闇から屈強な男たちが数人現れ、俺の退路を塞いだ。黒いスーツに身を包んだ男たちだ。
ヤバい。これは美人局とか、そういうレベルの話じゃない。
「連れて行って。……『抽出室』へ」
小鳩の冷たい命令が、夜のゴミ捨て場に響いた。
俺は抵抗する間もなく男たちに腕を掴まれ、地面に組み伏せられた。
アスファルトに頬を押し付けられながら、俺は見た。小鳩が俺を見下ろし、ゴミを見るような目で笑っているのを。
俺の「常識」が通用する世界は、ここで終わったのだ。
鼻をつく生ゴミの腐敗臭と、どこかの換気扇から漏れる油の匂い。ここが俺とあの女の約束の場所だ。
「……チッ、遅えな」
俺はサンダル履きの足でアスファルトを蹴った。
街灯は切れかけでチカチカと点滅している。こんな薄暗いゴミ捨て場で女を待っている自分に、さすがに惨めさを感じる。
パチンコ屋の裏口なんて、監視カメラだってあるかもしれない。もし誰かに見られたらどうする。
俺は周囲をキョロキョロと警戒し、パーカーのフードを深く被り直した。
カツ、カツ、カツ。
ヒールの音が響いた。
暗闇の中から、小鳩が現れる。制服姿のままだが、マスクを外している。愛くるしい顔立ちだが、その目は酷く冷たかった。
「……来たんですね。本当に」
彼女はゴミ袋の山に腰掛けるようにして、腕組みをして俺を見下ろした。
俺より頭一つ分小さいくせに、その態度はまるで女王のようだった。
「当たり前だろ。お前が来いって言ったんだろうが」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうに答えた。
内心では「いいこと」とやらに期待して心臓がバクバクしているが、それを悟られるのは癪だ。あくまで「呼び出されたから来てやった」というスタンスを崩さない。
「それで? 何なんだよ。金ならやらねえぞ」
「お金? ……ふふ、貴方ごときが何言ってるんですか」
小鳩は鼻で笑った。
「貴方、自分の匂い、分かってます? 汗と、安っぽい服と……何より、腐りきった性根の悪臭がプンプンするんですよ」
「あ?」
俺のこめかみがピクリと跳ねた。
「23歳にもなって、定職にも就かず、母親の財布から金を盗んでパチンコ三昧。貴方みたいなのをなんて言うか知ってます? 『寄生虫』ですよ」
「な……なんだと、テメェ!」
カッとなって俺は一歩踏み出した。
初対面の、しかも年下の女にここまで言われて黙っていられるか。
「何様のつもりだ! 客に向かってその口の利き方はなんだ! 店長呼ぶぞコラ!」
「お母さんがスーパーの立ち仕事で、汗水垂らして稼いだパート代ですよ? 足をパンパンにむくませて、客に頭を下げて稼いだお金。それを貴方は、数時間で鉄の玉に変えて溶かしてる」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
母さんのパート姿が脳裏をよぎる。確かに悪いとは思っている。だが、勝てば倍にして返すつもりだったんだ。
「うるせえ! お前に俺の何が分かるんだよ! 今はたまたま充電期間なだけだ!」
「言い訳ばかり。……悔しいですか? 惨めですか? 自分が誰からも必要とされていない、ただの産業廃棄物だって自覚があるから、そうやってすぐ怒鳴るんでしょう?」
「ふざけんな!」
俺は怒りに任せて彼女の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。
だが、その手は空を切った。
バシッ!
乾いた音が響く。小鳩が俺の手を払い除けたのだ。その力は、華奢な見た目からは想像できないほど強かった。
「触らないで。汚らわしい」
彼女の冷徹な視線が、俺を射抜く。
「でも、その『怒り』だけは本物ですね」
「は……?」
小鳩はポケットから、スティック状の検査キットのようなものを取り出した。
そして、呆気にとられる俺の懐に一瞬で飛び込み、俺の腹部にその先端を押し当てた。
ピピッ、と電子音が鳴る。
「な、何しやがる!」
俺は慌てて飛び退いた。こいつ、頭がおかしいのか?
小鳩は液晶画面を確認すると、満足げに口角を上げた。
「……ストレス値、自己嫌悪濃度、共に基準値突破。予想以上ですね」
「なんの話だ!」
「合格です。……貴方は最高ランクの『苗床』になれそう」
「苗床……?」
彼女は俺の顔を見て、初めて艶然と微笑んだ。それは小動物の可愛らしさなど微塵もない、冷酷な捕食者の笑みだった。
「喜びなさい、寄生虫。貴方には、これから死ぬまで、私たち『女王』のために栄養分を捧げてもらいます。……社会のゴミにも、リサイクルの道が見つかってよかったですね?」
「お前、マジで何言って……」
その時、背後の闇から屈強な男たちが数人現れ、俺の退路を塞いだ。黒いスーツに身を包んだ男たちだ。
ヤバい。これは美人局とか、そういうレベルの話じゃない。
「連れて行って。……『抽出室』へ」
小鳩の冷たい命令が、夜のゴミ捨て場に響いた。
俺は抵抗する間もなく男たちに腕を掴まれ、地面に組み伏せられた。
アスファルトに頬を押し付けられながら、俺は見た。小鳩が俺を見下ろし、ゴミを見るような目で笑っているのを。
俺の「常識」が通用する世界は、ここで終わったのだ。
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