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第5話 偽計
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白く塗り潰された独房の床を這いずりながら、俺は鉄扉の前で止まった。
冷たい金属の感触が、手のひらを通して伝わってくる。ドアノブはない。完全に電子制御されたロックシステムだ。隙間風ひとつ入らない密閉空間は、まるで巨大な冷蔵庫のようだった。
俺は壁に耳を押し当ててみたが、聞こえるのは空調の低い唸り音だけ。監視カメラの赤いランプが、天井の隅から俺を嘲笑うように点滅している。
「……クソが。マジで出られねえじゃねえか」
俺は悪態をつき、背中を扉に預けて座り込んだ。
脱獄なんてカッコいいことを考えてはみたが、現実は甘くない。俺はルパンでもボンドでもない。ただのパチンカスだ。武器もなければ、ハッキングの知識もない。あるのは、昨日酷使された股間の痛みと、腹の底から湧き上がるどうしようもない苛立ちだけだ。
だが、待てよ。
俺は自分の股間を無意識にさすりながら、昨夜の小鳩の言葉を反芻した。
『貴方の精液には、一回200万円の価値がある』
『貴方は特級の検体』
『壊れるまでは使い潰す』
つまり、奴らにとって俺は「金の卵を産むガチョウ」だ。死なれては困るし、壊れても困る。特に、あの小鳩という女は研究者だ。自分の実績になるであろう俺という「素材」に、並々ならぬ執着を見せていた。そこが唯一の、そして最大の弱点だ。
「……やるしかねえな」
俺は覚悟を決めると、這いつくばったままベッドの下に手を伸ばした。埃まみれの床を指で擦り、それを目の下に塗りつける。ひどい顔色のクマに見えるように。そして、昨夜の残りのプラスチック製のスプーンを、ベッドの金具の隙間に差し込んで強引にへし折った。鋭利に尖った破片をポケットに忍ばせる。
準備は整った。
俺はカメラの死角になる位置――ベッドと壁の隙間――に身を投げ出し、渾身の演技を開始した。
「ぐ、がぁぁぁッ……!! あ、ああっ!!」
静寂な部屋に、俺の絶叫が響き渡った。ただ叫ぶだけじゃない。喉が張り裂けんばかりの、切羽詰まった獣の咆哮だ。俺は体をエビのように折り曲げ、床をガンガンと拳で叩きつけた。
「痛ぇ……! 破裂するッ! おい、誰か! 死ぬッ、死んじまうよォォ!!」
数秒の沈黙。カメラがウィーンと首を振り、俺の姿を捉えようと動く。俺は白目を剥き、口端からだらりと涎を垂らして痙攣してみせた。パチンコで五万負けて、さらに帰りの電車賃すらないことに気づいた時の、あの「人生詰んだ」感覚を思い出せ。あれは演技じゃない、俺の魂の叫びだ。
『……408番。どうしました。騒ぐと電気ショックを与えますよ』
スピーカーから、無機質な男の声がした。監視員か。俺は構わず、さらに激しくのたうち回った。
「知るかよッ! 見ろよこれ……! 昨日の薬のせいだろ!? 玉が……玉が紫色になって膨れ上がってんだよッ! 熱い……焼けるッ! これ破裂したら、テメェら2000万の損害だぞッ!!」
具体的な金額を出す。これが一番効くはずだ。案の定、スピーカーの向こうでざわめく気配がした。男の声が誰かに報告している。「数値に異常はありませんが」「しかし本人は激痛を」「もし壊死でもしていたら」――微かに漏れる会話。
そして、決定的な鶴の一声が聞こえた。
『……開けなさい。私が診るわ』
小鳩だ。来た。エリート様のお出ましだ。俺は口元を歪めそうになるのを必死で堪え、さらに激しく床を転がった。
プシューッ。重厚な油圧音がして、鉄扉のロックが解除される。俺は薄目を開けて待ち構えた。コツ、コツ、コツ。ヒールの音が近づいてくる。入ってきたのは小鳩。そして背後には屈強な黒服の男が一人。スタンガンを手にしている。
ちっ、やっぱり護衛付きか。だが、小鳩の表情は焦燥に染まっている。彼女は俺のそばに駆け寄ると、膝をついて覗き込んだ。
「見せなさい! どこが変色しているの!? バイタルは正常だったはずよ!」
彼女の手が伸びてくる。俺は呻き声を上げながら、わざと黒服に背を向けるように身をよじった。小鳩の体が、俺と黒服の間に入る。射線が切れた。
今だ。
「……ここだよ、バカ女」
「え?」
俺の「痙攣」は、一瞬で「狩り」の動作へと変わった。床に伏せていた両腕がバネのように弾け、小鳩の白衣の襟と、細い手首を同時に掴み取る。
天地が逆転する。
俺は彼女の小さな体を強引に引き倒し、そのまま自分の体を覆いかぶせた。盾にするために。
「きゃぁっ!?」
「動くなッ!!」
俺は怒号と共に、ポケットに忍ばせていたプラスチック片――鋭く尖ったスプーンの柄――を、彼女の白い喉元に突きつけた。
「貴様ッ! 離れろ!」
黒服が反応してスタンガンを構える。だが、俺は小鳩の体を完全に盾にしていた。撃てば、この貴重な研究主任にも電流が流れる。
「撃ってみろよゴリラ! この女の喉が裂けるのと、お前がクビになるの、どっちが早いか試してみるか!?」
「う……ぐ、俊弘、さん……っ」
腕の中で小鳩がもがく。至近距離で嗅ぐ彼女の匂いは、相変わらず脳が溶けそうなほど甘かった。恐怖に引きつった顔もまた、ゾクゾクするほど愛らしい。
昨日の薬の影響か、それとも極限状態のせいか、俺の股間は皮肉にも硬く勃ち上がり、彼女の太ももに押し付けられていた。
「ひっ……!」
固い感触に気づいた小鳩が、短く悲鳴を上げる。
「おいおい、ビビってんじゃねえよ。俺はまだ何もしてねえぞ? ……それともなんだ、俺の『200万円』を直に味わいたくて震えてんのか?」
俺はわざと卑猥な言葉を耳元で囁き、プラスチックの切っ先を彼女の肌に食い込ませた。一筋の赤い血が滲む。痛みと恐怖、さらに男の暴力的な体温。彼女の呼吸が荒くなるのが分かった。
「おいゴリラ。銃を捨てて、無線機をこっちに蹴飛ばせ。……数える暇なんてやらねえぞ。今すぐだ!」
黒服は迷ったように視線を彷徨わせたが、小鳩の喉から流れる血を見て観念したようにスタンガンを床に置いた。俺はニヤリと笑った。パチンコで培ったのは金の失い方だけじゃない。ギリギリの状況での、相手の顔色の読み方だ。コイツらは、俺たちが思っている以上に「組織の序列」に縛られている。
「いい子だ。……さあ、小鳩ちゃん。案内してもらおうか。このクソ溜めの出口へ」
俺は小鳩を抱え上げるようにして立ち上がった。彼女の体は驚くほど軽く、そして熱かった。この女を人質に取ったのは正解だ。だが、同時に危険な賭けでもあった。俺の手の中で震えるこの「果実」を、今すぐにでも食い荒らしてやりたいという暴走しそうな衝動を、俺は必死に理性の檻に押し込めた。
脱出が先だ。楽しみは、その後でいい。
俺は怯える研究者を盾に、一歩、また一歩と、自由への廊下へと足を踏み出した。
冷たい金属の感触が、手のひらを通して伝わってくる。ドアノブはない。完全に電子制御されたロックシステムだ。隙間風ひとつ入らない密閉空間は、まるで巨大な冷蔵庫のようだった。
俺は壁に耳を押し当ててみたが、聞こえるのは空調の低い唸り音だけ。監視カメラの赤いランプが、天井の隅から俺を嘲笑うように点滅している。
「……クソが。マジで出られねえじゃねえか」
俺は悪態をつき、背中を扉に預けて座り込んだ。
脱獄なんてカッコいいことを考えてはみたが、現実は甘くない。俺はルパンでもボンドでもない。ただのパチンカスだ。武器もなければ、ハッキングの知識もない。あるのは、昨日酷使された股間の痛みと、腹の底から湧き上がるどうしようもない苛立ちだけだ。
だが、待てよ。
俺は自分の股間を無意識にさすりながら、昨夜の小鳩の言葉を反芻した。
『貴方の精液には、一回200万円の価値がある』
『貴方は特級の検体』
『壊れるまでは使い潰す』
つまり、奴らにとって俺は「金の卵を産むガチョウ」だ。死なれては困るし、壊れても困る。特に、あの小鳩という女は研究者だ。自分の実績になるであろう俺という「素材」に、並々ならぬ執着を見せていた。そこが唯一の、そして最大の弱点だ。
「……やるしかねえな」
俺は覚悟を決めると、這いつくばったままベッドの下に手を伸ばした。埃まみれの床を指で擦り、それを目の下に塗りつける。ひどい顔色のクマに見えるように。そして、昨夜の残りのプラスチック製のスプーンを、ベッドの金具の隙間に差し込んで強引にへし折った。鋭利に尖った破片をポケットに忍ばせる。
準備は整った。
俺はカメラの死角になる位置――ベッドと壁の隙間――に身を投げ出し、渾身の演技を開始した。
「ぐ、がぁぁぁッ……!! あ、ああっ!!」
静寂な部屋に、俺の絶叫が響き渡った。ただ叫ぶだけじゃない。喉が張り裂けんばかりの、切羽詰まった獣の咆哮だ。俺は体をエビのように折り曲げ、床をガンガンと拳で叩きつけた。
「痛ぇ……! 破裂するッ! おい、誰か! 死ぬッ、死んじまうよォォ!!」
数秒の沈黙。カメラがウィーンと首を振り、俺の姿を捉えようと動く。俺は白目を剥き、口端からだらりと涎を垂らして痙攣してみせた。パチンコで五万負けて、さらに帰りの電車賃すらないことに気づいた時の、あの「人生詰んだ」感覚を思い出せ。あれは演技じゃない、俺の魂の叫びだ。
『……408番。どうしました。騒ぐと電気ショックを与えますよ』
スピーカーから、無機質な男の声がした。監視員か。俺は構わず、さらに激しくのたうち回った。
「知るかよッ! 見ろよこれ……! 昨日の薬のせいだろ!? 玉が……玉が紫色になって膨れ上がってんだよッ! 熱い……焼けるッ! これ破裂したら、テメェら2000万の損害だぞッ!!」
具体的な金額を出す。これが一番効くはずだ。案の定、スピーカーの向こうでざわめく気配がした。男の声が誰かに報告している。「数値に異常はありませんが」「しかし本人は激痛を」「もし壊死でもしていたら」――微かに漏れる会話。
そして、決定的な鶴の一声が聞こえた。
『……開けなさい。私が診るわ』
小鳩だ。来た。エリート様のお出ましだ。俺は口元を歪めそうになるのを必死で堪え、さらに激しく床を転がった。
プシューッ。重厚な油圧音がして、鉄扉のロックが解除される。俺は薄目を開けて待ち構えた。コツ、コツ、コツ。ヒールの音が近づいてくる。入ってきたのは小鳩。そして背後には屈強な黒服の男が一人。スタンガンを手にしている。
ちっ、やっぱり護衛付きか。だが、小鳩の表情は焦燥に染まっている。彼女は俺のそばに駆け寄ると、膝をついて覗き込んだ。
「見せなさい! どこが変色しているの!? バイタルは正常だったはずよ!」
彼女の手が伸びてくる。俺は呻き声を上げながら、わざと黒服に背を向けるように身をよじった。小鳩の体が、俺と黒服の間に入る。射線が切れた。
今だ。
「……ここだよ、バカ女」
「え?」
俺の「痙攣」は、一瞬で「狩り」の動作へと変わった。床に伏せていた両腕がバネのように弾け、小鳩の白衣の襟と、細い手首を同時に掴み取る。
天地が逆転する。
俺は彼女の小さな体を強引に引き倒し、そのまま自分の体を覆いかぶせた。盾にするために。
「きゃぁっ!?」
「動くなッ!!」
俺は怒号と共に、ポケットに忍ばせていたプラスチック片――鋭く尖ったスプーンの柄――を、彼女の白い喉元に突きつけた。
「貴様ッ! 離れろ!」
黒服が反応してスタンガンを構える。だが、俺は小鳩の体を完全に盾にしていた。撃てば、この貴重な研究主任にも電流が流れる。
「撃ってみろよゴリラ! この女の喉が裂けるのと、お前がクビになるの、どっちが早いか試してみるか!?」
「う……ぐ、俊弘、さん……っ」
腕の中で小鳩がもがく。至近距離で嗅ぐ彼女の匂いは、相変わらず脳が溶けそうなほど甘かった。恐怖に引きつった顔もまた、ゾクゾクするほど愛らしい。
昨日の薬の影響か、それとも極限状態のせいか、俺の股間は皮肉にも硬く勃ち上がり、彼女の太ももに押し付けられていた。
「ひっ……!」
固い感触に気づいた小鳩が、短く悲鳴を上げる。
「おいおい、ビビってんじゃねえよ。俺はまだ何もしてねえぞ? ……それともなんだ、俺の『200万円』を直に味わいたくて震えてんのか?」
俺はわざと卑猥な言葉を耳元で囁き、プラスチックの切っ先を彼女の肌に食い込ませた。一筋の赤い血が滲む。痛みと恐怖、さらに男の暴力的な体温。彼女の呼吸が荒くなるのが分かった。
「おいゴリラ。銃を捨てて、無線機をこっちに蹴飛ばせ。……数える暇なんてやらねえぞ。今すぐだ!」
黒服は迷ったように視線を彷徨わせたが、小鳩の喉から流れる血を見て観念したようにスタンガンを床に置いた。俺はニヤリと笑った。パチンコで培ったのは金の失い方だけじゃない。ギリギリの状況での、相手の顔色の読み方だ。コイツらは、俺たちが思っている以上に「組織の序列」に縛られている。
「いい子だ。……さあ、小鳩ちゃん。案内してもらおうか。このクソ溜めの出口へ」
俺は小鳩を抱え上げるようにして立ち上がった。彼女の体は驚くほど軽く、そして熱かった。この女を人質に取ったのは正解だ。だが、同時に危険な賭けでもあった。俺の手の中で震えるこの「果実」を、今すぐにでも食い荒らしてやりたいという暴走しそうな衝動を、俺は必死に理性の檻に押し込めた。
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