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第9話 殺害
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目覚めは、最悪の感触と共に訪れた。
温かいベッド、シルクのシーツ。そこまでは昨日と同じだ。だが、鼻をつく鉄錆のような異臭と、右手にまとわりつく生温かい粘り気が、決定的な異常を告げていた。
「……ん、ぁ?」
重い瞼をこじ開ける。視界がぼやけている。昨夜盛られた薬の残響だろうか。
俺は隣で眠っているはずの小鳩に声をかけようとして、言葉を失った。
そこには、赤があった。
白いシーツを毒々しく染め上げる、鮮烈な赤。その中心で、小鳩が虚ろな目を開いたまま事切れていた。
喉元が無残に切り裂かれている。あの傲慢で、妖艶で、俺を飼い慣らそうとした「女王」は、今はただの肉塊となって沈黙していた。
「は……? おい、嘘だろ……?」
俺は飛び起きようとして、自分の右手に握られている「モノ」に気づいた。
果物ナイフだ。昨日、彼女がリンゴを剥くのに使っていた銀色のナイフ。それが、べっとりと血に濡れて俺の手の中にある。
「俺が……やったのか……?」
違う。記憶にない。俺はずっと泥のように眠っていたはずだ。
だが、状況証拠は完璧すぎた。密室。凶器。そして、被害者の血を浴びた俺。
誰かがハメたんだ。俺と、この女をまとめて処分するために。
「……ッ、ふざけんなよ!」
俺はナイフを放り投げ、小鳩の亡骸に手を伸ばした。脈はない。体温も下がり始めている。
その時、彼女の硬直した指が、何かを強く握りしめているのに気づいた。
俺は指をこじ開けた。中から出てきたのは、小さなUSBメモリと、血文字で書かれたメモ用紙だった。
『ユダ』
ユダ? 裏切り者ってことか? 誰が? 俺が? それとも彼女自身が?
混乱する頭を無理やり叩いて冷静さを取り戻す。パチンコで培った「負け戦の時の勘」が、警鐘を鳴らしている。
ここにいたら終わる。社会的に抹殺されるか、あるいは物理的に消されるかだ。
『緊急事態発生。エリアBの生体反応消失。警備班、至急突入せよ』
部屋のスピーカーから無機質なアナウンスが響いた。
猶予はない。俺は震える手でUSBメモリをポケットに突っ込み、小鳩の死体から白衣を剥ぎ取った。そして、彼女の首にかかっていたIDカードを引きちぎる。
「……悪く思うなよ、ご主人様。お前の飼い犬は、ここでお暇させてもらう」
俺は彼女の死顔に一度だけ手を合わせ、部屋の奥にある水槽の方へ走った。
昨夜、情事の最中に気づいていたのだ。水槽の裏側から、微かな風が吹き込んでいたことに。あそこにはメンテナンス用の通路があるはずだ。
ガシャーン!!
椅子を叩きつけ、強化ガラスを粉砕する。大量の水と熱帯魚が床にぶちまけられ、小鳩の鮮血と混ざり合う。
俺はその混沌の中を駆け抜け、壁のパネルを蹴破った。
予想通りだ。人が一人通れるだけの配管スペース。
背後でドアが爆破され、武装部隊が雪崩れ込んでくる音が聞こえた。
「確保しろ! 408番が主任を殺害したぞ!」
「射殺許可が出ている! 殺せ!」
怒号が飛び交う。
俺は暗いダクトの中を、泥ネズミのように這い進んだ。
恐怖はない。あるのは、煮えたぎるような怒りと、冷え冷えとした殺意だけだ。
誰が小鳩を殺した?
なぜ俺に罪を着せた?
『ユダ』とは誰だ?
俺はもう、ただのパチンカスでも、快楽に溺れる家畜でもない。
この巨大な「牧場」の謎を暴き、俺をハメた真犯人の喉笛を食いちぎるまで、地獄の底から追い続けてやる。
クズにはクズなりの、落とし前(ケジメ)のつけ方があるんだよ。
温かいベッド、シルクのシーツ。そこまでは昨日と同じだ。だが、鼻をつく鉄錆のような異臭と、右手にまとわりつく生温かい粘り気が、決定的な異常を告げていた。
「……ん、ぁ?」
重い瞼をこじ開ける。視界がぼやけている。昨夜盛られた薬の残響だろうか。
俺は隣で眠っているはずの小鳩に声をかけようとして、言葉を失った。
そこには、赤があった。
白いシーツを毒々しく染め上げる、鮮烈な赤。その中心で、小鳩が虚ろな目を開いたまま事切れていた。
喉元が無残に切り裂かれている。あの傲慢で、妖艶で、俺を飼い慣らそうとした「女王」は、今はただの肉塊となって沈黙していた。
「は……? おい、嘘だろ……?」
俺は飛び起きようとして、自分の右手に握られている「モノ」に気づいた。
果物ナイフだ。昨日、彼女がリンゴを剥くのに使っていた銀色のナイフ。それが、べっとりと血に濡れて俺の手の中にある。
「俺が……やったのか……?」
違う。記憶にない。俺はずっと泥のように眠っていたはずだ。
だが、状況証拠は完璧すぎた。密室。凶器。そして、被害者の血を浴びた俺。
誰かがハメたんだ。俺と、この女をまとめて処分するために。
「……ッ、ふざけんなよ!」
俺はナイフを放り投げ、小鳩の亡骸に手を伸ばした。脈はない。体温も下がり始めている。
その時、彼女の硬直した指が、何かを強く握りしめているのに気づいた。
俺は指をこじ開けた。中から出てきたのは、小さなUSBメモリと、血文字で書かれたメモ用紙だった。
『ユダ』
ユダ? 裏切り者ってことか? 誰が? 俺が? それとも彼女自身が?
混乱する頭を無理やり叩いて冷静さを取り戻す。パチンコで培った「負け戦の時の勘」が、警鐘を鳴らしている。
ここにいたら終わる。社会的に抹殺されるか、あるいは物理的に消されるかだ。
『緊急事態発生。エリアBの生体反応消失。警備班、至急突入せよ』
部屋のスピーカーから無機質なアナウンスが響いた。
猶予はない。俺は震える手でUSBメモリをポケットに突っ込み、小鳩の死体から白衣を剥ぎ取った。そして、彼女の首にかかっていたIDカードを引きちぎる。
「……悪く思うなよ、ご主人様。お前の飼い犬は、ここでお暇させてもらう」
俺は彼女の死顔に一度だけ手を合わせ、部屋の奥にある水槽の方へ走った。
昨夜、情事の最中に気づいていたのだ。水槽の裏側から、微かな風が吹き込んでいたことに。あそこにはメンテナンス用の通路があるはずだ。
ガシャーン!!
椅子を叩きつけ、強化ガラスを粉砕する。大量の水と熱帯魚が床にぶちまけられ、小鳩の鮮血と混ざり合う。
俺はその混沌の中を駆け抜け、壁のパネルを蹴破った。
予想通りだ。人が一人通れるだけの配管スペース。
背後でドアが爆破され、武装部隊が雪崩れ込んでくる音が聞こえた。
「確保しろ! 408番が主任を殺害したぞ!」
「射殺許可が出ている! 殺せ!」
怒号が飛び交う。
俺は暗いダクトの中を、泥ネズミのように這い進んだ。
恐怖はない。あるのは、煮えたぎるような怒りと、冷え冷えとした殺意だけだ。
誰が小鳩を殺した?
なぜ俺に罪を着せた?
『ユダ』とは誰だ?
俺はもう、ただのパチンカスでも、快楽に溺れる家畜でもない。
この巨大な「牧場」の謎を暴き、俺をハメた真犯人の喉笛を食いちぎるまで、地獄の底から追い続けてやる。
クズにはクズなりの、落とし前(ケジメ)のつけ方があるんだよ。
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