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第14話 交渉
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潮の香りと錆びた鉄の臭いが混ざり合う、深夜の港湾地区。
巨大な倉庫群の影に、俺は身を潜めていた。高田から奪った車のヘッドライトを消し、闇に紛れて近づく。
最奥にある第3倉庫。入り口には屈強な男たちと、数人の女性警備員が立っている。
「……厳重だな」
だが、今の俺に「恐怖」という感情は欠落していた。
俺はポケットの中のUSBメモリを強く握りしめた。小鳩が命と引き換えに残した『ユダ』。この中には、奴らが喉から手が出るほど欲しいデータが入っているはずだ。
俺は正面から堂々と姿を現した。
「何者だ! 止まれ!」
警備員たちが一斉に銃口を向ける。
俺は両手を軽く上げながら、ゆっくりと歩みを進めた。風下から俺の匂いが彼らに届く。
「撃てるもんなら撃ってみろ。……俺が死ねば、お前らのボスが欲しがってる『不老不死の夢』も消えるぞ」
俺の言葉よりも先に、俺の体から発せられるフェロモンが効果を発揮した。
銃を構えていた女性警備員たちの手が震え出し、呼吸が荒くなる。
男たちでさえ、生物としての「格」の違いに圧倒され、引き金を引く指が凍りついたように動かない。
「な、なんだこいつ……威圧感が……」
「熱い……身体が、熱い……」
混乱する警備網を、俺は悠々とすり抜けた。
誰も俺を止められない。俺はそのまま重厚な鉄扉を蹴り開けた。
倉庫の中は、外見とは裏腹に、高級ホテルの会議室のように改装されていた。
円卓を囲む数人の影。
老人、壮年の実業家、そして政治家風の男。この国の闇を牛耳る『評議会』のメンバーだ。
「遅くなって悪かったな。……メインディッシュの到着だ」
俺の声に、彼らが一斉に振り返る。
「き、貴様は……408番!?」
「バカな! 高田は何をしていた! なぜここが!」
狼狽する老人たちの中で、一人だけ冷静な男がいた。
上座に座る、銀髪の男。おそらく彼が議長だ。
「……ふん。獣の臭いがプンプンするな。自ら屠殺場(とさつじょう)に来るとは、いい度胸だ」
銀髪の男が指を鳴らすと、天井の梁から黒い影が降り立った。
特殊部隊の精鋭たちだ。彼らはガスマスクをつけている。俺のフェロモン対策か。小鳩の報告書を読んでいるらしい。
「残念だったな、408番。お前の『毒』も、吸わなければ効かない」
「そうかい。だが、こいつはどうかな?」
俺はポケットからUSBメモリを取り出し、テーブルの上に放り投げた。
乾いた音が響く。
「それは……小鳩主任のIDキーか」
「ああ。中身は『顧客リスト』だけじゃない。……小鳩が隠していた、新薬の『完全な製造レシピ』が入ってる」
その言葉に、銀髪の男の顔色が変わった。
「……ハッタリだ」
「試してみるか? 今ここでこれを踏み潰せば、お前らは二度とあの薬を作れない。俺という『原料』がいても、調理法がなきゃただのゴミだろ?」
俺は小鳩の死に際の言葉を思い出していた。『貴方は私の一部』『適合値が異常』。
つまり、あの薬は俺の精子があれば誰でも作れるものじゃない。小鳩の技術と、俺の遺伝子、その二つが揃って初めて完成するものだ。
小鳩はそれを知っていたからこそ、データを隠し、俺を独占しようとした。組織への裏切り――すなわち『ユダ』とは、彼女自身のことだったんだ。
「……銃を下ろせ」
銀髪の男が苦々しげに命令した。
部隊員たちが銃口を下げる。読み通りだ。彼らにとって、利益こそが全て。
「取引といこうぜ、爺さんたち」
俺は空いている椅子にドカッと座り、泥だらけの足をテーブルに乗せた。
「条件は3つだ。
一つ、俺への追跡を止めろ。
二つ、小鳩を殺した実行犯を俺に差し出せ。
三つ、今後、俺は『検体』じゃなく『ビジネスパートナー』として扱うこと」
「ふざけるな! 家畜風情が!」
「家畜じゃない。……供給者(サプライヤー)だ」
俺は周囲を睨みつけた。
ガスマスク越しの部隊員たちでさえ、俺の放つ殺気とカリスマ性に一歩後退る。
今の俺は、ただの逃亡者じゃない。自分の価値を理解し、それを武器にする悪党だ。
「俺の機嫌を損ねれば、レシピも俺自身も海に消える。……選べ。栄光か、破滅か」
張り詰めた沈黙が流れる。
数分後、銀髪の男が重い口を開いた。
「……よかろう。だが、条件が一つある」
男は背後のカーテンに向かって声をかけた。
「入れ、マリア」
現れたのは、長身の女だった。
黒いスーツに身を包み、氷のように冷たい美貌を持っている。だが、その瞳だけが、異様なほどギラギラと飢えた光を宿していた。
「彼女は我々の新しい研究主任だ。……お前の『管理』は、彼女が行う」
マリアと呼ばれた女が、俺に近づいてきた。
彼女はガスマスクをつけていない。俺の強烈なフェロモンを浴びても、顔色一つ変えず、むしろ楽しむように微笑んだ。
「初めまして、408番……いいえ、俊弘さん。私の『檻』は、小鳩よりもずっと頑丈で……刺激的よ?」
彼女の手が俺の頬に触れる。冷たい。だが、その奥底に眠る狂気は、小鳩以上のものを感じさせた。
新たな敵か、それとも共犯者か。
俺の『確変』は、まだ終わらせてくれそうにない。
「上等だ。……誰が本当の支配者か、たっぷりと教えてやるよ」
俺は不敵に笑い返し、マリアの手を握り返した。
悪魔の契約が、今ここで成立した。
巨大な倉庫群の影に、俺は身を潜めていた。高田から奪った車のヘッドライトを消し、闇に紛れて近づく。
最奥にある第3倉庫。入り口には屈強な男たちと、数人の女性警備員が立っている。
「……厳重だな」
だが、今の俺に「恐怖」という感情は欠落していた。
俺はポケットの中のUSBメモリを強く握りしめた。小鳩が命と引き換えに残した『ユダ』。この中には、奴らが喉から手が出るほど欲しいデータが入っているはずだ。
俺は正面から堂々と姿を現した。
「何者だ! 止まれ!」
警備員たちが一斉に銃口を向ける。
俺は両手を軽く上げながら、ゆっくりと歩みを進めた。風下から俺の匂いが彼らに届く。
「撃てるもんなら撃ってみろ。……俺が死ねば、お前らのボスが欲しがってる『不老不死の夢』も消えるぞ」
俺の言葉よりも先に、俺の体から発せられるフェロモンが効果を発揮した。
銃を構えていた女性警備員たちの手が震え出し、呼吸が荒くなる。
男たちでさえ、生物としての「格」の違いに圧倒され、引き金を引く指が凍りついたように動かない。
「な、なんだこいつ……威圧感が……」
「熱い……身体が、熱い……」
混乱する警備網を、俺は悠々とすり抜けた。
誰も俺を止められない。俺はそのまま重厚な鉄扉を蹴り開けた。
倉庫の中は、外見とは裏腹に、高級ホテルの会議室のように改装されていた。
円卓を囲む数人の影。
老人、壮年の実業家、そして政治家風の男。この国の闇を牛耳る『評議会』のメンバーだ。
「遅くなって悪かったな。……メインディッシュの到着だ」
俺の声に、彼らが一斉に振り返る。
「き、貴様は……408番!?」
「バカな! 高田は何をしていた! なぜここが!」
狼狽する老人たちの中で、一人だけ冷静な男がいた。
上座に座る、銀髪の男。おそらく彼が議長だ。
「……ふん。獣の臭いがプンプンするな。自ら屠殺場(とさつじょう)に来るとは、いい度胸だ」
銀髪の男が指を鳴らすと、天井の梁から黒い影が降り立った。
特殊部隊の精鋭たちだ。彼らはガスマスクをつけている。俺のフェロモン対策か。小鳩の報告書を読んでいるらしい。
「残念だったな、408番。お前の『毒』も、吸わなければ効かない」
「そうかい。だが、こいつはどうかな?」
俺はポケットからUSBメモリを取り出し、テーブルの上に放り投げた。
乾いた音が響く。
「それは……小鳩主任のIDキーか」
「ああ。中身は『顧客リスト』だけじゃない。……小鳩が隠していた、新薬の『完全な製造レシピ』が入ってる」
その言葉に、銀髪の男の顔色が変わった。
「……ハッタリだ」
「試してみるか? 今ここでこれを踏み潰せば、お前らは二度とあの薬を作れない。俺という『原料』がいても、調理法がなきゃただのゴミだろ?」
俺は小鳩の死に際の言葉を思い出していた。『貴方は私の一部』『適合値が異常』。
つまり、あの薬は俺の精子があれば誰でも作れるものじゃない。小鳩の技術と、俺の遺伝子、その二つが揃って初めて完成するものだ。
小鳩はそれを知っていたからこそ、データを隠し、俺を独占しようとした。組織への裏切り――すなわち『ユダ』とは、彼女自身のことだったんだ。
「……銃を下ろせ」
銀髪の男が苦々しげに命令した。
部隊員たちが銃口を下げる。読み通りだ。彼らにとって、利益こそが全て。
「取引といこうぜ、爺さんたち」
俺は空いている椅子にドカッと座り、泥だらけの足をテーブルに乗せた。
「条件は3つだ。
一つ、俺への追跡を止めろ。
二つ、小鳩を殺した実行犯を俺に差し出せ。
三つ、今後、俺は『検体』じゃなく『ビジネスパートナー』として扱うこと」
「ふざけるな! 家畜風情が!」
「家畜じゃない。……供給者(サプライヤー)だ」
俺は周囲を睨みつけた。
ガスマスク越しの部隊員たちでさえ、俺の放つ殺気とカリスマ性に一歩後退る。
今の俺は、ただの逃亡者じゃない。自分の価値を理解し、それを武器にする悪党だ。
「俺の機嫌を損ねれば、レシピも俺自身も海に消える。……選べ。栄光か、破滅か」
張り詰めた沈黙が流れる。
数分後、銀髪の男が重い口を開いた。
「……よかろう。だが、条件が一つある」
男は背後のカーテンに向かって声をかけた。
「入れ、マリア」
現れたのは、長身の女だった。
黒いスーツに身を包み、氷のように冷たい美貌を持っている。だが、その瞳だけが、異様なほどギラギラと飢えた光を宿していた。
「彼女は我々の新しい研究主任だ。……お前の『管理』は、彼女が行う」
マリアと呼ばれた女が、俺に近づいてきた。
彼女はガスマスクをつけていない。俺の強烈なフェロモンを浴びても、顔色一つ変えず、むしろ楽しむように微笑んだ。
「初めまして、408番……いいえ、俊弘さん。私の『檻』は、小鳩よりもずっと頑丈で……刺激的よ?」
彼女の手が俺の頬に触れる。冷たい。だが、その奥底に眠る狂気は、小鳩以上のものを感じさせた。
新たな敵か、それとも共犯者か。
俺の『確変』は、まだ終わらせてくれそうにない。
「上等だ。……誰が本当の支配者か、たっぷりと教えてやるよ」
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