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第15話 共犯
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銀髪の男……議長との取引を終え、俺はマリアと共に倉庫を出た。
待ち構えていたのは、先ほどまでとは違う、白塗りのリムジンだった。運転席には無表情な大男。俺たちが乗り込むと、車は音もなく滑り出した。
「……随分といい待遇だな。今まで豚箱に押し込まれてたのが嘘みたいだ」
俺は革張りのシートに深く身を沈め、隣のマリアを見やった。
彼女は足を組み、タブレット端末を操作している。その横顔は彫刻のように美しく、そして冷たい。俺の放つフェロモンが充満する密室で、顔色一つ変えない女は初めてだ。
「貴方はもう『資産』ですから。……それに、これから向かう場所は、あの不潔な地下施設とは違うわ」
マリアは視線を端末から外さず、淡々と言った。
「へえ。……で、俺の相棒(パートナー)として、まずは乾杯でもするか?」
俺は車載のバーカウンターからウイスキーのボトルを取り出し、わざとらしく彼女の方へ身を乗り出した。
距離を詰め、俺の体臭を直接浴びせる。小鳩でさえ、この距離なら理性を失った。
だが、マリアは動じなかった。
彼女は俺の手からボトルを取り上げると、逆に俺の胸に指を這わせた。
「……無駄よ、俊弘さん。私は嗅覚を化学的に遮断しているの。貴方のその『毒』は、私にはただの空気と同じ」
「……チッ。可愛げのない女だ」
「それに、勘違いしないで。私たちは対等なパートナーじゃない」
彼女の指が、俺の喉元……小鳩が死ぬ直前に切り裂かれた場所をなぞる。その指先は氷のように冷たかった。
「貴方は『供給者』。私は『管理者』。……貴方が逃げたり、品質を落としたりしないように見張るのが私の仕事」
「品質管理ってか。……安心しろよ。俺はパチンコと一緒で、波に乗ってる時は最強なんだ。……ところで、約束の件はどうなってる?」
俺は話題を変えた。
評議会に突きつけた条件の一つ。『小鳩を殺した実行犯の引き渡し』だ。
「ああ、それなら手配済みよ。……新しいラボに到着したら、プレゼントとして用意してあるわ」
マリアの唇が、微かに三日月形に歪んだ。その笑みに、俺は背筋が粟立つような感覚を覚えた。
この女、小鳩とは違う種類の危険な匂いがする。小鳩が狂信的な研究者なら、こいつは感情のない処刑人だ。
「……到着しました」
リムジンが停まったのは、都心を見下ろす高層タワーマンションの地下駐車場だった。
専用エレベーターで最上階へ。扉が開くと、そこはペントハウスを改造した、広大な居住区兼ラボだった。
「ここが貴方の新しい『職場』よ」
ガラス張りの壁の向こうには、宝石箱のような夜景が広がっている。
だが、俺の目はその手前に置かれた、不自然な椅子に釘付けになった。
拘束具のついた椅子。そこに、猿ぐつわを噛まされ、ボロボロになった男が縛り付けられていた。
「……誰だ、こいつ」
俺が近づくと、男は恐怖に目を見開き、必死に首を振った。
見覚えがある。
あの地下施設で、小鳩の部屋の警備をしていた黒服の隊長だ。
「彼が実行犯?」
「ええ。監視カメラの映像を解析した結果、彼が貴方の部屋のロックを解除し、侵入したことが確認されたわ。……小鳩主任を殺し、貴方に罪を着せて始末しようとした」
マリアはテーブルの上のナイフを手に取り、俺に差し出した。
「さあ、どうぞ。……気が済むまで『清算』していいわよ」
俺はナイフを受け取った。重い。
男は涙を流して命乞いをするような声を上げている。
俺は男の前にしゃがみ込み、その目を見つめた。
……違う。
こいつじゃない。こいつの目には、小鳩を殺した人間に宿るはずの、あの『裏切り』の意志がない。こいつはただの捨て駒だ。
「……マリア。お前、俺を試してるのか?」
俺は立ち上がり、ナイフをマリアの足元に突き刺した。
「こんな雑魚を殺しても、俺の気は晴れねえよ。……俺が殺したいのは、こいつに命令した黒幕だ」
俺の言葉に、マリアは初めて興味深そうな表情を見せた。
「……合格よ」
彼女は男に近づくと、何のためらいもなく、懐から取り出したサイレンサー付きの拳銃で男の頭を撃ち抜いた。
プシュッ、という乾いた音と共に、男が動かなくなる。
「え……?」
「彼はただの連絡係。本当の命令者は、評議会の中にもいない。……もっと深く、暗い場所にいるわ」
マリアは硝煙の匂いを漂わせながら、俺の方へ向き直った。
「貴方の勘は鋭い。……そういう野性的なところ、嫌いじゃないわ」
彼女は俺の胸板に手を置き、今度はあえて、自分から距離を詰めてきた。
遮断剤を使っているはずの彼女の瞳が、一瞬だけ熱く揺らいだように見えた。
「俊弘さん。貴方と私で、この組織を食い荒らしてみない? ……小鳩よりも、もっと面白い世界を見せてあげる」
「……共犯者のお誘いってわけか」
俺は彼女の腰に手を回し、引き寄せた。
小鳩の復讐、組織の乗っ取り、そして自身の欲望。
全ての利害が一致した瞬間だった。
「いいぜ。……ただし、俺の操縦は難しいぞ? 振り落とされるなよ」
夜景を背に、俺たちは冷たく、熱い契約のキスを交わした。
新たなゲームが始まった。レートは命。
俺の確変は、まだ終わらない。
待ち構えていたのは、先ほどまでとは違う、白塗りのリムジンだった。運転席には無表情な大男。俺たちが乗り込むと、車は音もなく滑り出した。
「……随分といい待遇だな。今まで豚箱に押し込まれてたのが嘘みたいだ」
俺は革張りのシートに深く身を沈め、隣のマリアを見やった。
彼女は足を組み、タブレット端末を操作している。その横顔は彫刻のように美しく、そして冷たい。俺の放つフェロモンが充満する密室で、顔色一つ変えない女は初めてだ。
「貴方はもう『資産』ですから。……それに、これから向かう場所は、あの不潔な地下施設とは違うわ」
マリアは視線を端末から外さず、淡々と言った。
「へえ。……で、俺の相棒(パートナー)として、まずは乾杯でもするか?」
俺は車載のバーカウンターからウイスキーのボトルを取り出し、わざとらしく彼女の方へ身を乗り出した。
距離を詰め、俺の体臭を直接浴びせる。小鳩でさえ、この距離なら理性を失った。
だが、マリアは動じなかった。
彼女は俺の手からボトルを取り上げると、逆に俺の胸に指を這わせた。
「……無駄よ、俊弘さん。私は嗅覚を化学的に遮断しているの。貴方のその『毒』は、私にはただの空気と同じ」
「……チッ。可愛げのない女だ」
「それに、勘違いしないで。私たちは対等なパートナーじゃない」
彼女の指が、俺の喉元……小鳩が死ぬ直前に切り裂かれた場所をなぞる。その指先は氷のように冷たかった。
「貴方は『供給者』。私は『管理者』。……貴方が逃げたり、品質を落としたりしないように見張るのが私の仕事」
「品質管理ってか。……安心しろよ。俺はパチンコと一緒で、波に乗ってる時は最強なんだ。……ところで、約束の件はどうなってる?」
俺は話題を変えた。
評議会に突きつけた条件の一つ。『小鳩を殺した実行犯の引き渡し』だ。
「ああ、それなら手配済みよ。……新しいラボに到着したら、プレゼントとして用意してあるわ」
マリアの唇が、微かに三日月形に歪んだ。その笑みに、俺は背筋が粟立つような感覚を覚えた。
この女、小鳩とは違う種類の危険な匂いがする。小鳩が狂信的な研究者なら、こいつは感情のない処刑人だ。
「……到着しました」
リムジンが停まったのは、都心を見下ろす高層タワーマンションの地下駐車場だった。
専用エレベーターで最上階へ。扉が開くと、そこはペントハウスを改造した、広大な居住区兼ラボだった。
「ここが貴方の新しい『職場』よ」
ガラス張りの壁の向こうには、宝石箱のような夜景が広がっている。
だが、俺の目はその手前に置かれた、不自然な椅子に釘付けになった。
拘束具のついた椅子。そこに、猿ぐつわを噛まされ、ボロボロになった男が縛り付けられていた。
「……誰だ、こいつ」
俺が近づくと、男は恐怖に目を見開き、必死に首を振った。
見覚えがある。
あの地下施設で、小鳩の部屋の警備をしていた黒服の隊長だ。
「彼が実行犯?」
「ええ。監視カメラの映像を解析した結果、彼が貴方の部屋のロックを解除し、侵入したことが確認されたわ。……小鳩主任を殺し、貴方に罪を着せて始末しようとした」
マリアはテーブルの上のナイフを手に取り、俺に差し出した。
「さあ、どうぞ。……気が済むまで『清算』していいわよ」
俺はナイフを受け取った。重い。
男は涙を流して命乞いをするような声を上げている。
俺は男の前にしゃがみ込み、その目を見つめた。
……違う。
こいつじゃない。こいつの目には、小鳩を殺した人間に宿るはずの、あの『裏切り』の意志がない。こいつはただの捨て駒だ。
「……マリア。お前、俺を試してるのか?」
俺は立ち上がり、ナイフをマリアの足元に突き刺した。
「こんな雑魚を殺しても、俺の気は晴れねえよ。……俺が殺したいのは、こいつに命令した黒幕だ」
俺の言葉に、マリアは初めて興味深そうな表情を見せた。
「……合格よ」
彼女は男に近づくと、何のためらいもなく、懐から取り出したサイレンサー付きの拳銃で男の頭を撃ち抜いた。
プシュッ、という乾いた音と共に、男が動かなくなる。
「え……?」
「彼はただの連絡係。本当の命令者は、評議会の中にもいない。……もっと深く、暗い場所にいるわ」
マリアは硝煙の匂いを漂わせながら、俺の方へ向き直った。
「貴方の勘は鋭い。……そういう野性的なところ、嫌いじゃないわ」
彼女は俺の胸板に手を置き、今度はあえて、自分から距離を詰めてきた。
遮断剤を使っているはずの彼女の瞳が、一瞬だけ熱く揺らいだように見えた。
「俊弘さん。貴方と私で、この組織を食い荒らしてみない? ……小鳩よりも、もっと面白い世界を見せてあげる」
「……共犯者のお誘いってわけか」
俺は彼女の腰に手を回し、引き寄せた。
小鳩の復讐、組織の乗っ取り、そして自身の欲望。
全ての利害が一致した瞬間だった。
「いいぜ。……ただし、俺の操縦は難しいぞ? 振り落とされるなよ」
夜景を背に、俺たちは冷たく、熱い契約のキスを交わした。
新たなゲームが始まった。レートは命。
俺の確変は、まだ終わらない。
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