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第19話 断ち切られた鎖
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銀色の軌跡が、虚空を走り――。
ドスッ。
鈍い音が響き、ケンジの悲鳴が途絶えた。
アイリが振り下ろしたナイフは、ケンジの喉元……ではなく、彼が床についていた**「右手」**のすぐ横、床板に深々と突き刺さっていた。
え……?
痛みに悶えていたケンジが、動きを止める。
あと数センチずれていれば、彼の手のひらは床に縫い付けられていただろう。
アイリは、冷ややかな目で見下ろしている。
外した……?
いや、違う。
彼女ほどの正確無比な手つきなら、外すわけがない。
わざと外したのだ。
ひっ……。
ケンジは腰を抜かし、後ずさる。
殺される。そう確信した人間にしかできない、無様な反応だった。
アイリは突き刺さったナイフからゆっくりと手を離すと、しゃがみ込み、ケンジの耳元で囁いた。
ねえ、ケンジくん。
……あ、あ?
第五ゲームの時、思い出しちゃった?
ケンジの顔色が、土気色に変わる。
裁判の時。君、ユミちゃんに向けて引き金引いたよね? 「どうせ死ぬなら俺が生き残る」って。
……っ!
たまたま弾が出なかったからラッキーだったけど……ユミちゃんは覚えてるよ? その時の、引き金にかかった指の感触も、君の殺意に満ちた目も。
やめろ……言うな……。
だからね、私が殺さなくても、君はもう死んでるの。
アイリは立ち上がり、背後にいたユミを振り返った。
ユミちゃん。
……はい。
ユミは、まだ震えていた。だが、その瞳の色は、さっきまでとは違っていた。
恐怖ではない。
もっと暗く、澱んだ光。
「憎悪」だ。
このナイフ、あげる。
アイリは、床に刺さったサバイバルナイフ(ケンジが落とした業物)を指差した。
拾って。それは君のものだよ。
ユミはおずおずと近づき、ナイフの柄を握った。
引き抜く。
ずしりとした重み。
暴力の象徴。
今まで自分を支配し、脅し続けてきたその刃物が、今は自分の手の中にある。
さあ、どうする?
アイリは試すように微笑んだ。
その男は今、怪我をして動けない。防衛システムに撃たれて、右腕は使い物にならない。
……。
復讐するなら、今だよ?
煽るアイリ。
ホール中の視線がユミに集まる。
ルール上、これは「正当防衛」の範疇か? それとも「私刑」か?
ユミはナイフを構え、ケンジへと歩み寄る。
来るな! ユミ! 俺が悪かった!
ケンジが床を這って逃げる。
待てよ、俺たちはパートナーだろ!? 今まで守ってやっただろ!?
守ってくれた?
ユミが初めて口を開いた。その声は枯れていた。
あなたが守ってたのは、自分自身でしょう? 私はただの「盾」だった。サンドバッグだった。
彼女はナイフを振り上げる。
やめろぉぉぉ!!
ケンジが絶叫する。
ユミの手が振り下ろされ――。
ガキンッ!
金属音が響いた。
彼女は、ケンジを刺さなかった。
代わりに、彼が腕につけていた「ペアリング(拘束具の一種)」の鎖を、ナイフの背で叩き切ろうとしたのだ。
一度では切れない。
何度も、何度も叩きつける。
ガキン! ガキン!
火花が散る。
鬼気迫る表情で、彼女は「支配の鎖」を破壊しようとしている。
そして、五度目の打撃で。
パキン。
鎖が千切れ、ケンジの腕から拘束具が外れた。
あ……。
ケンジが呆然とする。
もう、終わり。
ユミはナイフを下ろし、冷たく言い放った。
あなたとのペアは解消よ。私はもう、あなたの道具じゃない。
彼女はケンジを見捨て、僕たちの方へと向き直った。
アイリさん。
ユミが深く頭を下げる。
ありがとうございました。おかげで、目が覚めました。
アイリは満足そうに頷いた。
どういたしまして。
そして、ユミは僕たちの足元に、そのサバイバルナイフを差し出した。
これは、お礼です。私には……まだ、人を刺す勇気はありませんから。
チップゼロの僕たちに、最強の武器が転がり込んできた。
アイリの計画通りだ。
ケンジを物理的に殺すのではなく、社会的に殺し、パートナーを奪い、武器を手に入れる。
最も効率的で、最も残酷な勝利。
ありがとう、ユミちゃん。
アイリはナイフを受け取ると、愛おしそうに撫でた。
これで私たち、対等だね。
ホールに拍手がまばらに起こる。
それは、弱者が強者を逆転したドラマに対する称賛か、それとも新たな「魔女」の誕生に対する恐怖か。
一方、見捨てられたケンジは、床にうずくまったまま動かない。
彼は生きてはいるが、もうこのゲームでの「死人」同然だった。
パートナーを失い、武器を失い、右腕を負傷した男に、生き残る術はない。
行こう、タクヤくん。
アイリが僕の手を引く。
その手には、ナイフが握られている。
僕たちはドレスコード(仮面)の裏で、着実に「捕食者」へと変貌していた。
だが、僕たちはまだ気づいていなかった。
この騒動を、バルコニーの上から見下ろしている「もう一組」の存在に。
「へえ……やるじゃん、あの子たち」
黒いタキシードを着た少年が、グラスを片手に呟く。
「でも、調子に乗ってる時が一番、死にやすいんだよね」
少年の隣には、純白のドレスを着た少女が、無表情で佇んでいた。
彼女の手には、分厚い「古書」のようなものが抱えられている。
あれは、ショップで500枚で売られていた『予言の書』か?
だとしたら、彼らは未来を知っているのか?
第六ゲーム『仮面舞踏会の殺人』。
音楽はまだ、止まない。
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ドスッ。
鈍い音が響き、ケンジの悲鳴が途絶えた。
アイリが振り下ろしたナイフは、ケンジの喉元……ではなく、彼が床についていた**「右手」**のすぐ横、床板に深々と突き刺さっていた。
え……?
痛みに悶えていたケンジが、動きを止める。
あと数センチずれていれば、彼の手のひらは床に縫い付けられていただろう。
アイリは、冷ややかな目で見下ろしている。
外した……?
いや、違う。
彼女ほどの正確無比な手つきなら、外すわけがない。
わざと外したのだ。
ひっ……。
ケンジは腰を抜かし、後ずさる。
殺される。そう確信した人間にしかできない、無様な反応だった。
アイリは突き刺さったナイフからゆっくりと手を離すと、しゃがみ込み、ケンジの耳元で囁いた。
ねえ、ケンジくん。
……あ、あ?
第五ゲームの時、思い出しちゃった?
ケンジの顔色が、土気色に変わる。
裁判の時。君、ユミちゃんに向けて引き金引いたよね? 「どうせ死ぬなら俺が生き残る」って。
……っ!
たまたま弾が出なかったからラッキーだったけど……ユミちゃんは覚えてるよ? その時の、引き金にかかった指の感触も、君の殺意に満ちた目も。
やめろ……言うな……。
だからね、私が殺さなくても、君はもう死んでるの。
アイリは立ち上がり、背後にいたユミを振り返った。
ユミちゃん。
……はい。
ユミは、まだ震えていた。だが、その瞳の色は、さっきまでとは違っていた。
恐怖ではない。
もっと暗く、澱んだ光。
「憎悪」だ。
このナイフ、あげる。
アイリは、床に刺さったサバイバルナイフ(ケンジが落とした業物)を指差した。
拾って。それは君のものだよ。
ユミはおずおずと近づき、ナイフの柄を握った。
引き抜く。
ずしりとした重み。
暴力の象徴。
今まで自分を支配し、脅し続けてきたその刃物が、今は自分の手の中にある。
さあ、どうする?
アイリは試すように微笑んだ。
その男は今、怪我をして動けない。防衛システムに撃たれて、右腕は使い物にならない。
……。
復讐するなら、今だよ?
煽るアイリ。
ホール中の視線がユミに集まる。
ルール上、これは「正当防衛」の範疇か? それとも「私刑」か?
ユミはナイフを構え、ケンジへと歩み寄る。
来るな! ユミ! 俺が悪かった!
ケンジが床を這って逃げる。
待てよ、俺たちはパートナーだろ!? 今まで守ってやっただろ!?
守ってくれた?
ユミが初めて口を開いた。その声は枯れていた。
あなたが守ってたのは、自分自身でしょう? 私はただの「盾」だった。サンドバッグだった。
彼女はナイフを振り上げる。
やめろぉぉぉ!!
ケンジが絶叫する。
ユミの手が振り下ろされ――。
ガキンッ!
金属音が響いた。
彼女は、ケンジを刺さなかった。
代わりに、彼が腕につけていた「ペアリング(拘束具の一種)」の鎖を、ナイフの背で叩き切ろうとしたのだ。
一度では切れない。
何度も、何度も叩きつける。
ガキン! ガキン!
火花が散る。
鬼気迫る表情で、彼女は「支配の鎖」を破壊しようとしている。
そして、五度目の打撃で。
パキン。
鎖が千切れ、ケンジの腕から拘束具が外れた。
あ……。
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あなたとのペアは解消よ。私はもう、あなたの道具じゃない。
彼女はケンジを見捨て、僕たちの方へと向き直った。
アイリさん。
ユミが深く頭を下げる。
ありがとうございました。おかげで、目が覚めました。
アイリは満足そうに頷いた。
どういたしまして。
そして、ユミは僕たちの足元に、そのサバイバルナイフを差し出した。
これは、お礼です。私には……まだ、人を刺す勇気はありませんから。
チップゼロの僕たちに、最強の武器が転がり込んできた。
アイリの計画通りだ。
ケンジを物理的に殺すのではなく、社会的に殺し、パートナーを奪い、武器を手に入れる。
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アイリはナイフを受け取ると、愛おしそうに撫でた。
これで私たち、対等だね。
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一方、見捨てられたケンジは、床にうずくまったまま動かない。
彼は生きてはいるが、もうこのゲームでの「死人」同然だった。
パートナーを失い、武器を失い、右腕を負傷した男に、生き残る術はない。
行こう、タクヤくん。
アイリが僕の手を引く。
その手には、ナイフが握られている。
僕たちはドレスコード(仮面)の裏で、着実に「捕食者」へと変貌していた。
だが、僕たちはまだ気づいていなかった。
この騒動を、バルコニーの上から見下ろしている「もう一組」の存在に。
「へえ……やるじゃん、あの子たち」
黒いタキシードを着た少年が、グラスを片手に呟く。
「でも、調子に乗ってる時が一番、死にやすいんだよね」
少年の隣には、純白のドレスを着た少女が、無表情で佇んでいた。
彼女の手には、分厚い「古書」のようなものが抱えられている。
あれは、ショップで500枚で売られていた『予言の書』か?
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