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本編
38.フィリップの怪我
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「妃殿下! 王太子殿下が……」
その日の夕方くらいに、突然その報せは届いた。
フィリップが森で落馬をして、頭を打って意識がないと……。
「そんな……今陛下はいらっしゃらないのに……」
私は治癒魔法を使えない……。
フィリップは使えるけれど、頭を打って意識がないのなら……自分での回復は見込めないだろう。
「陛下にも連絡済みです。陛下から第3王子殿下に、至急王宮へと戻るように通達して頂きますので、すぐに来て頂けると思います」
「そ、そう……良かった……」
確か、フィリップとロベルト様には幼い妹姫がいた筈……。その方も魔力保持者だと聞いているけれど、幼い身で大きな魔力を使わせるのは危険かもしれない。
ロベルト様が来て下さるなら、これ以上安心な事はない。
それから、2時間ほど経ってフィリップが王宮に帰って来た。
「フィリップ……」
傷が酷くて、血が沢山出たようだ。
フィリップの体がとても冷たい。
「暖めないと……」
「妃殿下、報告を……」
「今はそんな事を聞いている場合ではないわ!」
私は報告をしようとしてくれている近衛兵に、後にしてと怒鳴ってしまった。
だって今は……フィリップを治療する事の方が先だもの。ごめんなさい……後で、ちゃんと聞くから……。
私は魔法で温風を出し、フィリップの体を包んだ。
でも、暖まらない……。暖まってくれない。
体がどんどん冷えていく……。
「フィリップ……嫌。嫌よ」
焦る気持ちが抑えられない。
私はフィリップの冷たい指先を握って、自分の魔力を流し込んだ。しないよりはマシだと思う。
何も出来ないまま、見ているなんて到底出来なかった。
勿論、他者の魔力を流し込むなど抵抗があって当たり前だ。でも、その抵抗はフィリップが生きている証なので、それが嬉しい。
フィリップ、死なないで……。
もうすぐロベルト様が来られるから……。
「妃殿下、そのように魔力を使っては……。次は妃殿下が倒れてしまいます」
「私は大丈夫よ。それより、ロベルト様はまだですか?」
先程、妹姫が連れて来られたけれど、血を見て泣き喚いたので、治癒魔法は使えなかった……。無理もない……まだ7歳なのだから。
「ロベルト様には陛下から召喚命令を出して頂いたので、もう間もなく帰って来られると思います」
「そう……なら、あと少しの辛抱ね」
「涙ぐましい努力だな。無駄だと思うけど」
「……ジュリオ」
私が必死な思いで、フィリップに魔力を流し込んでいるとジュリオがその手を掴んで嘲るように、そう言った。
無駄?
無駄な訳ないでしょう!
「ジュリオ……今は貴方の相手をしている場合ではないわ。出ていきなさい」
「そんな怖い顔で睨むなよ。せっかく慰めてやろうと思って来てやったのに」
「そんなものはいらないわ。出ていきなさい! これは王太子妃としての命令です!」
私がジュリオを睨みつけ、声を荒げると、ジュリオは握っている私の手に力を込めた。
痛い……。
「王太子妃としての命令? はっ、笑わせるなよ。俺が好きで泣き喚いた汚点のついた王太子妃。そんな奴に怒鳴られたって何も怖くない」
「………………」
「クッ、そんな蔑んだ目で見たって、俺はどうって事ないよ」
ジュリオは「兄上が死んだら、次はお前はロベルトの妃だな。まるで物のようにあっちからこっちへと動かされる気分はどうだ?」と、私の耳元で囁いた。
カッとなったのが自分でも分かった。
最低。最低だわ、ジュリオ。
こんな人を好きだった自分を憎みたいくらいに、私は今貴方が嫌いよ。
「出ていきなさい!」
「そうだよ、出ていきたまえ。愚か者は邪魔だよ」
ロベルト様!
嗚呼、良かった! 来てくださった!
「ロベルト……」
「いつまでも兄上は変わらないね。まるでゴミのようだよ。いや、ゴミの方がまだ再利用の価値があるから、ゴミ以下だね」
ロベルト様が「追い出したまえ」と命じた瞬間、ロベルト様の近衛兵によって、ジュリオは部屋の外から放り出されてしまった。
ジュリオは部屋を出される時、「覚えていろよ、ロベルト。お前の婚約者を寝取ってやるからな!」と喚いていた。
本当に酷い。本当に最悪な人。
この期に及んで、そのような事しか言えないだなんて……。
「ロベルト様……申し訳ございません」
「別に構わないよ。放っておけば良い。彼女には指一本だとて触れられはしないからね、心配はないよ」
「そうなのですね……良かった……」
話しているうちに、ロベルト様がフィリップに治癒魔法を施して下さったので、フィリップが無事に回復した。
良かった……。顔に赤みが戻ってきた……。
「これで安心ですね……ありがとうございます」
「そうだね。後は兄上が目覚めて、明日父上が帰って来て報告が完了したら、僕の役目は終わりかな」
……すぐに婚約者の方のところに戻りたいだろうに、引き留めてしまうのが申し訳ないわね。
ジュリオ……変な事をしていないと良いけれど……。
「君は変な事は気にしなくて良い。それよりも兄上についていてあげたまえ」
「は、はい!」
随分と柔らかい表情をなさるようになった。
これも婚約者の方のおかげなのだろうか……。
「妃殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少しフラつくだけで……」
そう、大丈夫。まだ大丈夫……。
フィリップの側にいないと……。
「妃殿下! 誰か妃殿下が!」
「義姉上!」
私はフィリップの側についていないといけないのに、魔力の使い過ぎで倒れてしまった。
倒れたくないのに……フィリップの側にいたいのに……。
意識が闇の中に落ちていく……。
その日の夕方くらいに、突然その報せは届いた。
フィリップが森で落馬をして、頭を打って意識がないと……。
「そんな……今陛下はいらっしゃらないのに……」
私は治癒魔法を使えない……。
フィリップは使えるけれど、頭を打って意識がないのなら……自分での回復は見込めないだろう。
「陛下にも連絡済みです。陛下から第3王子殿下に、至急王宮へと戻るように通達して頂きますので、すぐに来て頂けると思います」
「そ、そう……良かった……」
確か、フィリップとロベルト様には幼い妹姫がいた筈……。その方も魔力保持者だと聞いているけれど、幼い身で大きな魔力を使わせるのは危険かもしれない。
ロベルト様が来て下さるなら、これ以上安心な事はない。
それから、2時間ほど経ってフィリップが王宮に帰って来た。
「フィリップ……」
傷が酷くて、血が沢山出たようだ。
フィリップの体がとても冷たい。
「暖めないと……」
「妃殿下、報告を……」
「今はそんな事を聞いている場合ではないわ!」
私は報告をしようとしてくれている近衛兵に、後にしてと怒鳴ってしまった。
だって今は……フィリップを治療する事の方が先だもの。ごめんなさい……後で、ちゃんと聞くから……。
私は魔法で温風を出し、フィリップの体を包んだ。
でも、暖まらない……。暖まってくれない。
体がどんどん冷えていく……。
「フィリップ……嫌。嫌よ」
焦る気持ちが抑えられない。
私はフィリップの冷たい指先を握って、自分の魔力を流し込んだ。しないよりはマシだと思う。
何も出来ないまま、見ているなんて到底出来なかった。
勿論、他者の魔力を流し込むなど抵抗があって当たり前だ。でも、その抵抗はフィリップが生きている証なので、それが嬉しい。
フィリップ、死なないで……。
もうすぐロベルト様が来られるから……。
「妃殿下、そのように魔力を使っては……。次は妃殿下が倒れてしまいます」
「私は大丈夫よ。それより、ロベルト様はまだですか?」
先程、妹姫が連れて来られたけれど、血を見て泣き喚いたので、治癒魔法は使えなかった……。無理もない……まだ7歳なのだから。
「ロベルト様には陛下から召喚命令を出して頂いたので、もう間もなく帰って来られると思います」
「そう……なら、あと少しの辛抱ね」
「涙ぐましい努力だな。無駄だと思うけど」
「……ジュリオ」
私が必死な思いで、フィリップに魔力を流し込んでいるとジュリオがその手を掴んで嘲るように、そう言った。
無駄?
無駄な訳ないでしょう!
「ジュリオ……今は貴方の相手をしている場合ではないわ。出ていきなさい」
「そんな怖い顔で睨むなよ。せっかく慰めてやろうと思って来てやったのに」
「そんなものはいらないわ。出ていきなさい! これは王太子妃としての命令です!」
私がジュリオを睨みつけ、声を荒げると、ジュリオは握っている私の手に力を込めた。
痛い……。
「王太子妃としての命令? はっ、笑わせるなよ。俺が好きで泣き喚いた汚点のついた王太子妃。そんな奴に怒鳴られたって何も怖くない」
「………………」
「クッ、そんな蔑んだ目で見たって、俺はどうって事ないよ」
ジュリオは「兄上が死んだら、次はお前はロベルトの妃だな。まるで物のようにあっちからこっちへと動かされる気分はどうだ?」と、私の耳元で囁いた。
カッとなったのが自分でも分かった。
最低。最低だわ、ジュリオ。
こんな人を好きだった自分を憎みたいくらいに、私は今貴方が嫌いよ。
「出ていきなさい!」
「そうだよ、出ていきたまえ。愚か者は邪魔だよ」
ロベルト様!
嗚呼、良かった! 来てくださった!
「ロベルト……」
「いつまでも兄上は変わらないね。まるでゴミのようだよ。いや、ゴミの方がまだ再利用の価値があるから、ゴミ以下だね」
ロベルト様が「追い出したまえ」と命じた瞬間、ロベルト様の近衛兵によって、ジュリオは部屋の外から放り出されてしまった。
ジュリオは部屋を出される時、「覚えていろよ、ロベルト。お前の婚約者を寝取ってやるからな!」と喚いていた。
本当に酷い。本当に最悪な人。
この期に及んで、そのような事しか言えないだなんて……。
「ロベルト様……申し訳ございません」
「別に構わないよ。放っておけば良い。彼女には指一本だとて触れられはしないからね、心配はないよ」
「そうなのですね……良かった……」
話しているうちに、ロベルト様がフィリップに治癒魔法を施して下さったので、フィリップが無事に回復した。
良かった……。顔に赤みが戻ってきた……。
「これで安心ですね……ありがとうございます」
「そうだね。後は兄上が目覚めて、明日父上が帰って来て報告が完了したら、僕の役目は終わりかな」
……すぐに婚約者の方のところに戻りたいだろうに、引き留めてしまうのが申し訳ないわね。
ジュリオ……変な事をしていないと良いけれど……。
「君は変な事は気にしなくて良い。それよりも兄上についていてあげたまえ」
「は、はい!」
随分と柔らかい表情をなさるようになった。
これも婚約者の方のおかげなのだろうか……。
「妃殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。少しフラつくだけで……」
そう、大丈夫。まだ大丈夫……。
フィリップの側にいないと……。
「妃殿下! 誰か妃殿下が!」
「義姉上!」
私はフィリップの側についていないといけないのに、魔力の使い過ぎで倒れてしまった。
倒れたくないのに……フィリップの側にいたいのに……。
意識が闇の中に落ちていく……。
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